叫びたい人
プニぷに
叫びたい人
私には時々、無性に叫びたくなる瞬間がある。
特に理由はない。いや、考えると無限に理由が出てくる。
嫌なことがあった。
嫌なことを思い出した。
嫌な気分になった。
おおよそ理由と言えばここら辺だろう。けれど、今日はいきなり叫びそうになった。
人が多くいるだけの、何もない駅前でだ。特に何もない日常でだ。普段通りにしているはずなのに、どうしてか今日はおぞましい自分の声が喉元まで出かかった。
「…………大丈夫、大丈夫。大丈夫だから、お願いだから黙ってて」
自分にかける言葉が、それはそれは赤子に言う台詞のようで……自分の幼さに嫌気がする。
世界には叫んでいい人がいる。
赤子。子供。応援。憤怒。痛み。悲しみ。歌。芸術。それらに狂う人々。
羨ましいとは思わない。けれど、時々嫉妬する。
私は汚い人間だ。叫ぶ彼らを軽蔑しながら、自分はまともな大人のフリをしながら、それでも時々叫びたくなってしまうのだから。
「カラオケにでも行こう」
私は叫ぶため、駅前のカラオケに向かった。
狭い空間。暗い部屋。そして何より、叫んでもいい場所という安心感。すべてが好ましく思えた。
「……………………はぁ」
私は満足してしまった。
私は悲しくなった。
あれだけ叫びたかった感情が消えてしまった。
(どこへ行った私の本能)
自分の心に問いかけても、返答などありはしない。
自分は自分。そんな当然のことまで私は忘れてしまったのだろうか。きっと今日は疲れているんだ。
ならば早く帰るべきか。そう思ったが、何故か腰が上がらない。
「少し歌おう」
そうすればきっと心も晴れる。
辛い歌を歌った。
反逆と革命を謳った歌を歌った。
共感できる歌を歌った。
何一つとして、自分の歌は無かった。
「そっか、私は私の為に歌いたかったんだ」
違う。絶対に違う。
だって私は叫びたかったんだから。絶対に『歌いたい』なんて感情じゃなかった。
私は叫びたかった。
ただ、それだけだった。
嫌なモノを、その存在のすべてを滅ぼしてしまいたかった。
アニメのように、叫んだら周囲の物が吹き飛んで、近くにいる生物が全部死ぬ。そんな風になりたかった。
私は……私には家族に叫ぶ言葉も、近くの人に叫ぶ言葉も、社会に叫ぶ言葉も無いし、当然国家や世界に対して叫びたい思いも言葉も何も無い。
ただ私は何も無い自分に叫びたい。
叫んで消えてしまいたい。
叫べばきっと楽になる。心に溜まった闇が少しだけ、他人を害するという形で、他人に心配されるという形で消費される。自分はここにいるよと叫んで認めてもらえる。他人に強制的に認めさせる。
それらの汚い感情を……自分の感情を『汚い』と真っ先に思ってしまった自分に傷ついた。
もう私に叫ぶ元気なんてない。
叫んでもいないのに、どうしてかすごく疲れた。
「もう叫びたくない……」
私は店を出ると本来の目的地へ向かった。
私の代わりに、誰かが叫んでくれるはずだ。
叫びたい人 プニぷに @sleet1025
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