第8話



(パワハラに、休みもないとか...ありえねぇ)


 さて、どうやって穏便に辞めさせようかと、事務所のソファで熟考する。出した結論は。


「結婚だな」


 そうひとりごちていたら、後ろから巳也に小突かれた。


「相手も了承しないと無理だろ。嫌われたくないならな」


「あれ。遥希さんと一緒じゃないんですね」


「ソロの仕事行ってんだよ。そんなことより、止めねぇとは言ったが、今結婚されたらアイドルとしてやばい。まだお前21だろ。早すぎる」


 零斗は向かいに座った巳也に詰め寄る。


「だったらどうすればいいんですか」


「お前がいなきゃ何もできなくなるようにグズグズに堕としちまえ。あくまで、向こうから堕ちるように仕向けろよ」


 空いた口が塞がらない。


「そうやって、遥希さんをモノにしたんですか!?ぐえっ」


 巳也に蹴られたテーブルが、零斗の腹にめりこむ。


 本当の所は教えてもらえなかった。



 零斗はスマホを取り出し、満月とのトーク画面を開いた。







 仕事終わりに他人の家へ寄るのは負担だろうと理由をこじつけ、今日からは零斗がお邪魔することを伝えておいたので、野菜のコンソメスープを作りながら帰宅の連絡を待つ。


 しかし、深夜2時を過ぎても音沙汰がない。


(終電だとしても、流石に帰ってるよな。部屋にあがられるのが嫌とか...。なんかあったとか?)


 急ぎすぎたかと後悔しつつも、心配もあり、インターホンを鳴らしてしまった。

 中から何かが落ちるような音がして、扉が開く。


「すすすすみませんっ。部屋の片付けが終わらなくて、その、あ!?今、何時ですか!?」


 ブラウスにタイトスカートのままの彼女は、慌てて出てきたのか、髪が乱れている。


「もう2時過ぎだけど...。連絡がないから、何かあったのかと思って。こんな時間にごめんね」


「ご心配をおかけしてすみませんっ。零斗くんがうちに来るって思ったら、片付けに集中してしまって」


 相当テンパっているのか、目が渦巻きになっている。元気そうな様子に、零斗は少しほっとする。


「いや、俺が急に言い出したのが悪いんだ。今日のご飯、受け取ってくれる?片付けも、手伝うよ」


「こんな汚部屋を零斗くんの目に入れるわけにはいけませんので!」


 鍋は受け取ってくれたが、満月は部屋の奥を隠そうと、身体で阻止してくる。


 こういう時には、持ち前の演技力の出番である。

 眉尻を下げ、流し目で色気を演出。


「満月ちゃんが食べてる間だけでいいんだ。お願い、手伝わせてくれない?」


(家事もこなして、生活力を奪ってやる)


 そんな下心は綺麗な顔に包み隠して、見惚れている満月の背を押しながら、部屋へ上がった。

 しかし、無理矢理端に寄せられているゴミ袋の山に足を止める。満月が慌ててそれを隠すが、隠しきれていない。


(こんな生活してたらまあ、そうなるよな)



 座り込んで頭を抱えている満月に視線を合わせる。


「こんな汚部屋ですみませんんん!ああ、零斗くんになんてものをっ」


 真っ青になって叫ぶ彼女の頭を撫で、嫣然と笑いかける。


「大変だったな...。お疲れ様」


 安心してくれると思ったが、目から涙をあふれさせた満月に、零斗は顔を引き攣らせた。


(間違えたか!?)


 離れようとしたら、手を取られる。



「ありがとう、ございます。私、ずっと零斗くんに助けられてばっかり...。ほっとしたら、お腹へっちゃいました」


 ベシャベシャな平凡顔が、こんなに胸を打つ日が来るとは、想像もしていなかった。



 零斗はスッと立ち上がり、勝手に食器を拝借し、食事の準備をした。


 満月をひょいと抱え、ベッドとローテーブルの間へ座らせる。


 あまりの早技に、満月はパチパチと瞬きを繰り返した。コンソメスープの良い匂いで、お腹が鳴る。




「寝に帰るしか出来ないんだから、ゴミ出すのも億劫だよな...。俺が出しとくから合鍵とかない?掃除とかもついでにやっとくよ。家電、使って良い?」



 満月は匂いに釣られすでに食べ始めていて、急な申し出にむせた。


「そんなことさせられません!!」



「いいから、...ね?」


 物言わせぬ雰囲気の零斗に、満月はおとなしく鍵を渡した。




 お腹いっぱいになって眠気に襲われたのか、満月が船を漕ぎ始める。


「お風呂は?入れる?」


「んー」


(無理そうだな)



 上2つだけボタンを外してやり、ベッドへ乗せると、寝息が聞こえてきた。


 満月のおでこに触れ、自分の食事を始める。


 寝始めだからか、夢というより、昨日の記憶が強い。



 職場の給湯室だろうか。

 男に腰へ手を回され、困り顔の満月。零斗は男を締め上げてから、夢を喰い荒らす。


 早急に現実へ戻り、満月が寝ているのを良いことに、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。

 ついでにひっくり返して、彼女の腰にぐりぐりと頭を擦り付けておいた。





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