第7話 吉報
というわけで、件のゴブリンの巣完全制圧作戦から早数日。
すでにこの村にゴブリンが来ることはほとんどなくなった。
もちろんそれは、村の外の牧場や畑のゴブリン被害もなくなり、村の見回り以外では平和そのもの。
あれ以降何度か元々ゴブリンの巣であった洞窟の跡地に、何度か確認依頼が行われたが、その洞窟には当然ゴブリンがやってきた痕跡こそあっても、そこに住み着くことはなし。
すでにこの村ではゴブリンの繁殖期の脅威はなくなり、村の街道を襲う目下の脅威はひと段落。
これならば、すぐにでもこの村周辺の交通問題は解決するだろう。
「なのにな~~んで、まだ私たちの家の建築が始まってないんですかねぇ?」
「そりゃお前、あの方法ですぐに交通問題再開は厳しいだろうよ」
さて、そんなこんなで現在場所はシルグレットの酒場兼宿屋。
そこで私は、シルグレットと談笑を繰り広げていた。
「洞窟からゴブリンは消えた。
新しいゴブリンもほぼやってくることはない!
ならもう、少なくともゴブリン被害という面で、交通量の削減に対しては文句は出ないんじゃないの?」
「言いたいことはわかるぞ?
でも、その肝心の解決方法がなぁ……」
シルグレットが頭をポリポリとかきながら答える。
「でも、この作戦はそっちも合意したじゃん。
私はやるべきことはやってんだから、後はそっちの交渉の問題でしょ?」
「だからってお前、【村の周りにあったゴブリンの巣は危険だから、全部ゴブリンゾンビの巣に変えました!】
【このゴブリンゾンビは人間を襲わない、安全なゴブリンゾンビです。】
【だから安心して、村に来てくださいね!】って言って、村人はまだしも、村の外にいる商人が信じてくれると思うか?」
「ははっ、ワロス」
「いや、意味は分かるがなんだその言い方は」
頬杖を突きながら、愚痴をこぼすシルグレット。
そう、今回私が行った対無限湧きゴブリン対策とは、件の【ゴブリンの巣】になっていた4つの洞窟を、全て【ゴブリンゾンビの巣】へと変えることであった。
「まぁ、安心してよ。
あそこに配置したゴブリンゾンビは基本、人間を襲わない様に設定したから。
もし新しいゴブリンがあそこに侵入したら、襲い返して同じゾンビに。
人間が迷い込んだら、基本無害だけど、奥地に入ろうとしたら追い返すように。
そういう風な設定をしているよ」
「……アンデッドには、動力や魔力が必要と聞いたが……」
「それに関しては、基本新しく侵入したゴブリンを餌にする感じだね。
あとはあの4つの洞窟はゴブリンが集まりやすいだけあって自然と陰の魔力も集まりやすいから、魔法陣で補助すれば年単位で放置可能。
少なくとも、悪意を持った第三者が侵入と改変しようとしない限り、安全ではあると思うよ」
「そうなんだよなぁ。
話を聞く限り、安全ではあるんだよなぁ。
話を聞く限りは……」
ため息をつくシルグレットをわき目に、こちらはこの辺でとれた薬草ときのこで作ったお茶に酒を混ぜたものを飲む。
薬草茶特有の風味と酒の香りが喉を通り抜ける、しゅんと体が整うようないい味だ。
まぁ、シルグレットの苦悩はわからないでもない。
そう、確かにこの作戦は今現状の状態さえ見れば安全ではある。
ゴブリンの巣からゴブリンは消え、新しいゴブリンがそこに入ればすべて糧となる。
だが、この作戦の問題は、この作戦の根幹を担っているのが、私だという点だ。
具体的に言えば、この村に来てまだ半年もたっていない新参者が、邪法を持ってこれを行ったという事だ。
「でも、この村の人たちは結構あっさり信用してくれたよね」
「それはお前らがこの村に来た時に、あの盗賊どもをぶち殺してくれたからな。
日頃の行動や依頼態度も悪くない。
村の奴らからの評判はかなりいいぞ。
特にあの戦馬は、墓が建てられてるくらいだからな」
シルグレットからの評判を聞いて、やや背中がこそばゆくなる感覚を味わう。
なお、あの時ヴァルターを乗せて活躍した屍馬は役目を終えてすでに成仏済みだ。
成仏させる際にはヴァルター含め多くの村人がめちゃくちゃ惜しんでくれたが、基本即興のゾンビゆえ魔力をかなり喰うし、あくまで蘇生も村に着くまでという条件であった。
でも、どうやらあの馬は今なお強い人気があるようで、未だあの馬の墓に毎日新しい花が供えられていたりする。
「実際にあの盗賊騒動は、村の存亡の危機だったからな。
もしあの時お前たちが来てくれなかったら、多分この村の奴らは全員死んでいたと思うぜ」
「笑顔でいうこっちゃないよ」
「次いでいえば、今なおその危機は続いているからな。
今お前らがこの村から出て行ったら、数日後には普通に滅んでいると思うぞ」
笑顔で言う事ではない。
というか、元々の村の守りはどうなってるんだと訪ねてみた。
「それに関しては、一応この村には元騎士である村長とそのおつきの聖職者がいたんだが、残念ながら今は別の村に出張でな。
正直事情が事情故、いつ帰ってくるかもわからないんだ」
「なんというかそれは、ご愁傷様だね」
聞くところによると、どうやらこの地域一帯を支配する領主からの呼び出し故、村長達は逆らえなかったとのことだ。
そんなこんなで、この村の物流などについていくらか話すも、まぁ返事はぼちぼちといった所。
以前よりはよくなっているのはわかるが、今すぐ劇的によくなるなどということはなさそうだ。
「だが、そんなお前らに少しだけ朗報があってな。
実は、この近くにはいくつか似たような開拓村があるだろ?
その中のストロング村っていう村があるんだ」
「ずいぶんと強そうな名前だね」
「まぁ、滅びかけの村だがね」
「おい」
シルグレットが皿を磨きながら説明を続ける。
どうやら彼曰く、そのストロング村はこの地域でもかなり初期にできた開拓村だそうだ。
大きさはそこそこあり、人口もぼちぼち。
しかし立地や交通の便により、最近ではどんどん衰退。
特に、近くに盗賊のアジトができたことにより、最近では村長も逃げ出し、冒険者も退去済み。
いまにも滅ぶ一歩手前の村というのにふさわしい場所だそうだ。
「だからこそ、今その村はこの村以上に戦力を欲しているらしい。
が、残念ながら、この地では信用できる冒険者がすぐに来てくれるほど、甘くないからな。
ならせめて、道具は揃えたい。
そう言ってきた訳だ」
そう言ってシルグレットが取り出したのは、ここ最近自分が作った魔法の巻物。
つまりは、ゴブリンの死体を使って作った【毒風】の魔法が込められた巻物であった。
「そうだ、ストロング村はどうやら、本当に入用らしくてな。
内容としては、こちらの魔法の巻物を目当てに交易を一刻も早く再開したいとのことだ。
どうやら、事態はかなり切羽詰まってるらしく、ゴブリンの巣が無力化できたと言ったら、すぐさまこの話を持ってきたぞ」
「なるほど、つまりはゴブリンの巣の脅威を撤去した現在。
今すぐすべての交易を再開させるのは難しくても、一部なら可能。
そして、そうやって実績や信頼度を稼いでいけば……ってわけね」
「話が早くて助かる」
笑顔でシルグレットは返事を返した。
「それに、ストロング村は特産物として綿花があるからな。
お前らも新しい服が欲しいだろ?」
「おお!それは幸い!
裸で魔道具作成の作業するのは嫌だったんだよ!」
「あ、あれって死霊術の儀式とかではなかったのか」
「そんなわけあるか。
服に死臭が付くのが嫌だからだよ」
なお、一度どうせ作業中に、自分以外部屋に来る人いないだろと思ったら、ヴァルターに部屋の突撃をされたことがある。
彼にはフライング土下座で謝られたし、場合によっては責任を取るとか言われたが、流石に笑って許すことにした。
こちとら将来は、超可愛ケモミミ美少女と結婚する予定なんだ。
この世界の宗教的には、条件付きで同性婚も合法だし、いけるいける。
「というわけで、今から数日後にはストロング村から使いが来るはずだからな!
その時にいくらかの布や糸と巻物を交換する流れになると思う」
「そして、その時その使いが無事にこの村につけば、この街道の安全性も証明される。
私の死霊術師としての安全性と名声も広まると」
「さらに言えば、この村自体の安全性も証明されるからな。
……まぁ、外部から見ると下手したら死霊術師に支配された村と取られてもおかしくない状態だからな」
う~~ん、なんという風評被害。
せいぜい村に来て、まだちょっとしかたっていない死霊術師が偶然襲われていた村の窮地を救ったから、周りから信頼され、さらには偶然発生したゴブリンの繁殖期も、自分の配下のゾンビを無数に配置することで、なんとか村に平和を取り戻してくれただけじゃないか!
「……うん。
これ、どう見ても外部から見たらびっくりするほど怪しい村だよね」
「村の中に教会があってよかったとこれほどまで思ったことはないな。
もっとも、中にいるべきはずの聖職者は村長と一緒に外出中だが」
「ダメじゃん」
なお、一瞬担当者が留守の間、教会の管理を手伝おうかと口に出そうと思ったが、
死霊術師である自分がそれをやると怪しさが倍増するだけなので、やめておいた。
「まぁ、結局のところ、村の信用も、これからの流通も。
件のゴブリンゾンビの巣が安全ならば、問題ないというわけだ。
……で、本当に件のゴブリンゾンビの巣は問題ないんだよな?
間違って近隣の人間を襲ったりはしないよな?」
「大丈夫大丈夫。人間は襲わないよ。
……まぁ、それ以上に全く問題がないとは言わないけど」
「そういう含みのある言い方やめてくれ。
もうすでに、作戦実行して取り返しのつかない状態なんだから」
「作物が疫病にかかりやすくなるし、虫害の頻度が上がるし。
周囲の野生動物が病気にかかりやすくなるから、疫病発生率頻度があがるし。
環境が荒れるせいで、神からの愛も薄れて、災害発生率が上がるともいわれているし。
まぁ、もっとも私の魔術の腕では、そんな事故が起きるほどへたっぴではないけど」
「……相変わらず、聞けば聞くほど、死霊術とは最低の魔法だな」
「否定はしない」
だがまぁ、これらは一応事実な上に事前に確認も取ったことなのでしかたなし。
それに、発情期のゴブリンが周囲に過ごしているのはそれ以上の災害だから、いろんな意味でセーフなはず。
「ともかく、今俺にできるのは、件のストロング村からの使者が無事にこの村につくことを祈ることだけだ。
それとお前は、毒風の巻物の在庫作成を頼んだぞ」
「は~い」
かくして、これから数日、私は再び毒風の巻物を作成しつつ、村の人々と遊びながらゆっくりと来るべき日を待つのでした。
★☆★☆
そして、数日後。
「う、うう……」
なんとそこには、全身ボロボロになって命からがらの姿でこの村にやってきたストロング村からの使いの姿が!
「とりあえず、生き埋めにしてこなかったことにする?」
「馬鹿野郎!とりあえずさっさと治療するぞ!!
誰か、治療の心得は!」
「あ、私、簡単な回復魔法なら使えますよ。
魔導学校出身なので」
「……」
なぜか胡散臭いものを見る眼でこちらを見られた。
いいじゃろ、別に死霊術師が回復魔法を使っても。
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