第33話 BMPの刻印の秘密

 BMPの大きな取引に向けて、すでにムルティスたちは移動を開始していた。


 移動手段は、もちろんトラックだ。


 第六中隊出身の四人は、覆面とコートで偽装しているから、本来の身元はわからない。


 では、いつもと同じ偽装を選んだかといえば、そうではない。


 今回は敵味方の識別をきっちりこなしたいので、四人とも伝説の生き物・ヴァンパイアに偽装していた。


 神話にしか登場しない生き物だからこそ、敵味方の識別が簡単になるのだ。


 トラックの運転手は、ガナーハ軍曹だ。


 助手席に、リゼ少尉が座っている。


 貨物室と運転席が繋がったトラックだから、ムルティスは貨物室で待機していた。


「取引相手と事前に交わした約束によれば、取引現場には四名しか連れていけない約束になっています。社長の持ってきた情報が正しければ、相手は約束を守る集団のはずですが……」


 ガナーハ軍曹は、取引相手のことを信用していなかった。


「戦う準備はしっかり整えておこう。アグサ3は魔法を使って、敵の索敵に全力を注いでくれ」


 リゼ少尉は、いつでも魔法を撃てるように構えていた。


「いつでも魔法は撃てるけど、BMPは使わないわよ。あれって火力は底上げできるけど、魔力効率が悪くなるから、継続戦闘に向いてないから」


 チェリト大尉は、運転席と貨物席を交互に移動して、ギミックをチェックしていた。


「銃座と壁は、いつでも起動できるようにしておく。まぁ使わないのが一番なんだが……どうにも怪しくてな」


 第六中隊出身の四人は、温度差はあれど、今回の取引に怪しさを感じていた。


 もし犯罪初心者であれば、手持ちの情報をそのまま信じて、取引を成功させることに意識を向けていたんだろう。


 だが四人とも犯罪に慣れてきたから、第六感が危機を拾いやすくなっていた。


 今回の取引は怪しい。


 もしBMPの製造元の半強制的な依頼でなければ、絶対に断っていた。


 ムルティスは、こんな取引適当に終わらせて、さっさと帰りたいと思っていた。


 いくら手に入る報酬が桁違いでも、死んでしまったらそれまでだ。


 潜入捜査だって志半ばで頓挫するんだから、暗黒の契約書は見つからなくなるし、妹の心臓移植手術だって行われない。


 ムルティスは、自分の身を護るために、積み荷のチェックもしておく。


 万が一、銃撃戦や魔法の撃ち合いになったとき、貨物室のどこかにどんなモノが置いてあるのか把握しておくことで、生存率が上がるからだ。


 今回の取引で使うBMPの位置を確認したとき、なにか違和感があった。


 数ではない。何度も密売してきたBMPが、いつもと違うと思ったのだ。


 どうしても気になったので、まるで運送の仕事みたいにBMPを検品していく。


 ついに違和感の正体に気づいた。


 BMPのボトルの表面に刻印が残っている。


 本来は密造品だから、製造工場を示す刻印を消さないといけないのに、一ロット分だけ消し忘れたがあったのだ。


 では、どこの製造工場を示す刻印なのか?


 政府が保有する国有工場である。


 ムルティスは目を疑った。


 何度も刻印を確認した。


 だが見間違いではなく、どう見ても国有工場の刻印だった。


 なんで政府の国有工場が、BMPを犯罪組織に出荷しているのか?


 政府と犯罪組織のつながりは不透明なままだが、なぜ組織のBMPが正規品に負けないぐらい品質が良いのかはっきりした。


 国有工場の刻印を消してあるだけで、正規品そのものだったからだ。


 まったくもって驚きだったし、ピッケム社長の強気な言動にも納得がいった。


 彼のバックについているのは、政府なのだ。


 政府ならば、資金も武力も権力も持っていて当然だ。


 つまりピッケム社長は、政府の要人と裏取引しているか、もしくは政府内部にいる悪人のスポークスマンだ。


 ただし、ピッケム社長が暗黒の契約書に関わっているのかどうかはわからない。


 もし政府の要人と裏取引しているなら、ブラックドラゴンを呼び出した時点で、国が焼かれることを理解しているんだから、暗黒の契約書の使用には同意しないはず。


 だがディランジー少佐の情報によれば、政府内にも暗黒の契約書を使いたがっているグループがいるらしい。


 はたしてピッケム社長は、暗黒の契約書を使いたいグループの一員なんだろうか。


 それとも暗黒の契約書なんて関係なく、不正を働いているだけなんだろうか。


 前者であれば脅威だが、後者であれば犯罪組織としては便利な存在だろう。


 どちらにせよ、ムルティスはボトルの刻印の消し忘れについては、気づかなかったフリをした。


 裏の仕事というのは、察しが良すぎることが諸刃の剣になる。


 もし刻印の消し忘れが、誰にも知られてはいけない情報だった場合、ピッケム社長はムルティスの暗殺を命じるだろう。


 さらにいえば、刻印のことを相談した仲間たちまで暗殺対象になる可能性だってあった。


 報告すべきは、ディランジー少佐だ。今回の取引が終了したら、すぐに定期報告したほうがいい。


 そうと決まれば、ムルティスはすぐに思考を切り替えた。


 BMPは視界の外に消して、今回の作戦で使用する装備を点検しておく。


 バトルライフルだ。大口径のライフル弾を連射するという力技の武器である。


 もし今回の取引で銃撃戦に発展する場合、ムルティスたち四人に対して、敵は多数で攻めてくるため、遠近どちらにも対応できる武器を選んだ。


 基本はセミオート射撃で狙撃して、敵に接近されたらフルオート射撃で対応する。


 幸いスコープも最新式の倍率変更が可能なものが手に入ったので、うまくやるしかない。


 ムルティスが武器の点検を終わらせたとき、ついにトラックは取引現場に到着した。

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