34. ダンスの夜

 いきなりハーモニカの躍動的な音色が響き渡り、ダンスをグンと盛り上げる。


 見るとヴォルフラムがご機嫌な様子で小さなハーモニカをかなでていた。


 ファニタはクスッと笑うと、スプーンを二本取り、テーブルと皿を打ち鳴らしてドラム演奏を始める。


 トニオはそんな二人を見てニヤッと笑うと、気合を込めて陽気な気持ちを体全体で表現し始めた。自分自身を軽快なリズムに任せ、手足をリズミカルに交差し、手を高々と挙げては前後にステップを踏む。


 大工とは思えないキレキレのダンスに手拍子が巻き起こり、ガスパルはピューイ! と口笛を吹いた。


ステージはトニオの情熱的なパフォーマンスによって、瞬く間に熱狂的な雰囲気に包まれる。


 その圧倒的な熱量、オディールは手を打ち鳴らしながら、人が集まって発生するケミストリーに思わず涙ぐんだ。街を作るというのは単に人口が増える事ではなくこういう情熱が湧き出すステージを作ることなのだ。


 自分が生み出したこのステージはどこまで大きくなってくれるだろうか? オディールは楽しそうなみんなの笑顔を眺めながら街づくりの重責と尊さを深く受け止めた。



 ひとしきり踊ったトニオは実感に満ちた顔で両手を高く上げ、見事な決めポーズを披露する。


「イェーーイ!」


 するとガスパルが飛び入りし、タッタカタカタタタタとトニオより軽快なリズムでステップを踏んだ。


「おぉーーーー!」「じぃちゃん無理すんなーー!」


 観客から声がかかる。


 仁王立ちになったままピョンピョンピョーンと跳んだかと思えば、足をブンと回しながら高々と掲げ、その勢いでくるっと回った。


 昨日まで杖をついていたはずのガスパルは、老人とは思えないキレッキレのパフォーマンスで場を盛り上げ、ガッツポーズでトニオを挑発する。


 トニオは負けじとさらに一段高速なリズムでダンスバトルを挑んでいった。


 両者一歩も引かないバトルでステージには汗が飛び散る。


 観客も大盛り上がりで、手拍子がセントラルに響き渡った。


 直後、足がもつれたトニオが派手にすっころぶ。


 ああっ! きゃぁ!


 一瞬、静まる観客。


「くはーーーー! 楽しっす! サイコーー!」


 トニオは大の字に手足を伸ばして叫んだ。


「ワハハハ!」「トニオいいぞー!」


 笑いが起こり、子どもたちがステージに出てきて真似して踊り始める。


 ヴォルフラムは子供たちに合わせて、少しスローなスタンダードナンバーに変更し、ファニタもリズムを合わせた。


 はしゃぎながら楽しく踊る子供たち。大人たちは優しい笑顔で見守った。


「私たちも行きましょ?」


 ミラーナはニコッと笑ってオディールの手を取る。


「えっ? お、踊るの?」


 いきなりの提案に腰が引け気味のオディール。


「昔よくダンスの練習、二人でやったじゃない?」


 ミラーナは諭すように温かい笑顔でオディールを見つめる。


「う……うん……。よしっ!」


 オディールはリンゴ酒のジョッキをグッとあおると覚悟を決めて立ち上がり、ミラーナの手を引いて子供たちの隣までやってくる。


 二人はしばらく見つめあい、やがて静かに動き出す。


 手をつないでお互いをクルリクルリと回しあい、足を右右、左左と前に出し交差させてクルリと回って戻る。


「おぉぉぉ!」「領主様ー!」「オディールさまー!」


 その息のぴったりと合ったダンスにステージは最高潮に盛り上がった。


 やがてレヴィアや子供たちの親たちも踊り始めて、セントラルには楽しい声が響き渡る。


 ひとしきり踊ったオディールとミラーナは、ステージの隅で緩やかなペアダンスを続けた。


「ねぇ、オディ……」


 ゆったりとステップを踏みながらミラーナはオディールを見つめる。


「ん? 何?」


「私、何だか幸せすぎて怖いの」


 ミラーナの微笑みには、わずかに憂いの色が見て取れた。


 メイドとしての働き詰めの生活から一転した、彩り豊かな暮らし。日々新たな挑戦と笑いがあり、夢に満ちた仲間たちに囲まれた生活はミラーナの心を解放していたが、あまりにも急速な変化に彼女はまだ戸惑いが残っていた。


「怖くないよ、これからもっともっと幸せになるんだから」


 オディールはニッコリと笑い、残照で真っ赤に浮かぶロッソを背景にミラーナをゆっくりと回す。


「……。本当?」


 つないだ手をギュッと握るミラーナ。


「僕がちゃんと幸せにするよ」


 オディールは屈託のない笑顔で潤んだブラウンの瞳を見つめた。


 ミラーナはわずかな困惑見せ、目を見開くと、クスッと笑う。


「オディ、それってなんだかプロポーズみたいだわよ?」


「えっ、あっ……。僕はそのぅ……」


 期せずして告白してしまったオディールは動揺を隠せない。


「オディももう少ししたら素敵な殿方に恋をすると思うの。こんなところでプロポーズしてても仕方ないわよ?」


 ミラーナはたしなめるようにオディールの顔をのぞきこむ。


「ぼ、僕はそんな恋なんてしないの! ミラーナが一番なんだから!」


「はいはい。嬉しいわ」


 ミラーナは余裕のある笑顔でオディールの周りをゆったりと弧を描きながら回る。


「もぅ! 本当だよ!」


「はいはい」


 オディールは口をとがらせ、ミラーナはそんなオディールを愛おしそうに見つめた。


 こうしてその晩はみんな夜遅くまで飲んで歌ってはしゃぎ、セント・フローレスティーナの新たな一歩を祝ったのだった。



         ◇



 その後、セント・フローレスティーナは急速に発展していった。セントラルはほどなく十階建てになり、移住者がどんどんと入居してにぎやかになっていく。


 オディール達は上下水道を整備し、運河を掘り、道を引き、街のインフラを整備して住みやすい街へと変えていった。


 整備が進むにつれ話題となり、移住者はどんどんと増えていく。二カ月もすると人口は千人を超えて村の規模となる。ここ数年の異常気象が今年は特にキツいようで、暮らしが立ち行かなくなった農家を中心に移住希望者が相次いだのだった。


 そんな窮状きゅうじょうはどこ吹く風のセント・フローレスティーナでは毎朝雨が降り、暑い日には雲が出て雹が降る。


 セントラルには子供たちのはしゃぐ声、槌やノコギリの音がにぎやかに響き、夜になると歌や手拍子、笑い声がステージを彩った。


 こうして急速に街の形を整えていくセント・フローレスティーナ。畑ではロッソから降り注ぐ聖気のおかげですでに麦が色づき始めていた。

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