12. 僕ってすごい?

 オディールは、軽快な走りで広場を横切り、大きな岩の上にピョンと跳び乗ると、広大な畑が続く大地を見渡した。確かにところどころ黄色くなってしまっていて元気がない。


「よーし、いっちょやってみっか!」


 オディールは自信に満ちた笑顔で、力強くこぶしを握った。


 大きく息をつくと、オディールは目をつぶり、雨のイメージを丁寧に紡いでいく。やりすぎたら洪水になってしまうし、局所に降らしても被害が出る。畑全体に広く潤すような雨のイメージを固めていく。


 よし……。


 オディールは快晴の青空に向けて両手を広げ、神妙な面持ちで祭詞を唱えた。


「【龍神よ、猛き息吹で恵みを降り注げ】」


 詠唱と同時にオディールの全身からは青く光る微粒子がブワッと飛び出し、渦を巻きながら大空へと立ち上っていく。


 それはまるで青く輝く龍が空へと昇っていくように見えた。


 キラキラ光る龍が大空へ吸い込まれていった直後、にわかにき曇り、暗雲がもこもこと立ちこめていく。


 ポツリポツリと天からの恵みは畑へと降り注ぎ始め、やがてザーっと本格的な雨になる。


 久しぶりの雨は乾ききった大地にどんどんと吸い込まれ、ひんやりとした風が雨の香りを運んできた。


 眼を凝らすと、畑の中に点在する家々からは次々と人々が飛び出してくる。彼らは雨に打たれながら口々に神への感謝を叫び、大空に手を広げた。雨はまさに生命の源、干天かんてん慈雨じうはこの上ない恵みだったのだ。


 やがて大人も子供もずぶ濡れになりつつ、溢れんばかりの喜びで踊り出す。


 オディールはその情景を眺めながら、ほろりと涙が零れ落ちた。お前など要らないとバカにされ、王都を追い出されたオディールの心には自身が予想していた以上に深く、切ない傷痕が刻まれていた。どんなに気丈にふるまったとしても、人から否定されることによる心の傷はごまかしきれない。


 しかし、今、目の前で歓喜に包まれる人たちを見て、オディールは全ての呪縛から解放されたのだ。前世でもこんなに人に喜んでもらったことなどなかったのだから。


 もちろん、オディールがこんな奇跡を引き起こせたのは、女神から授けられたチートのお陰である。だが、危険をものともせずに王都を後にした彼女の決断が、それを可能にしたのだ。


 旅に出て良かった……。


 オディールは手の甲で涙をぬぐうと、喜びに舞う人々に両手を広げ、『幸あれ』と願った。


「おぉぉぉ! すごいです!」


 ヴォルフラムは感動して駆け寄ってくると、両手を組んでオディールを崇める。天候を操れるとは聞いていたが、ここまで完璧に雨を降らせるとは思っていなかったのだ。ヴォルフラムにはここまでできるオディールはもはや神と映っていた。


 オディールは急いで涙をぬぐい取ると、ニヤッと笑ってヴォルフラムを見下ろす。


「ふふーん、どう? 僕ってすごいでしょ?」


 少しおどけた調子で腰に手を当てたオディールは、モデルのようにドヤ顔でポーズを取る。


「姐さん! 僕は一生姐さんについていきます!」


 ヴォルフラムのまっすぐな熱い言葉がオディールの涙腺を緩ませた。


「や、やだなぁ、ちょっと重いんだけど……」


 オディールはさりげなく後ろを向いて溢れてくる涙を隠す。


 顛末てんまつを知るミラーナは少し涙ぐみながら、そんなオディールを温かいまなざしで見守っていた。


 雨雲はオランチャの畑一帯を潤しながら風に流され、徐々に山の方へと消えていく。乾いた大地に降り注いだ雨は、畑の作物を緑色に輝かせ、心なしか元気になったように見えた。



        ◇



「あれ、何かしら?」


 ミラーナが眉をひそめ、山の方を指した。


 見ると、巨大な鳥のようなものが稜線を越え、雨の中を優雅に舞い、ゆっくりと羽ばたいている。


「も、もしかして、ドラゴン!?」


 オディールは色めき立ち、鳥とは一線を画すその雄大な姿に釘付けになった。


「あぁ、あれがドラゴンですよ……。でも……、何だか様子がおかしいですね」


 ヴォルフラムは眉をひそめ、首をひねった。


「うぉぉぉ、すごいすごい! イッツ・ファンタジー!」


 興奮に身を任せ、オディールは岩の上でピョンと飛び上がる。


 旅客機に匹敵する大きさを誇る幻想的な巨体が、壮大な山脈を背景に翼を大きくはばたかせ優雅に空を舞っている。それは一幅の絵画のような異世界ならではの光景であり、オディールは目を輝かせ、食い入るようにドラゴンを見つめた。



「な、何だかこっちを目指してますよ。こんなこと今までなかったのに……」


 ヴォルフラムは青い顔をしながら後ずさる。


「え? こっちにやってくるの? すごいじゃん!」


 オディールはのんきにそう言うが、ヴォルフラムは泣きそうになりながら頭を抱える。


「もしかして、雨を降らせたことを怒っているんじゃ? ど、ど、ど、どうしよう……」


「へ? 怒らせちゃった? ど、どうなるの?」


「し、知りませんよ。今までドラゴンを怒らせた人なんて聞いたこともないですから」


 オディールはドラゴンを見つめながらアゴをなで、しばらく考えると、ニヤッと笑って聞いた。


「ドラゴンって……、強い?」


「そりゃぁ全ての生き物の頂点ですからね。口から吐く炎、ドラゴンブレスはありとあらゆるものを焼き尽くすと言われてますよ。そんな攻撃されたら僕らなんて一瞬で炭……、ひぃ!」


 ヴォルフラムは巨体を丸くしてガクガクと震えた。


「ミラーナ、岩壁ロックウォールよろしく!」


「えっ!? ドラゴン相手に戦うの!?」


「売られたケンカは買わなきゃ!」


 オディールはワクワクを押さえきれずに、いたずらっ子の笑みを見せる。


 ミラーナとヴォルフラムは眉をひそめ、顔を見合わせた。


 そうこうしているうちにもすさまじい速度で迫ってくるドラゴン。漆黒の鱗に包まれた巨体はほのかに黄金色の光をまとい、巨大な牙、鋭い爪を光らせながら泰然と大きな翼をはばたかせ、空を駆けてくる。


「総員戦闘配置につけ!」


 オディールはノリノリでこぶしを突き上げるが、ミラーナもヴォルフラムもどうしたらいいか分からずオロオロしている。


「大丈夫だって。ドラゴンって言ったってトカゲの一種でしょ? ガツンと一発ぶちかましてやれば瞬殺だよ。一緒にドラゴンスレイヤーになるぞ! オーッ!」


 のんきに勝つ気満々なオディールに、ヴォルフラムは冷汗を垂らしながら説得する。


「いやいやいや、ドラゴンは神の使いですよ? 人間じゃ勝てませんって!」


 しかし、オディールは逆に燃えてしまう。


「ふふーん、では僕らが人類史上初のドラゴンスレイヤーだぞ。いいから魔法の用意して!」


 二人は渋々、魔法陣の描かれた魔法手袋を取り出すと右手につけた。

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