第3話 時代錯誤

 三日後の月曜日の午前十時。小林は出荷リストに記した商品をコンテナへと入れていく。全てをピッキングし終えて、出荷スペースの三番ゲートで待機している運転手へと渡す。

「これをお願いします」

「分かりました」

 次の出荷リストと新しいコンテナを取って、台車を動かすと――

「お前、いい加減にしろよ!」

 【】の怒声が小林の耳に入った。

「くそ、最悪だ」

 小林は舌打ちをした。なぜなら、運悪く消えてきた場所は一品目が置いてある棚だ。本来なら遠回りをしたいところ。が、ピッキングし終えるまでの所要時間が長くなる。なので、仕方なく商品が置かれた場所へ向かう。



「すみません! すみません!」

「謝れば済むと思っているのか!?」

 たどり着くと、興奮しながら怒っている山田。先週の午後に説教された涙を流している弱々しい体をした若い男性が目に入った。

「一、二日で慣れるのに早く作業が出来ないとは。なめているな」

「僕は、山田さんのアドバイスを忠実に従っているだけです」

「ほう、責任転嫁か」

 と、山田は嘲笑しながら彼に言った。

(このままでは、まずいな)

 小林は、彼を助けるために山田を止めに入る。

 繁忙期では、出来るだけ多くの作業員がいないと回っていくのが難しい。彼が辞めてしまえば、仕事の負担が大きくなる。それだけは回避したいところ。

「どうしたのですか?」

「おぉ。一、二日で覚えられる仕事なのに、今週になっても出来ないんだよ。こりゃ、社会に出る価値無しだ」

 山田のひどい発言に弱々しい体をした男は、さらに大粒の涙を流した。

「山田さん。そんな言い方はだめでしょ」

「だって、そうだろう。仕事を数カ月覚えられない人がいたらどう思う?」

「そりゃ、『いい加減に覚えろ』と」

「だろ? 仕事を覚える気がないから、こういう事態になったんだ。俺みたいに気合を出さないとな」

 山田は小林を論破したかと思っているのか、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「とはいえ、『社会に出る価値無し』は言い過ぎです。それに、仕事を早く覚えるかどうかは、一人一人違うのですから。彼は貴方のアドバイスを忠実に従っているのですから、サポートするのが普通じゃないですか」

「うるさい! 今の時代、パワハラやセクハラが駄目らしいけど、それでは意味がない! 俺が若い頃の考え方でいかないと、日本が上手くいかない! 目を覚ませ」

 時代錯誤な考えを発する彼に小林は呆れた。

「それはこっちのセリフですよ。余計に理解できませんよ」

「なんだと!?」

 山田は閻魔のような目つきで睨んだ。

「いいですか? 今の時代の若者が自殺したり、引きこもったりしているのは、それらが原因です。政府は危機的な状況を変えようと、コンプライアンス研修実施の指示やパワハラやセクハラに関する法律を作るなどを行っているです」

「命を絶つのは、そいつの性根が足りないか自業自得だろうが」

 人としてありえない発言に弱々しい体をした男は開いた口が塞がらなかった。

「……山田さん。聞き捨てならないですね」

「あぁん?」

 小林は喉から血が出そうなくらい叫ぶ。

「じゃ、自分の家族が暴言によって精神を病んで自殺にまで追い込んだ上司があんたと同じことを言ったらどう思う! 仕方がないと済ませるのか! この化石野郎が!」

「こ、このクソガキ! もう一度、言ってみろぉ!」

 激高した山田が右手で小林の胸倉を掴んで、殴り掛かろうとする。が、何者かの左手によって止められた。

 藪から棒の状況に小林と弱々しい体をした男性はその左手の主を見てみる。目に映っていたのは、茶髪に柴田と同じ年代と思われるスーツ姿の男性だった。

「え、誰ですか?」

 キョトンとする二人。だが、山田の表情は絶望したかのように怯えていた。

「ま、松田センター長! どうしてここに?」

「山田君、暴力で教育するのかい?」

 松田はそう言うと、山田の右手を放した。

「せ、センター長。なんでスーツを着ているのですか? 南支店の――」

 山田は子犬のように体を震えながら口を開いた。

「君に言われる筋合いは無いね。余計に虫唾が走る。まぁ、特別に教えよう。今日は本社で業務会議があるから来たのだよ」

「朝礼で言っていましたよね。山田さん、聞いていなかったのですか?」

「も、も、も、もちろん聞いたぞ」

 小林の問いに彼は声を震わせながら答えた。

「その様子じゃ、聞いていなかったようだね」

 松田は山田に鷹のような目つきで睨んだ。その様子を見ていた小林は周辺から人の気配を感じた。見渡すと、従業員やドライバーが大勢集まっていた。どうやら、小林の大声で何事かと思って、駆け寄ったのだろう。

「そういや、名前を聞いていなかったな」

 と、松田は口元を軽く上げ、小林を見る。

「は、はい。小林誠と申します」

「誠か。誠実さを感じさせるね。一体、何があったのか、教えてくれるかい」

 小林は松田に事の次第について話した。



「なるほどね。……なるほどね」

 それを聞いた松田は突然高笑いをした。

「こりゃー、傑作だ! あははは!」

「あのー、松田さん?」

 彼は困惑している小林を無視し、至近距離で山田の顔に近づいた。

「『一、二日で覚えられる仕事』と言ったのか。おかしいな!? 君は一年経って、ようやく覚えたのになぁ!? いつから、偉くなったのかね!?」

 下を向いている山田に怒髪冠を衝きながら大声で叱責する松田。その言葉を聞いた周りの従業員とドライバーは嘲笑し始めた。

「ぐ、ぐぅぅぅぅ!」

 羞恥心が襲ったのか、山田は歯ぎしりをした。

「く、くそ! 辞めてやる! 有能な俺にはどこでも就職が出来るからな!」

 と、子供のように泣け叫ぶ山田。ボールペンとピッキングリストを地面に投げつけ、ダッシュで倉庫の出口へ向かっていった。

 数分後、小林と弱々しい体をした男、そして松田は社長に呼び出された。小林は山田に対する不適切な発言をした為、注意を受けた。



 仕事が終わり、夕方の五時十分。小林は赤く染まる夕日に照らされた会社の正門にいた。

「よぉ、おつかれさん」

 彼は柴田に軽く左肩を叩かれた。

「お疲れ様です。過去一体力を使ったかもしれません」

「そうか。今日はどえらい修羅場やったな。ドキュメンタリー番組のネタに使えるんちゃうか?」

「やめてくださいよ。恥ずかしくて、外に出られないですよ」

「冗談やって。上のいう事を聞くちゅうも大事やけど、それだけやとあかん。間違っているのなら、しっかりと自分の意見を言わないといかん。悪い奴やったら、都合よく使われるからな」

「は、はい。分かりました」

 二人は疲労が溜まった脚に鞭を打ちながら、自宅へと帰った。








 


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