私と先輩
改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )
第1話
「沼らせ女」――先輩たちはそう呼んでいた。
私の指導役である先輩も、そう呼んでいる。先輩の名前は
「
「あ、はい! すみません、先輩」
「しっかりしろよ。異動になったばかりで出くわした初の大仕事だろ。滅多に無いよ、こんなチャンス」
「大丈夫です。分かってます」
「何が『分かってます』だよ。この
私が分かっているのは、あなたの視線。立浪先輩はさっきから私の胸元や腰の辺りに視線を動かしている。親切にデータベースの使い方を教えてくれるふりをして。
でも、それは仕方ないだろう。私は一応、ダークスーツの上下で
それにしても、立浪先輩は独身だろうか。いや、同じネクタイばかりだし、結婚指輪もしていないから、独身だ。でも、どうして独身なのか。
立浪先輩がプレーボーイだという噂は聞かない。むしろ女っ気が無いように感じられる。先輩の下に就いて十日ほどなので、確信は持てないが、性格異常者でもないはずだ。結局、仕事に打ち込んできたということか……。
「――ここのフォームに、飛燕さんの友人関係、取引関係、その他を入力していくんだ」
「その他……ですか?」
「要は女性関係だよ。男女の関係にあると思われる人物は、そこに入力すればいい」
「そこまで調べるのですね」
小首を傾げて少し驚いた顔を作ってみたけど、本当に私が知りたいのは、先輩の女性関係。直接私のモノにできるのか、誰かから奪わなければならないのか。それが問題なの。
「そこを調べるんだ。素人か、おまえ」
話に割り込んできたのは
「
「使い方に慣れていませんだあ? おまえらはパソコン世代だろうが。それにな、飛燕総一郎はベンチャー企業の社長で年収数千万の男だぞ。友人や取引先なんて調べていたら、こっちが泥沼にはまっちまう。女だ。そこに絞れ」
「最初から入力する情報を絞っていてはデータベースを使う意味が……」
毒人参は強く机を叩いた。
「飛燕総一郎は、あんなに汚い沼に生きたまま沈められて殺されたんだぞ! 動機は
毒人参は立浪先輩の頭を強く叩いてから廊下に出ていった。
立浪先輩は頭を掻きながら不満顔をしている。チャンスだ!
「すみません。私のせいで……」
「いや、君のせいじゃないよ。刑事として半人前の僕のせいさ」
先輩は溜め息を吐いた。私はすかさず立ち上がる。
「私、お茶を入れてきます」
「あ、いや、ホントに大丈夫だから、気を使わないで」
小走りで給湯室へと向かった私は、途中で立ち止まり、少し
「今の私はこれくらいの事しか出来ないので。それと……」
「――? どうした?」
「先輩は立派な刑事だと思います。私も先輩みたいな刑事を目指します!」
一瞬だけ照れ笑いしてから可愛らしく敬礼。よし、うまく出来た。
再び小走りで給湯室に向かった。途中の本棚のガラス戸に、こちらをじっと見つめる立浪先輩が映っていた。
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