第8話 親子の魔法



 青色の空が夕を纏い、甘橙色に染まっていく。

 すぐ其処には裏色の夜が準備をしている。

 そんな頃。

 黄昏時。


 私の耳に前を歩く親子の会話が聞こえて来た。

 後ろ姿からはまだ年の頃、四つか五つかと言ったところか、父親と手を繋ぐ親子の影が私のところまで背を伸ばしていた。


「ねぇぱぱ!見て!まだお空が青いのにお月さんが出てるよ。何でだろうね?」

 声を弾ませながら、その小さな子は父親の手をひき、空を指差していた。

 私も彼の指差す方を見てみると成る程、薄く光を受ける黄昏月たそがれづきが見える。


 そうか月とは夜に出るもので、まだ日の沈まぬうちに見える月は不思議なものに見えるのか。


 小さな子はその不思議な現象を、頼りになる一番の身近な大人に教えて貰おうと「何で?何で?」と父の手を何度も引っ張りながら早口で訊ねている。


「そうだねぇ。今日のお月様は夜の準備を早くし過ぎちゃったのかもね。さぁユウキもおうちに早く帰ってママのご飯を食べる準備をしようか?」

「うん!お月さんより早くおうちに帰れるかな?」

「よーし!じゃあ負けないように競争しようか!!」


 そんなやり取りをしながら、親子は夜が迫る空に負けないように足早に去っていった。



 私は親子が去った後も小さな子が差した空を見ていた。

 黄昏時からゆっくりと、そして足早に光を増す月を私は不思議に思えない。でも私にも昼間に見える星を、夕刻に沈む太陽と対なす月を、ドキドキしながら不思議に思っていた頃があった。


 

 今日の小さな子供はお月様に勝つことが出来たのだろうか?

 そして父親は何と声をかけてあげたのだろうか?


 日が沈み、夜が訪れた空を後に私もまたゆっくりと思いを馳せ帰路につくのであった。





 



 了


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る