13. 伝説の少女オディール

 見る間に迫ってきたドラゴンは、バサッバサッと大きな翼をはばたかせながら減速し、一旦宙に止まると、真紅の巨大な目でオディール達を睥睨へいげいした。


 鱗に覆われたティラノサウルスのような恐ろしい顔、巨大な口から覗く牙、この世界の頂点に君臨する王者の圧倒的な迫力が場を支配する。


 ギュォォォォーーーー!


 腹をえぐるような重低音の咆哮を放つとドラゴンは、ズン! と地響きを響かせながら広場に着陸した。


 ミラーナもヴォルフラムもその大いなる神の使いに圧倒されて言葉を失い、震えながら立ちすくんでしまう。


 ただ、オディールだけはキラキラと目を輝かせ、興奮に駆られてこぶしを振り、夢にまで見た異世界の象徴にくぎ付けとなっていた。


「雨を降らせたのはお主らか?」


 ドラゴンは巨大な真紅の瞳をギョロリと動かし、重低音の声を響かせる。


「そうだよ! まずかった?」


 オディールはひるむこともなく、ニコニコしながら答えた。


「我の住処が水浸しなんだが? 人間の分際で勝手に天気を変えるとは何事じゃ! クワッ!」


 ドラゴンは口から衝撃波を放ち、三人はあっさりと風圧で吹き飛ばされる。


 うわっ! きゃぁ! グフッ!


 岩から転げ落ちたオディールは挑戦的な視線でドラゴンをにらむと、ワンピースの土ぼこりを払いながら立ち上がり、ドラゴンを指さして吠えた。


「何よ! 偉そうに! 濡らしたのは悪かったけど、日照りに苦しんでる村に雨降らすくらいで文句言われる筋合いないんだけど?」


「姐さん、マズいって!」


 ヴォルフラムは慌ててオディールの腕をつかんだが、オディールはそれを振り払い、逆に叫ぶ。


「二人とも! 準備して!」


「何じゃ? お主ら我に楯突たてつこうというのか? ん?」


「そうよ? 先に手を出したのはあんた。お仕置きしてやるんだから!」


 オディールはグッとこぶしを突き出すと言い放った。


「お仕置き……? 人間ごときが生意気な! 勝てるとでも思っとるのか?」


「僕の方が強いもん! 勝ったらいうこと聞いてもらうからね?」


 オディールは腰に手を当て、ドヤ顔でまだ発達中の胸を大きく張った。


 ドラゴンはオディールの不敵な挑発にその真紅の瞳を怒りで細め、身体を震わせながら、のどをグルルルと雷鳴のように響かせる。


れ者が……。消し炭にしてやるわ!」


 ドラゴンは天高く仰ぐと巨大な口を開け、大きく息を吸った。


「あわわわわ……。来ますよぉ!」


 真っ青になって後ずさるヴォルフラム。


「ミラーナ! 岩壁ロックウォール!」


 オディールはミラーナの背中をパンパンと叩き、ミラーナは慌てて呪文を詠唱する。


 直後、地面がボコボコボコっと湧き上がり、巨大な岩の壁が地面からそびえ立った。


 同時にドラゴンは巨大な口をパカッと開き、オディール達めがけて口から一億度を超える超高温のプラズマのまぶしいジェットを放つ。まるでジェットエンジンのような轟音が村中に響き渡り、プラズマはオレンジ色に光り輝きながら岩壁を襲った。


 ひぃぃぃ! きゃぁ!


 岩壁は超高温に晒されて徐々に赤く光を放ち始め、角から溶け落ちていく。


 周りをすっかり超高温のプラズマに囲まれ、ヴォルフラムもミラーナも頭を抱えてうずくまった。


 しかし、オディールだけはアドレナリンが全開となって、きゃははは! と、ハイテンションの笑い声を響かせる。


「見せてあげるわ、女神に愛された者の力を!」


 ドラゴンの上空に向けて手のひらを掲げたオディールは祭詞を叫んだ。


「【龍神よ、凍てつく息吹で氷のつぶてを降り注げ】」


 一瞬空に閃光が瞬き、直後、スイカのような巨大なひょうがものすごい速度で降ってきてドラゴンの脳天を直撃し、グシャァ! と衝撃音をたてながら砕け散った。


 グハッ!


 何が起きたか分からないドラゴンは空を見上げたが、バラバラとさらにひょうは降り注いで鱗や翼に直撃し、重く鋭い衝撃音が辺りに響き渡った。


「な、なんじゃこりゃぁ!?」


 最初のうちは耐えていたドラゴンだったが、雹はどんどん数も増え、サイズも巨大化していくので、たまらず逃げようとする。


「こ、小癪な! 痛てっ! 痛いっ! グワァァ!」


 しかし、ドラゴンは雹を踏んでしまって転倒、そこにさらに膨大な量の雹が落ちてきて、あっという間に雹の山に埋もれていく。


「トカゲなど冷やしてしまえば動けまい。くふふふふ」


 オディールは岩壁の脇からひょこっと顔を出し、徐々に高くなっていく雪山を見ながら嬉しそうに笑った。


 しかし、雪山はもこっと盛り上がると、亀裂が入り、ガラガラと雪崩を起こす。


「くっ! 雪じゃダメか……。作戦変更! ヴォル、行くゾ!」


 オディールは丸くなって震えているヴォルフラムの背中を叩いた。


「嫌ですよぉ! 僕は恐い事やらないって言ったじゃないですかぁ!」


 ヴォルフラムは涙声で返す。


「何言ってんの! あいつの横暴を許したらもう二度と干ばつを救えないって事だよ? 村はもう救えないよ?」


「えっ!?」


 ヴォルフラムは慌てて顔を上げ、指で涙をぬぐった。


「ヴォルは村を救いたいんだろ? 手伝ってよ」


 オディールはニコッと笑ってヴォルフラムに手を差し伸べる。


 しばらくうつむいていたヴォルフラムだったが、ゆっくりとうなずくとオディールの手を取った。

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