公園のひ フィクションエッセイ
績カイリ
公園のひ
私の実家の近くには公園がある。実家は田舎にあるが、未だに子供達は住んでいるようで、そこまで過疎化は進んでいない。時折帰省をして、公園を眺めるのが私の恒例行事となりつつある。
今回のフィクションエッセイはその公園での話だ。
ある二月の事。私はいつもの様に帰省した。空気は乾ききり、ハンドクリームが労基に訴えたとしても、おかしくなかった。母は相変わらず、あかぎれまみれの手をしていた。悲しいかな、私もその血を継いでいる。歳をとるにつれ、いくつか、あかぎれが出来るようになった。
持ってきたハンドクリームはみるみる内に無くなり、また、歯磨きを持参するのを忘れた為、私は近くのドラッグストアまで行く事になった。ドラッグストアは小学校までの通学路にあり、私にとって馴染みがあった。
せっかくだからと、私は近道を行かずに、通学路を遡行して、ドラッグストアに行く事にした。家は住宅街の中にある。当然、友人の家も点在している。表札に書かれた見知った名前を見つけては、「あの子は元気にしているだろうか」とノスタルジックに浸った。小学校の友人とは、高校生になった頃から、精神的に参っていたのもあったが、かなり忙しく会っていなかった。今度、連絡してみようかと思うが、連絡先を知らない。卒業アルバムに友人と互いに記した様な気もするが、肝心の卒業アルバムを高校生の時に何処かへやってしまった。小学校の頃の自分は、卒業アルバムを不変不滅の物と思っていたのだろう。しかし結局のところは……。
話が横道に逸れ過ぎた。実家のある住宅街の端には、公園がある。滑り台と、雲梯と、ベンチ、鉄棒だけの広さを持て余した公園だった。かと言ってサッカーや野球が出来るほどの広さもない。芝生は、ほとんど枯れていて、物寂しさを覚える公園だ。小学校までの通学路は公園の前を通る様、決められていた。その日も小学校数人が、遊んでいた。まだ、公園で遊ぶ様な子供はいたのか。スマホやゲーム機の波は、子供達皆を押し流す程大きくは無い様だ。少しだけ安堵した。
公園を通り過ぎると、そこからはひたすらに田だ。田田田。時折通る軽トラが田舎指数を急増させる。田舎の象徴と言えば緑だと言う人もいるが、私は細道を通る軽トラと、公道を走るトラクターこそ、田舎の象徴だと思う。
田舎道を通り抜け(軽トラは三回発見した。多すぎる)小学校の近くに、辿り着いた。小学校の周りは少しだけ栄えている。コンビニもドラッグストアも書店もある。当時の私は、小学生の内に一回くらい寄り道しちゃおうかなと思っていたが、結局一度も寄り道することは無かった。
ドラッグストアで買い物を済ませ、家に引き返した。
事が起こったのは、帰路の公園であった。滑り台の下で、何かが燃えていた。赤く燃える火と反比例するように私の顔は青ざめていった。公園には六人程の小学生がいた。危なすぎる。私は迷わず火元へ駆け出した。
火の回りにいた子供達は、私が厳しい顔をして(実際はただ火が広がるのを恐れていただけだが)飛んできたのを見るなり、慌てだした。ある者は早々に逃げ出し、ある者は動けなくなり、ある者は火の方へと駆け寄った。
私が
「君ら、これ、火だよね。火は良くない」
と言うと、火に駆け寄って行った子供二人は、足で火を消し始めた。
「ほら、〇〇! 〇〇が火ィ点けたんだろ! 消せよ!」
一人はそんなことを言いながら火を消した。私の体躯では入り込めない所だったのでただ、見守る事しか出来なかった。
鎮火は無事、成功した。あまりに乾燥した日であった為、一時は消防車を呼ぼうかと思ったが、運良く早い段階で消火できた。
物理的な火は消えた。次に起こるのは何か。責任追及の火だ。子供達は私が学校に言うのを恐れたのだろう。ほとんどの者が、各々自己保身を始めた。
ある者は
「火を点けたのは〇〇なんです! ほら、僕は道具を持ってないですよ。触ってみてくださいよ」
と主張した。もちろん、小学生の体なんて触らない。
ある者は
「こいつが火を点けたんです」
と主張した。別に誰が点けたって構わない。
ある者は急いで逃げ出した。一番良くない。
しかし、一人だけ、違う行動をとった。彼は逃げも隠れも責任を押し付けもせず、必死で消火した。そして彼は言った、
「火は消えました。すいませんでした」
私は感動した。放火を止めなかった事は事実であるため、美談とするつもりは無い。彼がしたことは悪だと思う。しかし、同時に、ああ、こうやって子供は成長し、社会性を身につけるのか、と、しみじみ感じた。善意のある子供がいることを知った。学校や警察に、言うべきだろうかという悩みは消え去った。ここは、人によって意見が別れる所だろう。しかし、私は彼の誠意に応え、学校や警察には言わない事にした。(これはフィクションエッセイです。実話を元にしていますが、事実とは異なります。特定しようとしても無駄です。まして、学校に通報する事も出来ません)
すぐに逃げ出す卑怯者もいる。自己保身に走る者もいる。悪事を働く者もいる。しかし、どれも人間の性だ。大人になろうともこのような事をする者はいる。
しかし、だからといって、人間が、あるいは若者が、皆、悪人だとは思えない。逃げずに、自己保身に走らずに、謝る事が出来る小学生だっているのだ。
その事に気がついた時、私は思い出した。そうだ。私も、小学生の頃、この公園で、友人が悪事を働いているのを、止められなかった事があった。どんな悪事かは忘れてしまった。しかし、確かに覚えている。誰か大人が私達の悪事を止めた。私も友人も逃げる事も、謝る事も出来なかった。そんな我々をあの人は許してくれた。学校にも連絡しなかった。その時、私は強く後悔した。
あの経験があったからこそ、今まで非行に走らず、大人になれたのかもしれない。もしかしたらあの人も、今の私と同じ様な気持ちで、人の、子供の成長を信じたのかもしれない。
公園から立ち去る時、そんな事を考えた。当時、謝る事も出来なかった私に対し、謝ってきたあの子はなんて心が善良なんだろう。どんな素敵な大人になるのだろう。期待と共に、自分への罪悪感が生まれた。私は期待されたような大人になれただろうか……。
実家に着き、ドアノブを握った時、あかぎれが痛んだ。
公園のひ フィクションエッセイ 績カイリ @sekikairi
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