第11話 上司と部下の魔法
「うわぁまた始まったよ。主任のそれで攻撃。報告や相談に行っても一言目、二言目はそれでだもんな。
先輩の
ただ主任はちょっと説明が足りないだけなのだ。
「高橋さん。確かに主任はめんどくさいですね。私もう我慢できません。ちょっと言ってきます」
「えっ、ちょっと葵ちゃん?言ってくると何を?」
高橋さんの言葉は背中に置いておき、菊池君の報告が終わったタイミングで私は主任に話しかけた。
「
「はい、何でしょうか
「大崎主任の対応に困っている人がいます」
「それで?」
「大崎主任に報告するのを躊躇してしまいます」
「それで?」
「大崎主任には、もっと部下から話を聞き出す方法を身につけるべきです」
「それで?」
「大崎主任が悪く言われるの、私はもう耐えられません」
「ぅん?」
主任はパソコンを打つ手を止め、私の方をしっかりと見ている。そんな主任を私も真っ直ぐに見返す。
主任はそれでとしか言わないと思われているが、そうじゃない。
それでどうしたいのか。何が問題なのか。
そしてそれを自分で考えるように誘導し、裏方として支えてくれている。
私が仕事のミスをした時の報告でも、報告の半分はそれでと返し、その間に私が話せるように言葉を繋いでいてくれた。
私がプライベートな事で悩んでいた時もそっと話を聞いてくれて、やっぱりそれで?とずっと聞いてくれ、最後にそれで?と聞かれた時には、悩みも軽くなり「もう大丈夫です」ってスッキリして答えることが出来た。
だけど、皆はそこまで大崎主任と話さない。報告も相談も大崎主任の言葉だけに嫌気がさし、早々に自分から話を切り上げそして、めんどくさい人と烙印を押す。
「だから私は大崎主任が悪く言われるのには、もう耐えられません」
「えっと、言っている意味が良く分からないのですが?」
「つまり、私の好きになった人が悪く言われる事が耐えられません」
大崎主任は私の言葉に随分驚いたようだった。普段どんな時でも落ち着いている主任が、周りを見ながら慌てている姿を初めて見た。
「平野さん。今は就業中ですよ?」
「それで?」
「今はそのような話をすべきではないですよね?」
「それで?」
「気持ちは嬉しいのですが、先程お伝えしたように今は就業中です」
「それで?」
「つまり平野さんのお申し出は大変嬉しいのですが、いまここで返事をするわけにはいかないと言うことで」
「それで?」
「それで。そのぉ、今晩、お時間はありますか」
「それで宜しい」
「参ったなぁ」
私は頭を掻いている大崎主任に頭を下げると自分のデスクへと戻る。
高橋先輩と菊池君が主任のもとから帰ってきた私に「それで」どうなったんだ?と聞いてきた。
二人に私と主任の話は聞こえていない。
君たちのそれでと大崎主任のそれでは違うんだなぁ。
私は二人に「内緒」とだけ伝えて静かに微笑んだ。
了
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