第4話 呪術【毒風】(量産品)

ゴブリンの巣連続偵察から早十数日。

ヴァルター君たちは連日ゴブリン偵察期間を続けているが、自分は早々にそのスケジュールから脱落することとなった。

そもそもこちらは死霊術師、毎日複数のゴブリンの巣へ出かけるほどの体力もないしやる気もない。

だからこそ、こちらはこのゴブリンの巣の偵察ではない別のベクトルで、この村の一員として働くことになる。

それこそ、死霊術師として、だ。


「だからこそ私は、ヴァル達と違って、別に朝早く起きる必要はないし、ここ数日毎日酒場でゆっくりしているように見えるけど、ちゃんと働いてはいるんだよ。

 いいね?」


「流石にずるい!!!」


そのセリフとともに、思わずヴァルターがこちらを恨めしそうな目で見てくる。


「というか、そんなに嫌なら、断ったり、別の仕事したら?

 さすがにこの辺の仕事でゴブリンの偵察以外の仕事がないようには見えないけど」


「僕だってできればそうしたいけど……シルグレッドさん曰く、ボクができる中で、今一番優先度が高い依頼はあれなんだそうだよ」


「まじかぁ」


料理を運んできてくれたシルグレッドに本当に他のもっと優先するべき仕事がないかどうかを尋ねると、どうやら今はゴブリンの巣偵察が一番優先すべき仕事ではあるようだ。


「ご丁寧にこの辺の街道の近くにはゴブリンの巣が複数あるからな。

 定期的に偵察できていないと、まともに定期便すら運航できないんだ。

 ゴブリンの巣を定期的に偵察できていないとそれだけで、この辺の流通が止まってしまうし、村の外に出て仕事をする奴がまともに仕事することができねぇんだ」


シルグレッド曰く、確かにゴブリンは冒険者でもある私たちにとってはそこまで脅威でもないが、それでも村の人々から見れば、それなり以上に恐ろしい存在であることは間違いないようだ。

それこそ、馬車の馬が襲われたりすればそれだけで定期便が止まってしまうし、木こりや山菜採りが油断しているときに襲われてしまうと、それなり以上の被害が出る。

そういう存在だそうだ。


「でもそれって、クマや猿とかの獣と同レベルの脅威じゃない?」


「いや、全然違うよ。

 というかゴブリンの繁殖力マジやばい。

 半端ない」


げんなりした顔をするヴァルター曰く、ゴブリンの巣は本当にすぐ湧いてくるとのこと。

それこそ、先日自分たちが壊滅させたはずのあのゴブリンの巣も、数日後にはすぐ別のゴブリンが棲み着いていたそうだ。


「いやね、はじめシルグレッドさんが壊滅できるならしてもいいみたいな投げやりな理由なのもよくわかったよ。

 一応、初めの一回ゴブリンシャーマン討伐代をくれただけでも温情だったんだなって今なら思うよ」


確かに、このゴブリンの繁殖速度を考えると、いちいちゴブリンの討伐依頼を出せないのはもちろん。

討伐ごとに報酬を払っていたら、あっという間にこの村が破産してしまうだろう。


「そんなに繁殖できるほどゴブリンのお相手っているの?

 あいつら基本的に雄しかいないし、この村からさらわれた人はいないって聞いてたんだけど」


「まぁ、そこは家畜や狼、鹿なんかの獣相手でも繁殖できるらしいからな。

 あとは、野良のスライムとか」


「なにそのすごいシュールな光景」


「スライムや鹿相手に腰を振るゴブリンとか、絶対見たくない光景だね」


「いや、この村に住むのならそのうちいやでも見るようになるぞ?

 むしろ今のうちに慣れておけ」


野性の獣や魔物相手に腰を振るゴブリンが村の風物詩とか、あまりに地獄すぎない?


「こちらとしても、本当はもっとゴブリン討伐の依頼を積極的に出したいんだが……

 残念ながら、この村にいる冒険者はお前らだけだからな。

 一応、村付きの冒険者はもう3人いたが、1人は死んで、1人は別の村に。

 もう一人は現在村長とともに遠征中だ」


シルグレットは、ヴァルター達に少し食事のおまけを出しつつそう答える。


「つまり、僕はこんなゴブリンの巣偵察みたいな地味~な仕事を、次の冒険者が来るまでやらされるってこと!?」


「……街道の安全が確保されたら、きっともう少しだけ冒険者が来るようになる。

 そしたら、もう少しお前らにふさわしい仕事を紹介できるはずだ」


「それっていつの話だよ~!!」


そんな泣き言をいうヴァルターを尻目に、こちらは悠々と酒とつまみをあおる。

お、この鹿肉おいしいね。

ベネちゃん曰く、彼女が偵察任務の途中に獲ってきてくれたそうだ。

う~んさすが元狩人、こちらにグイっと顔を寄せてきたので、首元をなでて褒め散らかしてあげた。


「イオちゃん、ベネちゃん!

 君達からも言ってくれよ!!

 このままじゃ、僕らが永遠にゴブリンの見張り係を任命されちゃうよ!?」


ヴァルターは、涙目でこちらに助けを求めてくるが、残念ながらゴブリンの偵察依頼しかやっていないのは彼だけなのでこちら的にはなにも共感できなかったりする。

ベネちゃんは、見張り依頼に並行して、野性の動物狩り依頼をやっているらしく、それなりの収入が入っているらしい。

そして、こちらは魔導学校出身の死霊術師だ。

むしろインドアのほうが効率的にお金を稼げるのが本音だ。


「と、いうわけでこれが今の私の小遣い稼ぎだよ」


そういって、懐から一つの内職の成果物を取り出す。


「えっとこれは……巻物かな?

 いわゆるスクロールとか……あぁ、これがいわゆる魔法の巻物ってやつかな!?」


「正解」


そうだ、それは巻物である。

もっともそれは、一度開封すればそこから魔法が発動する、魔法の力が込められた巻物ではあるが。


「一流の魔導士じゃなきゃできないって聞いてたんだけど、流石学園の魔導士。

 こういうこともできるんだね!」


ヴァルターがこちらに感心しつつ褒めてくれる。

そして、じろじろと巻物を観察する。


「でもこれ、魔法の巻物にしてはちょっと、触り心地というか、紙質悪くない?

 こんなど田舎に紙があること自体が驚きなんだけど」


「まぁ、それは紙というよりは皮。

 ぶっちゃけ、先日駆除したゴブリンの皮を使った、いうなれば【小鬼皮紙】だからな」


ヴァルターのその巻物を見る眼が少し、微妙なものになる。


「……あ~、そういえば、先日ゴブリンの死体を回収していたねぇ。

 でも、ゴブリンの皮でできた巻物とか、あんまり聞いたことないけど、紙の質としてはどうなの?」


「三流以下。

 少なくとも聖の魔術や普通の魔術の巻物には絶対に適さないだろうね」


「ですよね~」


そもそもゴブリンは最弱レベルの魔物の一種だ。

それでもその肉には毒があり、その皮に触れ続ければ、耐性がない人はすぐにかぶれてしまう。

当然そんなゴブリンから作れる道具なんて、まともに使えないし、食用にも当然向かない。


「でも、最低限の死霊系に属する陰の魔力をつかう魔法や呪いを封じることぐらいは出来るからね。

 こうしてシルグレットに、買い取ってもらって、当面の宿代を稼いでいるというわけだ」


「ところで、この巻物にはどんな魔法が込められてるの?」


「広範囲に、陰の魔力でできた毒をばらまく【毒風】って魔法」


「……」


ヴァルターがさらに微妙な顔で、その手に持つ巻物を見る。

まぁ言いたい事はわかる。

一応その【毒風】は、死霊というか呪術魔法の初歩魔法故、基本的には一般人が吸っても即死しない程度の威力しかでない、名前ほど危険な魔法ではなかったりする。

だからこそ、この魔法の用途としては盗賊を一時的に退けたり、ゴブリンや獣を追い散らかす防衛用魔法としては、それなりに最適な魔法だったりするのだ。


「でも、悪用しようとしたら、畑の作物をすべて枯らすとか。

 家畜をすべて病死させられる趣味の悪い魔法であることは認めるけど」


「シルグレットさん、よくこれ買い取ろうと思いましたね」


「今この村に、戦える奴がほとんどいないからな。

 村の守衛も基本かかしみたいなものだから、少しでも戦力強化してやった方がいいだろ」


どうやらシルグレットは、死霊魔術を好印象とはいかないが、それでもそれだけで差別するほどではないバランス感覚の持ち手の様だ。

そのおかげで、ここ数日は先日全滅させたゴブリンの死体を巻物に変換することで、なんとか宿からほとんど外出せずに生活費を稼ぐことができている。


「だが、うちの宿でこんな呪物を作るような作業を連日続けてほしくないのが、本音だがな」


「こちらも同じこと思ってるから。

 さっさと、家を紹介してよ。

 そもそもの募集要項に、魔導学園出身者は家付き待遇ってあった気がするんだけど?」


「……それについては本当にすまん」


一瞬文句を言ったが、シルグレットが済まなそうな顔でこちらに謝罪してくる。

でもまぁ、先日の盗賊騒ぎやそもそもここに来る途中荷馬車が破壊されて、屍馬でこなければならなくなる状態。

その上、ほとんどの村人が相部屋ならぬ相家状態になっているのだ。

そんな治安や状態が最低なのをわかりきっているなかで、一戸建てを求めるのは酷であろう。


「しかし、それでも後10日もすれば、木こりたちによる大型伐採が終わるからな。

 そうすればこの村にも木材が届いて、すぐにでも君たちに家が紹介できる」


「依頼は、依頼は!?」


「……いくらかの街道が整備されるついでに、ゴブリンの巣のそのものの埋め立てができれば、ゴブリン偵察依頼も消えるだろう」


「いったね!その言葉信じてるよ!」


かくして、これからさらに数日、ヴァルターはゴブリンの巣偵察任務をしつつ、こちらはゴブリンの死体を巻物へと変換しつつ。

ゆっくりと自分たちの拠点ができるまで、のんびりと待つことにしたのでしたとさ。




なお、数日後。


「すまん、街道の近くにすむゴブリンが活発期に入ったみたいでな。

 いつもよりも積極的に人を襲うせいで、せっかく伐採した木材が運び出せないでいる。

 すまんが、自宅や次の冒険者はもうちょっと待ってくれないか?」


「とりあえず、顔面殴らせて☆」


予定はさらに延びてしまい、ゴブリンの巣偵察依頼の数が増え、ヴァルターの我慢の限界が来た模様。

さもあらん。

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