第12話 椚 紫苑2

こんにちは。九条伊織です。今僕は、推しの家で晩御飯を食べています。

 あんな純粋な目で言われたら、断れる人はそうそういない。


「俺はいいんですけど、椎名さんはいいんですか? 色々とまずいでしょう。」


 今やVtuberはアイドルと同じ扱いだ。ゲームのフレンドリストに男がいたくらいですぐに炎上する。

 伊織の質問に、狛音は少しだけ悩み、何かに納得したように頷いた。


「二人だけの秘密ってことにしたら、大丈夫です。」

「な、なるほど……。でも、Vtuberについてって、俺より色んな人いません?」


 企業に所属しているのなら、知り合いのVtuberだってたくさんいるだろう。

 それこそ、同じ企業ではないが、河津桜 凛もいる。

 狛音は少し部の悪そうな顔をして答える。


「実は私、かなりの人見知りなんです。さっきは人見知りを発動している暇がないくらい必死だったので大丈夫だったんですが……。」

「河津桜 凛はどうなんです? この前もコラボしてたじゃないですか。」

「はい。凛さんとは仲良くしてもらってるんですけど、会社の偉い人があまり関わらないでと……。」


 ……なるほど。確かに企業からすれば紫苑は一番人気のアイドル。出来る事なら同じ企業同士でお互いが売れるようにしたいだろう。

 伊織は横目で狛音を見る。雨の日の捨て犬みたいな助けてあげたい感がすごい。


「そういうことなら、話し相手になりますよ。」

「! 本当ですか!」

「もちろん。」

「あっ、電子レンジが終わったみたいですね。」

「俺が取りに行きますよ。」


 伊織は電子レンジから二人分の惣菜弁当を取り出してテーブルに並べる。ほかほかの弁当から溢れ出てくる匂いが二人の食欲を刺激させる。

 食卓にご飯が揃うと、二人で合掌する。

 

 「「いただきます。」」


 久しぶりに誰かと食卓を囲んだ気がする。会社では南原や他の同僚と一緒に食べることはあるが、こうやって机を囲んで食べることはない。

 伊織がそんなことに感動していると、狛音がうきうきで話しかけてきた。


「九条さんはVtuberって職業についてどう思ってます?」

「ん~。大変な職業だと思いますよ。」

「大変な職業、ですか。」

「はい。Vtuberって、人に夢を魅せる仕事でもあると思うんですよ。」


 狛音は箸を置いて、真剣に伊織の話を聴く。


「誰かと話したいのに、誰とも話せない人。人と顔を合わせて話すのが苦手な人。そんな人でも誰かと繋がることが出来るのがVtuberだと、俺は思うんですよ。」


伊織はペットボトルのお茶を少し飲んで、ごちゃごちゃとしている頭の中を一度整理する。

 こんなにも真面目に話をしたのはいつぶりだろうか。多分、親にガラケーが欲しいと熱弁した時以来だろう。

 伊織はもう一度、狛音の方を向いて、しっかりと目を見る。


「実は俺も昔、Vtuberに憧れを持ってた時期があったんですよ。」

「なれたんですか?」

「いいや。なれなかった……というより、ならなかった。」

「どうしてでしょうか。」

「……さぁ。今となっては、諦めた理由も覚えていません。」


 ……嘘だ。覚えている。だが、言いたくなかった。

 伊織は知っている。半端な気持ちで夢を目指す愚かさも、夢を諦めた人間の虚しさを。

 そして、目標のない人生のつまらなさを。

 そんな伊織を見て、狛音は大きく頷き、そして優しく微笑んだ。


「分かりました。ではもし思い出したら、教えて下さい。」

「ええ。約束です。」


 と、少し変化空気が流れて、どう切り抜けようかと迷っていると、スマホの着信が鳴った。

 伊織のポッケトからではない……ので、必然的に狛音のスマホだ。

 狛音はポケットからスマホを取り出して、相手を確認する。


「同じVtuberの子です。すいません、少し席を外しますね。」

「ああ。」


 そう言い残して、狛音はスマホを持ってパタパタと廊下に出た。

 伊織はとりあえず、少しだけ残っていた惣菜弁当をかきこんで、元々入っていたレジ袋に入れる。

 リビングでは、狛音が電話で話す声が薄く聞こえてくる。

 ニュースでも見ようかと、スマホを開くと丁度そのタイミングで狛音が通話を終えて帰ってきた。

 何か訳ありのような顔をしているが、何かあったのだろうか。


「九条さん。」

「な、なんですか?」


 今度は狛音が、真剣な顔をして伊織に話す。

 ただ事ではないのだろうか。


「あ、あの、」

「?」

「わ、私の……」


 狛音は一度深呼吸して、伊織に告げる。


「私のマネージャーになってくれませんか!!」

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