33. いきなりの歓迎会

「ほら、なんとか言え」


 え? えーと……。


 レヴィアに促され、何か言おうと口を開いたものの、オディールにはいい言葉が思いつかなかった。


 まだ何もないこんなところに来てくれる移住者は本当に奇特な人たちだ。ありふれた歓迎の言葉など微塵も足りなく感じてしまう。


「あ、あのぉ……」


 オディールはみんなを見回して声を出したものの、頭が真っ白となってしまう。


「飾った言葉なぞ要らんぞ」


 見かねたレヴィアが耳元でアドバイスする。


 う、うん……。


 オディールは大きく息をつくと、ニコッと笑って言った。


「ようこそ、セント・フローレスティーナへ! まさか最初からこんなに来てくれるなんて思ってなくて……」


 オディールは急に涙があふれ出し、声が詰まる。


 見も知らぬところへ移住しようというのは人生における大きな賭けだ。きっとこれから多くの困難が待っているだろう。それを即断即決して数百キロを旅してやってきてくれた十人の決意に思わず胸が熱くなってしまう。


「お姉ちゃん、ガンバッテ!」


 小さな女の子が応援してくれる。


 ハハッ!


 オディールは笑顔を作って女の子に手を上げ、涙をぬぐう。


「立派なことは言えません。街も見てもらえばわかる通り作り始めです。でも、ここは百万人が笑う素敵な花の都になるんです。ぜひ、僕を助けてください。お願いします」


 深々と頭を下げるオディールにみんなは熱い拍手で応えた。


「任せとけって! 俺が素敵な街にしてやっからよ!」


 バンダナ男は得意げに胸を叩く。


「なーにを偉そうに! コイツの言うこと真に受けちゃダメですよ!」


 赤毛の女性はひじで男を小突いた。


「な、なんだよぉ、俺は大工の腕ならだれにも負けねぇっての!」


「あんたはこの街のどこに木があると思ってるんよ?」


「え……? 石造り……、花畑……、砂漠……、NOぉぉぉぉ!」


 バンダナ男は頭を抱え、ひざから崩れ落ちる。


 キャハハハ!


 小さな女の子が男を指さして笑い、みんなもひょうきんな男の様子に思わず笑いがこぼれる。


「君は大工さんなんだ。材木はちゃんと用意するから頼りにしてるよ」


 オディールは楽しい男の登場を頼もしく思い、肩をポンポンと叩いた。


「おぉ、領主様! ありがてぇこってす!」


 バンダナ男は目をウルウルさせながらオディールに両手を合わせた。


 男の名はトニオ、赤毛の女性ファニタとは幼馴染で二人とも若いころは冒険者として腕を磨いてきた仲である。だが、激しい魔物との戦いの中で才能に限界を感じ、二人とも村へ帰ってきて家業を継いでいた。トニオは手先が器用で、家だけでなく家具も作れるし、ノミで木彫り細工なども作っている。


 一方、ファニタは鍛冶屋で、鍋、釜、農具を作るだけでなく、刃物も鍛えられるという若いのにいい腕をした職人だった。


 残りの家族連れはガスパルの子供夫婦で、農作業を担当する。


「さあさあ、堅い話は止めにして乾杯としよう!」


 レヴィアは空間を裂くと中から肉やら酒樽やら晩餐の材料を取り出した。


「おぉ、肉に酒! いいっすねー!」


 トニオは有頂天で飛び上がり、手際よく手伝っていく。


 やがてステージの真ん中は飲み会の会場に早変わりしていった。



       ◇



「ヨシ! 乾杯じゃ! 領主! おい、領主どこ行った?」


 レヴィアは酒樽を持ち上げながら辺りを見回す。


「オディ、呼んでるわよ!」


 ミラーナはオディールの背中をパンパンと叩いた。


「え? 僕……?」


 急に家族がたくさん増えたような思いでみんなをぼんやりと眺めていたオディールは、いきなりのご指名に驚く。


「そんなとこにいたか、はよ乾杯の音頭を取らんかい!」


 オディールは頭をかきながら前に出ると、グラスを高く掲げた。みんな早く飲みたくてうずうずしているのが伝わってくる。


 移住者を迎えたセント・フローレスティーナは今宵、街としての一歩を踏み出したのだ。もうただの花畑ではない。この歓迎会はセント・フローレスティーナの誕生祭でもある。


 こみあげてくる感慨に少し目が潤み、ふぅと息をついたオディールは腹から大きな声をあげた。


「はるばるようこそ! 今日はみんなの歓迎会だよ。楽しんでね。それじゃ行くよぉーー! セント・フローレス?」


「ティーナァ!」「ティーナ!」「ティーナ!」


 ジョッキが夕暮れ空に高々と掲げられ、みんな笑顔でジョッキを合わせ、のどを潤していく。


 パチパチパチと盛大な拍手が上がり、歓迎会はスタートした。



      ◇



「オディールさん、ここは素敵なところっすねぇ」


 トニオは真っ赤な顔をして上機嫌にオディールの席へとやってくる。


「どう、気に入った?」


 オディールはリンゴ酒シードルのジョッキをトニオのジョッキにコツンとあわせながら聞いた。


「いやもう最高っすよ、ロッソも花畑もいいんすけど、このステージは何なんすか? 広くてきれいで快適。こんな建物見たことないっすよ!」


 トニオは興奮気味に言った。夕暮れの茜色に染まる白い御影石のフロアは、まるで豪華客船のような優雅な水上のステージになっている。


「いいでしょ? ここが我がセント・フローレスティーナの中心だよ」


「ほんと、感動っすよ! ヨシ! この感動を踊りで表現するっす!」


 トニオはタタッと距離を取ると、赤く染まるロッソを背景にタッタカタカタカと軽快にタップダンスを始める。革のベストにキャスケット帽でキメたトニオは、小粋なリズムをセントラルに響かせた。


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