23. セント・フローレスティーナ
きゃぁ!
オディールのあまりの勢いに倒れそうになるミラーナ。
オディールははぁはぁと肩で息をしながらギュッとミラーナを抱きしめる。
「あらあら、どうしたの?」
ミラーナはふぅと息をつくと、優しく微笑みながらオディールの背中をポンポンと叩いた。
「ここ、ここだよ……」
「え?」
「ねぇ、ミラーナ。ここで暮らそ?」
オディールはバッと顔を上げると、流れる涙を拭きもせず、
「ここ……?」
オディールは澄み通る碧眼でミラーナをまっすぐに見つめ、情熱を込めて口説く。
「そう、ここ。ここで畑を耕して、美味しいもの作って花に囲まれて暮らそ?」
「ここ、ねぇ……」
ミラーナは朝日に輝く花畑を静かに一望するも、あまりピンと来ていない様子で首をかしげる。
「お店も何もないド田舎じゃない。旅で来るのはいいけど住むとなるとねぇ……」
「じゃ、こうしよう。ここに街を作るんだ、花の都にしよ?」
「花の都……? 本気?」
ミラーナは呆れたように眉間にしわを寄せ、オディールの顔をのぞきこむ。
「本気、本気! 大本気だよ!」
オディールは真剣な目でミラーナの手をギュッと握った。
砂漠のど真ん中に街を築くという荒唐無稽な発想に、ミラーナは面食らい、思わず宙を仰ぐ。
王都を始め、街というのは歴史の中で長い時間をかけて育っていくもので、そんな簡単に作ろうと思ってできるようなものではないのだ。
でも……。
ミラーナはどこまでも広がる煌びやかな花の海に目をやる。
『こんな奇跡のような花畑にみんなが来てくれたらとても楽しいだろうな……』ミラーナはついそう思ってしまう。それだけロッソのもたらす聖気が起こした奇跡には魅力が詰まっていた。
ミラーナは口元をキュッと結んでじっくりと考え込み、オディールをちらりと見た。
「何て名前にするの?」
「な、名前?」
「そう、素敵な名前の街だったら……、いいわよ?」
小首をかしげ、朝の風に髪を躍らせたミラーナは、いたずらっぽい笑顔を向けた。
「な、名前かぁ……」
オディールは悩む。ありきたりなものではいけないし、かといって凝りすぎてもダメ。実に難題だった。
「聖なる巨岩、ロッソのおひざ元の花畑……。うーん、セント……、フローラル……、ディーナ?」
オディールは眉間にしわを寄せながら絞り出すように言った。
「ふふっ、一杯詰め込んできたわね……。音から行くと、セント・フローレスティーナ……かな?」
「ど、どう……かな? へへへ……」
ミラーナは幸せを灯すような笑顔で、無垢で純白の百合をオディールに向けて静かに差し出した。
えっ……?
「いいじゃない。住もっ、セント・フローレスティーナに」
「ほ、本当に……いいの?」
オディールは恐る恐る百合を受け取りながら、チラッと上目づかいでミラーナを見た。
「だって、こんな素敵なところ、私たちで独占するのはもったいないわ」
ミラーナは朝日に輝く花畑に向け、愛おしげに両手を大きく広げる。
「あ、ありがとう! 住もう! セント・フローレスティーナに!」
オディールはミラーナを抱き締めた。その甘美で柔らかな香りに包まれながら、オディールは新たな人生の幕開けを告げる鐘の音が鳴り響くように感じ、心は感動で溢れていった。
「きゃぁ! もうオディったらぁ」
きゃははは! ふふふふ。
二人はお互いを見つめ、愛おしげに笑いながら軽やかに舞い回った。
広大な砂漠の中に花の都を作るという壮大な挑戦は、一体どんな景色を見せてくれるのだろう。
花咲き乱れる花畑で二人は見つめあい、まだ見ぬ花の都セント・フローレスティーナを思い描いてほほ笑みあった。
◇
ミラーナが作った岩のベンチに座り、ミラーナに教えてもらいながらオディールは華やかな花々を織り交ぜ、花冠を編んでいた。
「おーい、そろそろ朝飯にせんかー?」
レヴィアとヴォルフラムが手を振りながらやってくる。
「ねぇ、ちょっといいかなー? お願いしたいことがあるんだ」
オディールは手を大きく振って二人を迎えた。
キョトンとする二人に、オディールはセント・フローレスティーナについて熱っぽく語った。
「と、いうことで、ここに花の都を作ろうと思うんだけど……、手伝ってくれないかな?」
オディールは両手を組んで小首をかしげ、レヴィアとヴォルフラムに頼む。
「ここを街にすんのか!? カッカッカ! こりゃまた大きく出たな。じゃが……」
レヴィアは大笑いすると、渋い顔でヴォルフォラムと顔を見合わせた。旅をするという話から街を作るという話には大きな飛躍がある。
「頼むよ。ここはさ、街になるべきなんだ。ロッソの偉大な恵みは多くの人で分け合わないともったいないよ」
オディールは青く澄んだ瞳を潤ませながら頼み込む。
レヴィアは大きく息をつくと、急に真剣な目になり、ジロっとオディールの瞳をのぞきこんだ。
「ここは大陸一の聖地、確かに街になれば素晴らしいじゃろう。じゃが……、食料はどうする? 家は? 道は? ごみ収集もしないとならんし、警察も消防も必要じゃぞ? 思い付きでできる事じゃないぞ?」
「だから手伝って欲しいんだよ」
オディールはレヴィアの手を取り、ギュッと握る。
「お主、ドラゴンに手伝わせるということを軽く見るなよ? 途中で放り出したりしたら……。噛み殺すぞ?」
レヴィアは真紅の瞳を鮮烈に輝かせ、獰猛な仕草でその鋭い牙を見せた。
「放り出したりなんてしないよ! 僕がここに来たのは運命だったんだ。この命尽きるまでセント・フローレスティーナに捧げるよ」
オディールは臆することなく、グッとこぶしを握って見せる。
レヴィアはじっとオディールの輝く碧い瞳をじっと見つめた……。確かにその瞳には不退転の決意が映っている。
「よーし、その言葉忘れんなよ?」
レヴィアはガシッとオディールのこぶしを握った。
二人はニヤッと笑いあい、心を通わせるように見つめあう。
「ぼ、僕も混ぜて!」
ヴォルフラムも慌ててごつい大きな手でオディールの手を握る。
ミラーナは嬉しそうに三人の顔を見まわすと、みんなの手の上に手を乗せた。
「ふふっ、じゃあ決まりね! 今日がセント・フローレスティーナ創立記念日よ!」
「みんなありがとう!」
期待に満ちた好奇心で目をキラキラさせているみんなと、一人一人目を合わせるオディール。
「よーし! お前らぁ、世界一の都にすっぞ! 気合入れろぉーー!?」
オディールは急に真剣な顔になって叫んだ。
「はい!」「入れるー!」「任せろ!」
みんなノリノリである。
一瞬ウルッとしかけて、深く息を吸った後、満面の喜びを見せながらオディールは、みんなに聞く。
「お前らぁ! セント・フローレス?」
「ティーナ!」「ティーナ!」「ティーナ!」
みんなの情熱がこもった声が一斉に花畑に響き渡り、一陣の風が吹き抜けて花のウェーブを描いた。
Yeah!
ほとばしる喜びで跳ねたオディールは、一人ずつ情熱的なハグで心を一つにしていった。
「やったるでー!」「やりましょう!」「頑張るわよ!」
みんな口々に決意を表して、まだ見ぬ前代未聞の花の都、その壮大な風景を思い描く。
周囲数百キロ延々と砂漠しかないこの不毛の地に世界一の花の都を築く、という
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