現在、アルカリ性低下中
ひなた、
アルカリ性低下中
性の中性化。
コンクリートは中性化するらしい。コンクリートは中性化と言って、二酸化炭素の影響でコンクリートのアルカリ性が弱まりってしまい中和、中性化するそうだ。劣化の一因でもあるそうだ。アルカリ性が低下するのだそうだ。厳密には鉄筋コンクリートに限るそうだ。
中性化しきったらどうなるんだろう。
中性化の化をはずしたら、どうなるんだろう。
自分みたいに。
自分にBTB溶液をつけたら緑色になるのだろうか。
自分もやがては劣化する種族なのだろうか。
アルカリ性の食べ物にはわかめや昆布があるという。もし全てを打ち明けたら、母は食べろと強要するだろう。いくら泣きつこうが、反抗しようが、それは変わらない、食べさせられる。食べなくては母の夢が壊れてしまう。母の姉が女の子を流産した穴を防げなくなる。
物心がついてませたのか、自然の成り行きか。自分はⅩになった。
自分はⅩを気にしすぎている、と、感じる節がある。自分探しみたいに、物心ついてから、僕とか俺とか、私とかうちとかを手探りに使っていた時期がある。毎日毎日、一人称を変えていたけどけどほとんどの人は、カミングアウトしてくれなかった。そして、今やもう、自分という一人称を使うようになってしまった。変わったのは自分のせいではない、と言い聞かせつつも自傷心が芽生えて自分のせいだと叫んでしまう。
自分という人間は、性人間だと部屋を一歩でも出てしまえば、決めつけられ、塗り固められる。それは、家族の目に。それは、同級生の目に。それは、通りすがりの誰かの目に。その目に当てられると、自分という体の性にあった、気質や役目を押し付けられる。
ピンク色とオレンジ色と水色が好き。とか。
重たい荷物は持てませんし、トイレで秘密話できない子は友達じゃないですし、ニキビ一個でも命に直結しますし、子宮は味方にでも、ほとんどの場合は敵にですし。とか。
多分、今日学校に行ったら整列をするのだろう。全校集会やらなんやらで。
もし可能であるのならば、番号順に並ぶときに、自分は真ん中に並びたい。しかし、そうしたら、三列になる。それに対して笑顔になる奴と、笑わなくなる奴がいる。三以上の数字になる時、そのうちの二に当てはまらないものは差別化される。差別化されても、でも、本当は六列、いや七列、それ以上になるかもしれない。ただ自分が真ん中になるということだけはわかっている。でも、真ん中なんて可能なわけがない。
日本の世間には男と女がいて、それ以外はものとしてみられている。男と女が常識で、それ以外は非常識。理解をしようとはしてくれないし、理解していると言う奴が一番怪しい。本当の意味で理解している奴にとって「理解している」という言葉すら必要ない。
きっと、学校に行ったら二列に並ばせられる。自分に居場所はない。居場所なんてあってないようなものだ。誰しも生まれたんなら、親の元に必ず居場所がある。虐待されても、どれだけ軽蔑しても、信頼していても、姿や形は違えども、親がいないとやっていけない。
けど、親は反対するだろうな。
そう、自分に居場所はない。だってアンケートや書類を書く時の性別欄には男か女かしかない。だって水泳の授業の時、異性である男にも女にもみられる。だって男女で部活が違うとき、大会にエントリーする時。自分は母親の願う「普通の幸せ」を叶えられるはずがないから。だって、だって。
多様性の時代だとかいうけれど何が多様性だ。そんなのは嘘だ、まやかしだ。
多様性という聞き覚えのいい言葉を並べて、多様性という一文字で丸め込もうとする。多様の包容力に魅せられて、堕ちてしまいたい。けど。堕ちたら堕ちたで、男と女は丁重に扱われて、それ以外は粗雑に扱われる。今日も社会は多様性の光に包まれて、のうのうと輝かしい未来を見ている。自分たちを置いて、眩しい光に目を細める。
多様性というのはただあるだけでいいものだ。英語でいうところのジャスト。否定もしないし、排除もしない。ただ、ただ、ただ、ただ、ある、ある、ある、ある。
こんな気分でも、お天道様は糞ほどに笑ってる。今日は熱くなりそう。
朝ごはんのお味噌汁になんて言おう。わかめに感謝を述べようか、皮肉を言い放って残してしまおうか。
どちらも頭の中で膨らんでいは、破裂して消えていく。
私は今日もスカートに足を入れる。明日もスカートに足を入れる。
女の子らしく軽い足取りで今日も階段を降りる。明日も軽い足取りで、トンっトンっっとリズムを刻む。
普通の幸せというものが階段の下りた先にある。ジャストとある。
階段の真ん中らへんにさしかかり、気づいてしまう。いつものお味噌汁の香り。大好きな香りが、今となってはもう、嫌な香りになってしまった。香りの中にあるアルカリ性食品、わかめの香り。わざとらしく鼻をつまみダイニングに行く。誰にも見られていない行為。意味なんてあってないようなもの。
母は鼻をつまむ理由などわからないだろう。わかられたくもない。けど、一緒に相談に乗ってもらいたい、中学の初めの初めての生理の時みたいに。
あの時の自分はもう霞んでしまった。学校が変えた。自分が変えた。友達が変えた。終わることのない責任転嫁が身を軽くする。
ダイニングテーブルに朝ごはんの器を並べる母。その横を通る私。酸の香りがした、気がした、一瞬、一瞬。
テーブルの上にはいつもの光景。
いつもの朝ご飯。
毎朝垂れ流しのテレビでは、傷害事件のニュースが流れている。他人事のように感じがちなニュース。実際他人事。だから、学校での話題の一つには使ってやろうと毎朝、垂れ流しに耳と目を傾ける。
強盗殺人未遂。悪いのは犯人だ。でも、犯人がXなら私は許す。抑圧され続けたんだ、はめを外すくらい許してほしい。
子供の頃の誰の心の中にでもあった正義感は、仲間内だけの多大なる寛容に変わった。今や社会が、自分たちの仲間でグループだ。
テーブルの上に置いてあるリモコンを取って、チャンネルを変える。朝に事件のニュースをずっと見ていても、ご飯は美味しくならないから変える。
椅子に座って、手を合わせる。食べる。
父がスーツを着て玄関に向かう。追いかけるようにして母親が洗い物をささっと片付けて玄関に行く。
「いってらっしゃい、今日は何時に帰ってくるの、今日は―」
母親と父親がぶつくさと何言か交わす。これが普通の幸せの形なんだろう。多分、次に母親は私に話しかけるだろう。これが普通なら。
後頭部で玄関に通じるドアが開く音がする。
「今日は部活あるのかしら、時間によってはほら、夜ご飯の時間変えるから、あらやだ寝癖、直しなさいって、かわいいんだから、もったいない、、食べ終わったら直してあげる。」
「ごちそうさま。」ありがとう海藻。また、なにか、変わらされた気がする。
「全然食べてないじゃないの、育ち盛りって訳ではないかもしれないけど食べないと、ダイエットでもしてるの、それならよしなさいよ、食べなくてもいいけど、その分夜ご飯たくさん食べなさい、お母さん、腕によりをかけて作るから、何その返事はしっかりしなさい、夜更かししてるから、まったく、昨日夜遅くまでスマホしてたでしょ、ま、とりあえず、ね、ぐ、せ。」
寝癖を直して何を直そうとしているのだろうか。もし私が男の子なら許されたのだろうか。だらしないと言われるだけで済むのだろうか。
「支度はしたの、夜更かしするのはいいけど朝はしっかりおきること―」
夜更かしは肌荒れの原因、お肌の天敵、乾燥肌。だから夜更かしはいけないのだと何回も聞かされた。肌なんて男女共通の悩みなのに、なぜか拒否反応が出てきてしまう。嫌悪感にはてなを投げかけても解決までつながらない。
適当な返事で返したあとにスマホ片手に部屋に戻る。女の子らしく軽い足どりで。
ベットに飛び込み、泣く。
泣くのが良いと感じた。
自分から、人から、求められるがままに演じた。かっこつけたいから。主人公になりたい。
Xに居場所はない。ノンバイナリーになりたいと思うけど、なりたくないと思う自分もいる。ノンバイナリーは考え方だ。中性という考え方を指す。自分という存在は考えでも思いでもない、存在、自己、物質の三つだ。炭素から成る生命体。紐の集合体。
やっぱり泣く。
あらかた泣いたら。涙を布団で拭う。枕は使わないと決めている。
今日の気分は死んでる。ちょっとポップだけど死んでいるには死んでいる、死にたいで死んでいる、少し生きてるだけのゾンビになっている。
スマホが振動する。多分いつもの場所に着いたんだろう。多分呼ばれているから、呼ばれてやる。しかし、このままでは納得がいかないから、明日は早めに家を出てこちっが、多分呼びつけてやる。待たせているのは気分がすこぶる悪い。自分が待ち続けていないとモブ感が取り除けないから。
軽い足取りで階段を降りる。誰にも顔を見られないように俯いて言う。
「行って来ます。」意外と声帯がきゅっとなっていたみたい。
洗い物をしていて気づかなかったのか、返事は聞こえない。
マンションはこころ辺付近では比較的に新しいマンションで扉はすっと開く。あっちゃんの家のあっちゃんの弟の部屋の扉とは違う。両親と自分共に使い方が丁寧だからだろう。
一か月くらい前までは健康志向に憧れて三階から歩きで上り下りをしていたけど、今となっては惰性が勝ってしまい、エレベーターを使ってしまう。
エレベーターに乗る人のたまり場に二人以上いたら乗らない決めている。だから、今日はその二人以上がエレベーターに乗るまで、。影を潜めることにする。
軽くも重くもない、なんとなくの足取りで進む。人と人の間を縫うように歩く。人とぶつかる。舌打ちが聴こえる。
待ち合わせまであと2つの信号を越えたらたどり着く。永遠とも一瞬とも言い難い距離。あえて言うなら少しお腹がすく距離。パン片手にならちょうど収まるくらい。
ポケットの中で振動する。
振動は止まらない。
鳴り続ける。
音止む。
歩く。
そして君が見える。
中年のおじさんの肩越しに。けばい化粧をしたアラフォーでもアラサーでもない女のけばい化粧越しに。チャラいネックレスをした金髪越しに。見える。また見えなくなる。今度はスーツを着たダンディ越しに。赤ちゃんを抱えた目にくまのある女の人越しに。頭頂部の薄いガラケーで電話しているおじさんの奥にいる。見える。声をかけるけど。かき消される。
心のなかで言う。今、私の口はあの子の耳もとにある。
「こっち。」
私の人差し指と中指と薬指はあの子の肩の上にあってとんとんって叩いている。何回も優しくと強くを繰り返しながら。
一回、肩を叩くのをやめて深呼吸する。
ここまで歩いてきた私から脱皮する。蛹から生まれる。
中から出てきたのはちょっとズボラででも可愛げのある女の子。名前はひなた。あだ名はひなちゃんとかひーちゃんとか。ちゃん呼びされる名前になる。脱皮は簡単じゃない。SNSのアカウントを切り替えるよりずっと大変で、名字が変わるよりはずっと楽。
さあ行こう。
「ごめんねぇ、待った、昨日の夜更かしがね、あ、待ってなかった、嘘だあ信号待ってるときここに居るの見てたよ、本当は結構前からいたでしょ、ほら当たった、私をなんだと思ってるのよ。」
ほら、辛い。目の奥がちくちく、じゅくじゅくする。
ばっっっっっっっつかみたい。
「なんか、元気ないね、大丈夫。」
「うん、大丈夫、あっちゃんの笑顔見てたら元気出た。」
スカートはいているとスースーする。この浮足立つような軽やかな感じが苦手だ。スウェットみたいな服が一番好き。色関係なくどんな性別が着てても違和感が無い。
「あ、寝癖かな少し髪の毛立ってる、もーいつもこれなんだから、私がいないとぉ、せっかくの可愛いが台無しだよぉ。」
今やジェンダー問題は身近と言うなら身近ではあるよ。でも私は違うんだよ。私の事、お前らは縛り付けたいだけだろ。お前らみたいに自由にさせろよ。お前らみたいに笑わせてくれよ、心の底から。なーにが、〇〇みたいにだよ。呆れた。ふざけんな。くそが。お前はいいかもしれないよ。私は周りから見たら女の子かもしれないよ。それはお前らがフィルターかけてんだろ。ありのままを見ろよ。もっと深くまで見ろよ。もっと奥まで手を突っ込んで弄れよ。胸の奥のぐじゅぐじゅに気付けよ。腹の奥底のぎょろむにゅに気付けよ。おい、くそじじいこっち見んな。お前から見たら華の女子高校生かもしれないよ。でもなこちとら違うんだよ。JKだって、XKとでも言うか。どうだ満足か。おい女、あ、このツルツルなつるもち肌が気になるか、え、ハリボテだよ、それでもいいかえ。
気付くと、少しつま先立ちしながら、カニ歩きして私の髪の毛をいじくるあっちゃん。その真っ直ぐな視線、好きだけど今は嫌いだ。どうしても今だけは目を合わせたくない。髪の毛を触られるのは嫌だ。むず痒いし、気持ち悪い。手はきれいなのだろう、女の子だし、でも私は女ではない、変にその手を意識してしまう。
「はい終わり、やだそんな仰々しくお礼だなんて、恥ずかしい、あー恥ずかしい、あ、やっほーやほやほー、おはよう。」
「あ、おはよう。」
つられて挨拶。あっちゃんの方を向くと後輩か、いずれにしても知らない人。この挨拶は迷惑だったかもしれない。
多分、あいつらみたいなキャピキャピした奴らにとって、私の存在は迷惑だろう。知らない人が自分の知っている人と仲良くしていると妙に排他的になってしまう自分にふざけんな。朝から気分が乗らない。乗れない自分にふざけんな。
早く行こうと自分に言い聞かせて、あっちゃんの手を無理やり引っ張る。自分なら痛いと思うくらい力を入れる。でも、あっちゃんは何も言わずについてきてくれる。これが嫌い、でも今は救われる。
さっきの後輩たちの視線を背中と、あっちゃんの手を握りすぎて白くなった右手に感じる。感じてしまったから、この後右手を洗おうと思った。一分くらい洗おうと思った。
視界に入るのはセーラー服、セーラー服に学ラン。まだこの学校は女子がズボンを履いて良いというルールが無い。別にスカートは好きだし、ファッションとしては着たいくらいだ。足をなでる風がねちっこいが、まあ許す。
さっきからセーラー服に目が行ってしまうのは私が一番嫌い服がセーラー服だから。存在と言葉と全部が嫌い。女の子が着る服のレッテルと服自体を、とりあえず跡形も無くなるくらいに切り刻んでやりたい。あの子が着ているのも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも、あの子のも。この目に映るあの子のセーラー服を全部。消えてしまえ。爆発しろ。四散しろ。壊れろ。心の中の呪詛を排泄する。セーラー服は女子高生の特権だと、おかしなことを言うな、笑わせるな。そのワードが一番刺さるのだストレートに。何気のない言葉という包丁が、斬りつけてくる。ある時は膨らんでいる胸に、くびれてる腰に、丸みを帯びた体に。だがしかし、いくら斬りつけられようとも私は怯まない。そうしないと心の中のヒーローに面目が立たない。いくら刺されようとも怯まない。今の私はあらかたゾンビでキョンシーでドラキュラでちょっと人間。
けれど、どんな映画でも漫画でも小説でも、不死身だけどゾンビもキョンシーもドラキュラも弱点がある。ソンビはいつか兵器で全滅するし、銃で撃たれれば倒れる。キョンシーも御札をおでこに貼られてしまえば動けないし、キョンシーも日の光に当たればおじゃんだ。ちょこっとの人間には弱点がありすぎる。それらが私だ。
あっちゃんの手を引きながら、挨拶をテキトーな返事で返しているうちに教室に着く。私の右手はまだ白い。
ドアをくぐると飲み込まれる。素早く喰われる。咀嚼され嚥下されたと気づく頃にはゆっくりと消化されている。まさにこの瞬間、私は絶対に、必ず、まぎれもなく、純粋な女になった。もう止まらない。いや、もう止められない。
「やっほー、最近の夜ふかしで肌が、十代のこのツルもち肌が、もう駄目かもしれん、ほんとだよほんとに荒れてきたんだからね、いやあっちゃんそんなこと言わないでよ、嘘だから嘘、信じないでって、ね、お願いしますお願いします、わかった、今度のカラオケでどうか、え、金欠だからなぁ、あ、何でもないです、必ずや、はい、お願いします、いやさっきの話嘘だから、あっちゃんの冗談、はいはい、この話は終わりぃ、ね。」自分でも驚くくらいに素直に口が動く。潤滑油でプルンプルンの唇はどぅるどぅる。
何だよ。夜ふかしの原因が男だなんて、そんなわけ無いじゃん。別に私は惚れるんなら女でも男でもいけるよ、雑食だなんて言葉はお断りだけどね。でもね、あっちゃん、お前の言い方は違うだろ。それはさ女が、女が男を好きになるのは当たり前だみたいな感じで話しててさ、おかしいじゃん。不確かなニュアンスも全部が敵になる。そのニュアンスの的になってしまう。
みかちゃんは最近のファッションとお化粧とかの話をしている。ブルベが何だ、イエベが何だと話している。少しだけ目線をずらしていく。話が振られるとまずいから。先生が生徒を自由に指名するときに皆がずらすようにずらす。話を振られたところで気持ち悪さを覚えるし、何より朝から嫌な気分で学校を始めたくない。絶対に。登校での嫌なことは登校に収めた。その次の朝の会という枠のキャパオーバーをさせたくない。
みかちゃんは私の顔を覗き込む。「ブルベ、イエベ、どっちなの、え、わからないのかぁ、なら帰り私達に付き合いなさいって、あっちゃんも来るって言ってたから、近くのモールに寄ってこ、え、先生の見回り、平気平気、私に任せなさいって、先生なんてどうせ男子追っかけるから、私達はまあ優等生なのか、わからないけど、まあ優等生って信じたいけど、なんとかなるから、先生も華の女子高校生には手をだせないから、ケ・セラ・セラってほら、あ、オッケー、放課後ね。」
イエベとかブルベとか知らん。多分、お前の言うブルベとかイエベにはどすのはいった色はないだろ。パステルカラーだろ。パーソナルカラーなんてさ、自分が気に入った色なら何でもパーソナルカラーに決まってんだろ。残念なことに自分だけのパステルはパステルを振り切っている。
先生が来るぞーと誰かが言う。
みんなぞろぞろと席につく。
私の席は窓側の後ろの方。
隣は男子、後ろは女子。
内職もお昼寝もできる。でもこの席は納得がいかない。男子と女子が交互に縦に並んでいる。私は。私は何なの。なんでここに座っているのですか。先生、私はどこに行けばいいのですか。自分で席を作ればいいのですか。駄目なら、ダンボールを持ってきてそこに座ります。青春を全振りダンボールも駄目ですか。なら死にます。最期くらい飛ばさせてください。
脳内で色んな妄想をする。物心ついたときから、ここが私が輝ける舞台。私だけの独壇場。何をしても赦されるし、何をしてもバレるはずがない。ここだけが私のヒーローが最強な場所。
時間は流れる。妄想はチャイムと同時に終わり、朝の会が始まる。先生の話。「今日は六校時の時間帯に全校集会があります。当初は午前中の予定でしたが雨予報のため午後の時間帯の体育館に急遽変更となりました。」
結局は並んでしまうのか。リモートにすればいいのになかなか学校は動いてくれない。でも仕方ない今日の星座占い、確か十位だったから。
こういう責任転嫁が好きだ。私の手に及ばないところに有るなにかに身を委ねるのが好きだ。神様が仕向けた事なのなら言い訳もズルも効かないから好きだ。困った時の神頼み。唐突に全部押し付けられるサンドバック、神は神。
そうだ、あっちゃんに打ち明けよう。今日の放課後。二人きりのときに、じゃないとまたチャンスを逃す。絶対。中学校の頃からこじらせているあっちゃんとの関係。私が一方的にこじらせている関係、伝えるか否かで。元々の関係は女女。可能性は五分五分。半分は母親と同じ人種、もう半分は理解してくれる人。さらにそれぞれの可能性は二つに分岐する。母親と同じ人種は、母親と同じか、もしくは母親とは違うパターンがある。それについては言いたくも考えたくもない。わがままであると思う。しかし私は足掻いてわがままをたれていないと窒息する。
わがままはわがままのままに終わる。
「―たさん、ひなたさん、話を聞きなさい、え、あ、開き直ればいいってものじゃないですよ、ほら、さっきの話、復唱してみてください、できないでしょう、ほら、前向いてって向いているのか、なら耳を傾けて、ほら。」
同じ一年生の癖に生意気だ。教師も一年生だとこんなにも謙虚になるのだと担任になったとき話題になった。あの教頭もあの体育の先生も謙虚だったのかなと男子は盛り上がっていた。時折、ものまねをして見せては笑いをとっていた。その頃はもう過ぎていた。言葉は幼く棘を知らないけれど、態度は幼さを忘れて板についてきた。
結局のところあいつの授業はつまらない。頭ん中に逃げる。
ものまね男子は今、私の三つ前の席に座っている。その隣の隣の隣の女の子、匿名のSさんは彼のことが好きな模様。先生の話は置いといてまた頭の中に戻る。あの女の視線はあの男をロックオン中。弓矢放ちます。キューピッドの矢をひょうと放ちます。刺さったかはわかりません。でもうまくいくといいですね。
別に恋愛は好きなのに。女子と話すトークというやつが嫌いだ。あの傷の舐め合いとも言い難いアレだ。私を女として扱う気持ちの悪い奴。胸糞が糞ほどに糞までに悪くなる。お前の話など聞いていられるか、先公め。お前の言うそれは私にとって苦痛でしかない。お前には関係ないが何が二列だ。何が数学だ。しかし、それは仕方のないことか。認めざる負えないね。でもいいだろう。私の心は寛大なのだ。
一時間目は数学であるか。計算苦手は苦手だ。
二時間目は理科であった。物理か、何故か好きだ。
三時間目は国語で四時間目は記憶にない。恥ずかしながら寝ていた。
五時間目は、もういい。
私にとって重要なのは六校時だ。
六高時開始の十分前のチャイム。と、同時に放たれる大声。「整列しろ、廊下に番号順に、ほら、そこの男子早くしなさい、静かに、ほら静かにどうした、ひなたか、うんうん、そうか、誰かひなたを保健室まで連れて行ってあげてくれ、じゃあ君よろしく、他のみんなはついて来い。」
私のお守りはあっちゃんになった。一人が良かったとは言い出せない。みかちゃんとさなやんが手を振ってくる。でも振り返すことができない。なんせ具合が悪く振る舞わなければならないから。少し罪悪感を抱くけど、今の私のすべてを知ったら致し方のないことだと許してくれそうだ。
放課後のカラオケ無くなっただろう。プリクラも無くなっただろう。三人だけで行くのかな、わがままだけどそれは嫌だ。四人で揃って撮りたいし、自分の欠けた三人が話しているのが気になってしまう。手の届かないところで、創造の頼るしか出来ない歯がゆいことは嫌いだ。
久しぶりの仮病と言っても気分が少し悪いから、どっこいどっこいと言いたい。許してもらいたいよ、神様、先生。
ごめんね、あっちゃん。
ごめんね、みかちゃん。
ごめんね、さなやん。
あっちゃんの肩を借りながら階段を下りていく。懺悔の気持ちは自分より二段上の階段をずり落ちてくる。
こんな時だからあっちゃんは私の欲しい言葉をくれるはずだから。少しだけ聞こえるか聞こえないかくらいの声で言う「ごめんね。」
「ごめんねって平気だよ、放課後の予定もまた今度にしよ、ね、四人で行こ、そのときは必ずね、あ、危ない、もう、私がついていないと駄目なんだから、あと具合悪かったら早く言いなさい、次こんな事になったら許さないからね、返事、はいそれでよろしい。」
どうしてもあっちゃんには頭が上がらない。姉御と言うよりお姉ちゃん肌で、面倒見が良くて、変に察しが良くて、それでいて隣にいると落ち着く。その察しの大半は自分が気持ちよくなりたくて無理やり見せつけているだけで。それさえも許してくれそうなあっちゃん。
少しだけあっちゃんの肩に頭を乗せる。あっちゃんの左腕にぴったり寄り添って離さない。ドキドキと胸が高鳴る。ほんの少しだけ。友達だからと胸の内で唱え続ける。廊下がもっとながければいいのにと、腐ったコピーを頭ん中で呟く。もう保健室についてしまった、が先生はいない。どうしたのだろう。しかし好都合。
誰もいない保健室。六校時という日が傾いて差し込んでくる。目を細めて、表情筋が少し硬くなる。ベストプレイスになる。
保健室特有のふかふかすぎるソファに座らせてくれるあっちゃん。自己犠牲に賛成と脱帽を。腰より高い位置にある膝をさすると、西日がスポットライト。
西日と言っていい時間なのか知らない。でも西日が眩しいといいたい。朝より少し伸びた陰に心奪われる。自分が背伸びしたように感じる。今なら言えるかもって妄想する。やっぱ、吐き気がする。
あっちゃんは保健室の洗面台に駆け込む。私を置いていって。私を置いていく前に私の手優しく下ろしてから駆け込む。この何気ないと言わんこれが憎めない。極めつけに水の入ったコップを持ってくる。私はあっちゃんを妬めない、嫉めない。
わざと声をかけないでくれている。具合が悪そうだから。
嗚呼、今の私、浮遊している。
今なら飛べる。めっちゃハイに。
膝の裏が保健室のソファについている感覚が薄れていく。
私はあっちゃんが好きだ。信仰になっている。
あっちゃんは私を笑かせたいのか机の下からベッドの下まで顔を突っ込んで、探すふりをする。ふりは面白くない。けど、あっちゃんがこちらを向くから笑う以外の選択肢があるはずがない。だって最高に面白いと言い聞かせているから、馬鹿みたいにハイになれる。
この宗教からは抜け出せない。酒よりハイで、ドラッグよりもハイで、窓の向こうで飛んでいる鳥よりぶっ飛べる。枯れた体でも、体がスカスカな鳥よりも羽をのばせる。
ひとしきり笑うとあっちゃんは私の隣に座ろうと歩み寄る。この間に誰一人として言葉を発していない。先生のいない保健室など廃墟に近いから、声を発さないほど雰囲気が出てくる。
あっちゃんがソファに座ろうとしたから、座ったままソファをずらしてあっちゃんはビタンと床にしりもちをつく。
私の足がけたけたとお腹はおさえるようにひくひくしている。あほらしくて笑ってしまう。げたげたと両足を床に打ち鳴らす。あっちゃんも一緒に笑う。何に笑っているかなんて忘れてしまった。今はそれは重要ではない。それは今日の夜か、明日起きた時にでも思い出したい。でも今、頭の中にある記憶にあっちゃんの声が無い。今、笑い声を聞いて思い出す。繰り返す。リピート。信仰を忘れちゃあいけない。
隣にあっちゃんが座ってくる。今回はしっかりとずらさないで置いたからしっかりと座れる。笑いすぎて上手く息ができていないあっちゃん。こんなに、あっちゃんって、笑い上戸、だっけ。気分も雰囲気も最高潮。バイブスてんあげ。ぱらぱら。
今しかない。ハイになっていないと何もできない。次のアクションに移す時、走り出しが大事。クラウチングスタート。
「そういえば、ひっちゃんの恋バナ聞きたいなぁ、えぇいいじゃぁん、ね、二人だけだし、秘密も守るし、お願い。」
あっちゃんの声は鋭い。その声帯が羨ましい。でも、今はお前ののどの出っ張りに鋭いナイフを突きつけてひっかきたい。低くなったであろう声。だみ声みたくがらがらさせて、混ぜもの声にしたい。
小学校のころは楽だった。そもそも自分が自分のことを知らなかったし、みんなも同じようなものだと思った。なのに中学生になって変わった。自分のことを理解して変わったし、周りも変わった。地獄に落ちたようだった。でも別に、恋愛とかいう奴はふわふわしていてホカホカしてた。だから別にと言って周りからはクールな女として見られてた。高校での恋愛は現実が混ざってきた。理想に現実が重なった。十重二十重と重く重くのしかかる。色眼鏡の色が変わった。代わり鬼が増え鬼に変わった。
いないよと言ったよ、優しそうによ。
「ほんとかなぁ、でも本当にいなさそうだし、でもなぁひっちゃんいるはずなのにな、うまくごまかされてるのかしら私、え、うんうん、焦らさないでって、えー、本当なの、うそぉ、え、あ、うん、何さ冗談って、ほんとに騙された、ごめんじゃないでしょうがぁ、まったく。」
つら。
気持ち悪い。
ごめん。でも今ものすごくつらい。ごめん。消えて。一瞬だけ消えて。その笑顔が許せない。その軽い感覚、聞いたそれが許せない。この時間がすべて許せない。消えないなら消して。
もう思い出さられなくていい。だから、この記憶と時間を消して。神様。
この瞬間に私の信仰は消える、一瞬。また復活する。不死鳥のように。
「それよりも私のが聞きたいかぁ、急だね、でも仕方のないことだよね、私から始めたことだし、ま、そりゃばれてるよね、ほんとだよ何年のお付き合いなんだろ私たち、ばれてるのかぁ、でもまだ秘密にしておいてくれないかな、へへ。」
あっちゃんの恋愛なら全力で推せる。生半可な考えかもしれないけど死ねる。しかし、本当のところは恋愛関係なしにあっちゃんの恋バナとやらを広めようとしていた。だから言質が欲しくて、いるという体で話を始めたらまさかのいるという回答。
裏切られた感覚が残る。ざらざらしてて、ぬめっこい。パフェを食べた終わった後のお会計の時の口の中のそれ。クワロマンティックとかいう奴らしい。どうせならとセクシュアリティも欲しい。
わからん。わからん。わからん。
ロマンティックだよな。クワだけど。ロマンティックだ。糞ほどに。
「どした、どした、大丈夫、わー大変だ、そんなこと言ってる場合じゃない、平気じゃない、ハンカチ、ほら、使って、それともこれ使う、どうする、どうするってどっちもか。」
そう言ってハンカチとティッシュを渡してくれる。右目をハンカチで、左目をティッシュで拭く。なんで泣いてるのかわからない。でも、このまま涙色に染まってほしい。離れないでほしい西日、照らされていないと主人公感が消えていく。ただ一人つながれそうだった。理解してくれると信じてた。だから、染まらないでほしい。現実が色濃く重なる。もう、この色はどうにもならないのかな。もう、もしかして、全部が終わったのかな。水上着地。
とりあえず、この時間にかもという助詞のようなかもをつけたい。
これも全部慣れっこだと言いたい。
西日がさっきより、もっと傾く。影がのびる。あっちゃんと私の影は並行ではないのに交じりあわなかった。この期に及んで私は自分になろうとしない。まだ私で居続けようとする。よくある話だ。変身し続けた怪物と勇者は元の姿を忘れる。そして、戻り方を忘れる。あっちゃんの目がある限り、戻り方を思い出せない。
ひとしきり、ハンカチとティッシュをぐしょぐしょにした後に元の主人に返す。
そろそろ早退。意味が分からない時間帯に帰る。部活は休む。けど家に帰ったら運動をする。過度なダイエットに献杯。
「帰るの、一人で平気かな、先生呼んでくるね、この時間で早退になるかわからないけど、歩いて帰るの、じゃあ帰ってていいよ、荷物三人で持ってく、先生には話通しとく、心配しないで、いいよぉー、友達なんだから、じゃあね。」
手を振ってドアの前で別れる。さっきの少し短い廊下がもっと短く小さく感じてしまう、まるで自分が大きくなったように。まぁいいや、今は。
下駄箱の靴を無理やり、引きずるようにして出す。衝動に駆られて下駄箱を蹴る。つま先が痛くてもいい。蹴る。蹴る。指に引っ掛けて持ってた靴が落ちた音に気が付く。左足の靴だ。なんか目が泳いで訳がわからないくらいに色々な所に目が付く。埃が舞う。その一つを目で追いかける。先生の声がする。ちょっといつもより高く聞こえる。先生に捕まったら面倒が臭いから走り出す。青春の青が土色。
玄関にぶつかる。田尾のガラスの部分から鈍い音が聞こえる、後頭部。自分は玄関の掃除担当だから、明日にでも先生からひびの入ったガラスの話をされるかもしれない。名乗り出たら怒られるだろうか。
わき腹が痛い。でも走らないと息ができない、気分はマグロ。目を開けていないと涙がこぼれる。気分はマグロだから瞼がないと妄想して走っている。いやに俯瞰している自分。
名乗り出たら反省文か。仕方ない。あほらしい。ふざけんなよ。理解出来ない。理解しないのか。泣きそう。なんで走ってんだろ。自分だけの正解を見つけたい。自分とあっちゃんだけの正解を見つけたい。自分とあっちゃんと、自分とみんなだけの正解を見つけたい。二人じゃなくて、三人でも足りなくて。この世界を全部包み込むような正解が欲しい。私一人だけが救われる答えが欲しい。その二つを合わせたスーパーデラックスハッピーな正解が欲しい。
ぶつかって、ぶつかって、ぶつかって。でも足が止まらない、足が棒じゃなくて機械棒。犬も歩けば棒に当たる、なんか良い事が起きないかな。悲しいけど、すきっ歯から漏れる吐息みたいに悲しいが漏れ出る。百のうち一の確率でその漏れ出た悲しみが私をショートさせてる。
例えば今の自分は肉球のない猫だ。見た目だけ取り繕って。その猫は飼いならされてなくて野良だ。毛もぼさぼさ、肉球がないから歩き方を知らない。足を出す度に傷つく。そうやって傷をつけないと毛がぼさぼさになっていることが自分のせいとばれる。ばれてしまう。
こんなことならせめて。
わき腹が痛い。足の感覚がなくなる。雲の上を歩いている、綿あめの上のような知らない感覚に脳が振り回される。脊髄で折り返されている感覚。嗚呼、ド底辺に生まれていたらこんな事になんなかったのに。泥水をすするような畜生がよかった。デブで性格が悪くて猫みたいな顔になっていれば良かった。
「ちっ」人ごみを走るから当たり前の事。投げかけられる。
こっち見んなよ。お前らの目が私を決めつける。私を一色に限定する。カラフルに生まれたかった。嗚呼、私はピンク色が好きだ。それ以上に青も緑も赤もオレンジも好きだ。肌色じゃなくて薄だいだい色。やっぱピンクじゃなくて桃色。
ふざけるなよ。こっち見んなよ、何度言ったらわかるんだよ。
お父さんが教えてくれた。ジェンダーのニュースを見ていた。父はジェンダーという存在が嫌いみたい。はっきりと言わないけど臭いでわかる。おじさん臭いとかじゃない、ニュースのチャンネルを切り替えたから。いつもは変えないのに、変えた。
父に質問した。なんで変えたのか、と。父は言った、何にも熟れない、成れない者達だと。そのキャッチボールはそれぞれが壁あてで終わっていた。
父の顔は今までに何回かしか見たことないような穴の開いた顔だった。ぽっかりと。鼻が見えないし、ほほがぼっこりと内側にめり込んでるような顔。
父は言った、これじゃあ生きてるゾンビだと。だって何物にも成れないなら熟れないならねと二人の間に落としていった。落とし物を拾うそぶりを見せずに彼は足を進める。
父は言った、もしゾンビなら主人公みたいなヒーローの銃の前に倒れるねといった。まるで自分がその銃を持っているかのように。ここで注意すべきなのは独り言だという点だ。会話を求めようとはしていなくて一人で朝ごはんと合わせて話をしている。
そこに座っていたのは父ではなかった。彼というのが正しいのかもしれない。
なんでこんなこと思い出したんだろ。わき腹が痛いから。違う。足が棒になりかけているから。違う。理由なんてない。
理由を探そうとするから駄目になる。理由を探している時間がもったいない。今は今しかない。その今も、もう過去になっている。その過去を無下にして未来に足を踏み入れたい。ばかばかしいかもしれないけど、過去しか手にすることしかできないから。もし過去を手にすることができたら過去の自分に言い聞かせてやる。おめぇは女だ。女からは逃げられない。女になれ。女、女、女。
下腹部を手で押さえろ。感じろよ子宮。蓮の花。
まさぐれよ下垂体。垂れ流しのホルモン。南無南無
握りしめろよ、卵巣。外界との通信、膣。
痛い。
血の味がする。
来なくなった生理の再来か。
歩道のど真ん中で。どんな奴に見られているのかな。
この時間にこの場所で何してんのこの女。助けたほうがいいのこの女。率直にきもいんだけどこの女。え、頭大丈夫かしらこの女。この女の親の顔が見てみたい。聞こえない声が鳴り響く。心眼ならぬ心の耳で聞いた声。嘘か否かはまだ誰も知らない。
嗚呼、足が動かない。コンクリと同化している。帰れそうにないかもしれない。
そういえば、唐突な恋愛相談わかったふりして。唐突な恋愛相談でもなんか良い。唐突な恋愛相談、理由を求めないで。唐突な血の味、足は自然と帰路に向く。
冷静になってはっきりと見える。DVDからBlue-Rayに切り替えたぐらいに変わった。あっちゃんに好きな人ができたのは、中学校一年。相手の異性は図書委員だけど運動が好きだった男の子。小学校の頃、あっちゃんが好きだった男の子の事は知らない。今頃全校集会の整列に参加しているあっちゃんの姿を思い浮かべる。その姿は、中学校の成分が三十パーセントで残りが高校の成分。全部、自分の目で見て確かめたあっちゃんの成分。
その成分はあっちゃん自身の成分ではない。己の成分で、できている。あっちゃんは己の成分で造られている。だから、彼女は自分だし、彼女から自分を見たら彼女なのだろう。それぞれがそれぞれの内面の一つを、その人に合わせて照らし出している。なら今、すれ違っていく赤の他人は自分のどこを照らしてくれるのだろう。悲しいかな、照らすものがすべて女か男かということだ。
なぜか知らないけど、目の泳ぐ癖が治らない。多分あの子悲しいんだろうなとか。男子の輪に入れなかった男の子は、必死に全力で話の内容を、耳でというより目で追っていたとか。屈折した光が、私に外を教えてくれる。
前を歩く先導はイヤホンをしている。いつの間にかに気が楽になていた。美容院の人、服屋の店員、仕事かもしれないけど話かけられるのが嫌いだ。自分のこと知らない人にわかったように口出されるのが嫌いだから嫌いだ。しかも自分は望んでその関係を築こうとしていないから嫌いだ。先導の鞄から覗く美容系の雑誌。
耳を打つ子気味良いリズムと鼻歌と漏れるメロディー。こんなこと言っては偉そうだけど、この先導はいい趣味してる。こんなことなら、今日一日のまとめをかくのを遅らせればよかった。糞と決めつけなければよかった。板書もたまにはなかったことにしてもいいだろう、たまに数学の教師がやっているから。
地獄はまだ遠い、天国も遠い、でも暖かい。どこかで見たことのある文句。どうせコピー。コラージュ人間。フロッタージュ。
リズムに合わせて街路樹の影と日の光が繰り返すように、リズミカルに足を出す。右左と足を出す。信号が見えたから、たまには右左右の確認をしよう。気分が過分に良いから。まだ沈んでいない太陽は、月を追いかける。と同時に地球が廻る。廻るから追いかけるのか、追いかけようとする力が廻る様に見せているのか。どちらにせよ神のみぞ知る。神の脇を覗き込んでみたいものだ。処理の仕方で乱雑さとか、繊細さとか測ってやるから。
まだ影と葉を縫う日の光はリズムを刻んでいる。体内から出た息はそこら辺の空気と混ざって溶けていく。やがて風に身を任せてビル群の間を満たしていく。侵食する。きっとこの人のすんでいるビルはもうやられているだろう。
女の人は慇懃無礼にエレベーターにのって手招きする。そそくさと自分も乗り込む。いつのはスースーするスカートもその感じが今は心地よい。急激に熱され冷やされていく。
エレベーターを降りた先はエレベーターを降りた先だった。無意識に息を止めていて、今、新しい空気を肺に入れる。いつもの癖。起承転結の承にさしかかると息が止まる。止まらないとやっていけん
お湯を沸かす音が流れる。二人の間に。言葉が詰まって、喉の奥でイガイガする。引っかかって取れそうにない。喉が渇く。
一度でも外れた枷は外れたままにとめどなく溢れるはずだと聞いていたし、今まで解いてきた国語の問題はそうだった。国語の主人公は吐き出すことでいい方へ良い法へと好転していく。のに。そうならなくてはいけないのに。言葉は膨れて破裂する。破裂した後はもう何も残らない。
ちょこんというオノマトペが正しい。一人暮らしではないのかな。四人掛けのテーブル。三人分の椅子。
失礼します。
こういう癖にいら立つ。毎回すぐに気づくけど、その瞬間の前までは忘れている。またやってしまったというえも言われぬ気持ちが浮遊する。
それにしてもこの人は何なんだろう。自分勝手以上王様以下な態度。自分は焦らされる犬みたい。しっぽだけ振って、舌を出して、はぁはぁ言っている。極まっている。コーヒーを淹れて貰っている身分ゆえに、勝手に乗り込んでいる身分ゆえに背筋を伸ばしてくつろぐとはほど遠い立ち振る舞いをしている。
牛乳かな。モーモー。
さっきのは血迷った。我を忘れていた。心ここのあらず。高ぶる。やっぱり国語の問題とは違う。打ち明けることができない、すんでのところで吃る。喉の支配権を奪われるとどうにもならん。とっても不安定に自由に揺れている。心がシャウトする。しゃくりも少しいれてある。
五月蠅いんだよ、心が、陰にいりゃいいと思いやがってよ、勝手にいればいい、でもさそこに居ようとするくせに気づいてって言うのは違うよね、
「鍵は家族の証、
自己嫌悪。
自分で自分を決めつけてしまった。この癖が抜けない。頭では嫌がっているけど、体が忘れられない、脊髄反射。脊髄で止まるから頭まで来ない、酸素は回っているのにね、酸素を頭に回すくらいの気概はある。
金勘定は苦手だけど、この体に払う金は六文くらいで十分だろう、事足りる。渡し船に乗れないくらいなら、いっそ渡らないってのも一つの手だけど。致し方ない。
綺麗なボブの髪をぐしゃぐしゃにする。何のリンス使ってるんだろう。
怒られるくらいなんでもないし、謝るのは誠意だから、それ以上の以下でもないし、先生に言われたし、社会人から言われたし、大人、女性、やっぱ好かんけど、愛しはできる。
「なにさその顔、言いたげな顔、言いたいときに言いなよ、大人になったらさ、んなもん腹ん中に抱えてさ、痛い痛い言って我慢し続けるだけだから リミッターは自分で外すしかない。脊髄どころか、体の中を攪拌してやる。
けれど、今の私にはどうすることもできない。
現在、アルカリ性低下中 ひなた、 @HirAg1_HInaTa
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