人を救わば命二つ

空殻

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 日曜の昼下がりだった。

 薄暗いアパートの自室で一人作業をしていると、机の上に置いていたスマホが鳴った。手に取って画面を確認すると、大学時代の友人からの着信だった。

 大学を出て3年目、友人も自分もサラリーマンとして働いている。

 どうしたのかと訝しみつつ、画面をスワイプして通話モードにした。

「どうした?」

「いや、ちょっとさ……」

 沈んだ声を聞き僕は、またか、と思った。彼から突然連絡があった時点で、少し察しはついていたのだ。

 大学時代からこの友人は、たまに精神的に病んでしまうことがあった。最初は少し落ち込みやすい性質なだけだと思っていたが、一度下宿先のベランダから飛び降りそうになったのを目撃しているので、それ以来、何かあると本気で心配するようにしている。面倒だと思う時もあるが、それでも彼との付き合いが続いているのは、やはり彼が大切な友人だからに他ならない。

 挨拶もそこそこに語り出した友人の声はやや間延びした声で、酔っているのだと分かった。

 彼の語るに任せて話をしばらく聞いてみたが、どうやら仕事上での失敗と、恋愛がらみの挫折とがたまたま重なったらしい。それが原因で、彼は今、自己の価値を見出せないでいるようだ。難儀なことだと思う。

 30分ほど彼は一方的に喋っていた。そこで一区切りついたみたいなので、黙って聞き役に回っていた僕はひとまず彼を慰めようとする。

「……まあ、そういうこともあるだろうけどさ。別にそれがイコールで、全部お前の問題ってわけでもないだろ?」

「いや、けどさ……」

「仕事の失敗なんて誰にだってあるし、聞いた感じだとフォローしなかった周りの人間にだって落ち度はあるじゃんか。別にお前のせいだけじゃないし、もし同じ状況だったら僕だってミスったと思うけどな」

 心からそう思った。彼のやったミスと同じ失敗は自分もたまたま最近職場でやったのでよく分かる。確かに不注意がきっかけではあるし、自分もひどく落ち込んだ。しかし、考えてみれば100%自分のせいというわけでもないし、自分だけの過失だと思わない方が精神衛生上は健全だろうと思う。

「それに、その恋人との別れ話だって、価値観がどうしようもなく合わなかったならしょうがないだろう?無理に付き合っていても、もっとストレスを抱え込んでいくだけだろうし、そうやって付き合っていくのが互いに我慢できなかったんだから、落ち度はイーブンにしかならないじゃないか」

「そうかな」

「そうだと思うよ。別に彼女と別れたことが、お前の価値を下げるわけじゃない。ただ生き方が合わなかっただけだし、そこに合わせなきゃいけない理由もないよ」

 これも共感できる話だった。自分も最近、大学時代から付き合っていた恋人と別れた。正直、この世の終わりのように感じた。だが、今思い返してみれば当然、それで終わったのはあくまで彼女との関係性だけであって、自分にも彼女にも、きっと次の出会いがあるのだろう。別にどちらかのせいというわけでもない。

 それからもしばらく、彼の悩みについて、それがいかに考え過ぎかを説き続けた。ずっと話していると、彼の声も少しずつ上向きになっていっているように思えた。

「そうか……。俺は、どうしようもないダメ人間だと思ってたんだが、そうでもないのかもな」

「そんなわけない、考え過ぎだよ。まあ、落ち込んでとことんダウナーになるのは、ちょっと勘弁してほしいけれど」

 最後は冗談めかして言ってみた。少し攻めた言葉だとは思ったが、通話口から彼の控えめな笑い声が聞こえたので、安心した。どうやら、今回の山場は越えたみたいだ。

「まあ互いに関東にいるんだ。来週末にでも、一緒に飲みに行こう。そこでまた、いくらでも愚痴を聞くよ」

「ああ、悪いな。ありがとう」

「じゃ、また」

 そう締めくくって通話を切る。だいたい1時間半くらい話していたようだ。

「さて、と」

 そうして僕は、彼から電話がかかって来るまで取り掛かっていた作業を見返す。

 机の上に散らばっているのは、ホームセンターで買った丈夫な紐だ。その紐で輪をつくろうとしている途中だった。輪はちょうど、僕の頭がちょうど通るくらいのサイズ。首を括るのに誂え向きだ。

 偶然にも友人と似たような悩みで苦しみ、死ぬ準備までしていた僕だったが、彼と電話しているうちになんだか馬鹿らしくなってしまった。ちょうど来週の予定もできたことだし、今死ぬのは気乗りしない。

 ハサミで紐をばらばらに切り刻み、まとめてゴミ箱に捨てる。それから、閉め切っていた部屋のカーテンを開けた。オレンジ色の日光が部屋に差し込む。

 見るはずの無かった夕焼けは、とても美しかった。

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