魔法植物研究医フタバと、パン生地髪ガール麦野さんのバレンタイン

夜桜くらは

フタバの幸せバレンタイン

「ちょっと、ユグ! またつまみ食いしたでしょ!」


「むぐぅ~……!」


「あっ、カゲ! そっちは熱いから火傷に気を付けて…… 」


「え? ……あっちぃ!」


「わあぁっ! 早く、水! みず~!」


 私は、キッチンで起こるさまざまな出来事に翻弄ほんろうされていた。

 どうしてこうなってしまったのか……。それは、数日前にさかのぼる。


◇◇◇


 私とユグとカゲは、定期的な診察のため、ラブルの木のところへ来ていた。ラブルの木は、ラズベリーとブルーベリーの両方の特徴をあわせ持つ魔法植物だ。


《ありがと~フタバちゃん♪ おチビちゃんたちも、ありがとね♪》


「いえいえ、どこも異常がなくて良かったです!」


 枝葉を揺らして嬉しそうな声をあげるラブルに、私は笑顔で答える。


「えへへ~……! よかったね、お姉ちゃん!」

「おれは、チビじゃないし……」


 ユグはニコニコしながら、カゲは口を尖らせながらも嬉しそうに言う。

 そんな2人を見て、私もつい頬が緩んでしまう。


《フフッ……。それじゃあ、お礼にラブルの実をあげちゃうわ!》


「えっ、いいんですか!? ありがとうございます!」


《ええ。遠慮せずに食べてちょうだいね! ……はい!》


「わぁ! ありがとうございます!」


 ラブルは葉っぱを器用に動かすと、実のついた枝を差し出してくれた。赤と青、そして紫色の実が、キラキラと輝いている。

 私は、持ってきていた小瓶にいくつか摘み取り、リュックにしまった。

 ユグとカゲの方を見ると、2人とも夢中でラブルの実を頬張っている。


「ん……! 甘くておいしい!」

「ホントだ!」


「ふふ……2人とも、気に入ったみたいだね」


 私はクスリと笑う。すると、ラブルは嬉しそうに枝葉を揺らした。


《でしょ? ……そういえば、そっちの子は初めて会ったけど……ユグちゃんのボーイフレンド?》


「……ぼーいふれんど?」


 尋ねられたユグは、キョトンとした表情で首を傾げる。当の本人のカゲも、同じように不思議そうにしていた。


「ううん! カゲくんは、お友達だよ!」

「うん。精霊友達、かな」


《あら……そうなの? ……まぁ、まだ子どもだもんねぇ》


 2人の反応に、ラブルは残念そうに呟く。ラブルの実は『恋の味』と呼ばれるだけあって、恋バナが好きらしい。


《フタバちゃんはどうなの? 気になる人とか、いないの?》


 ワクワクした様子のラブルに聞かれ、私は苦笑する。


「うーん……。今のところは、特にはいないですね」


《えぇー! そうなのぉ?》


「あはは……すみません」


 私は申し訳なく思いながら謝る。すると、ラブルが慌てて言った。


《あっ! 別に責めてるわけじゃないのよ!? ただ、なんとなく気になっただけで……!》


 あたふたするラブルに、私は思わず吹き出しそうになる。


(……なんだか、姉さんみたいだな)


 私は、こんなやりとりを姉とよくしていたことを思い出した。

 姉─「若葉わかば」姉さんは、恋愛に消極的な私を心配してくれていた。バレンタインの時なんかは、渡す相手もいない私を誘って、一緒にチョコを作ったっけ……。


(姉さん、元気にしてるかな……)


 そんなことを考えていると、ユグが私を見上げて言った。


「お姉ちゃん? どうしたの?」


「……ううん。なんでもないよ。ちょっと思い出してただけだから」


 私は微笑むと、ユグの頭を撫でる。ユグは嬉しそうに目を細めていた。


(……バレンタイン、か。……そうだ!)


 私はふと思い立つ。みんなに、チョコレートを贈ってみてはどうかと……。

 いつもお世話になっているし、日頃の感謝を伝えられる良い機会かもしれない。


「ユグ、カゲ。今度、一緒にお菓子を作ろうか?」


「えっ? なに作るの?」

「お菓子?」


 ユグとカゲは興味津々といった感じで聞いてくる。私はニッコリと微笑むと、ユグとカゲに説明を始めた。


◆◆◆


 渡す相手─ナチュラさんたちには秘密にしようということで、彼女を含めた各国の代表者たちが会議をしている日に、こっそりと準備を進めることにした。


 それから材料を集め、私たちは早速、お菓子作りを始めることにしたのだが……。

 隙あらばユグはつまみ食いしようとするし、カゲは張り切り過ぎて火傷しかけるしで、正直大変だった。

 それでも、2人とも楽しそうに手伝ってくれたのは嬉しかった。


「よし! 完成!」


「やったぁ!」

「できた!」


 完成したのは、乾燥させたラブルの実がまるごと入ったチョコレート。そして、オレンジに似た魔法植物─ランジュの実を使ったオランジェットだ。

 ラッピングも綺麗に出来たので、きっと喜んでくれるだろう。


 私は、まず最初にユグとカゲの前に差し出した。


「はい! これは、ユグとカゲが頑張ってくれた分だよ!」


「わぁ! ありがとう!」

「ありがとう、フタバお姉さん!」


 受け取った2人は、嬉しそうにはしゃいでいる。私も嬉しくなって、自然と笑っていた。


「じゃあ、次はナチュラさんたちに渡しに行こうか!」


「「うん!」」


 私の言葉に、ユグとカゲは同時に返事をする。その様子が可愛くて、私はまた笑ってしまった。


◆◆◆


 サプライズのチョコレートの贈り物は、とても喜ばれた。会議の会場はオリバーさんの家だったので、直接向かい、そこで渡したのだ。


「まあ……! これ、3人で作ったの!?」

「凄いなぁ! とっても美味しそうだ!」


 ナチュラさんとオリバーさんは驚いているようだったが、すぐに満面の笑顔を浮かべて受け取ってくれた。


「ううっ……俺にまでくれるなんて……! 俺は幸せ者だ……!」

「ジェイク、泣きすぎですよ……。フタバさんたち、ありがとうございます……!」


 ジェイクさんとクレアさんにもお礼を言われ、私たちは照れ臭くなりながらも、素直に喜んだ。

 その後、せっかくだからとみんなでお茶会をした。

 ラブルの実のチョコレートと、ランジュの実のオランジェット。どちらも好評で、私はホッと胸を撫で下ろしたのであった。


(来年も作ろうかな……?)


 私は、密かにそう決意する。来年もまた、このメンバーで楽しく過ごせたらいいなと思う。

 そんなことを思いながら、私は幸せな気持ちで紅茶を飲んでいると、ふいに服の裾を引っ張られる感覚がした。

 振り向くと、そこにはユグがいた。隣にはカゲの姿もある。


「……ん? どうしたの?」


「あのね……。フタバお姉ちゃん。フタバお姉ちゃんにも、あるんだよ」


「えっ……?」


 ユグは、ニコニコしながら言う。私は驚いたように目を見開くと、カゲが私に小さな包みを差し出してきた。


「フタバお姉ちゃん、いつもありがとう!」

「おれからも、ありがとう!」


「えっ……? えっ……!?」


 私は混乱しながらも受け取ると、2人の顔を見る。2人とも、優しい笑みで私を見ていた。


「ね、開けてみて?」


 ユグに促され、私はドキドキしながら袋を開ける。中に入っていたものを見て、私はさらに驚いた。

 それは、クルミに似たノワの実がちりばめられたチョコレートだった。

『フタバおねえちゃんありがとう!』の文字が刻まれている。


「うそ……。まさか、2人が……!?」


「えへへ~! わたしとカゲくんでつくったんだ!」

「お姉さん、びっくりした?」


 ユグは得意げに言い、カゲは嬉しそうに笑う。私は言葉が出ず、ただ呆然としていた。


「前にとってきてたのを、入れてみたんだよ! ちょっと食べちゃったから、すこしだけど……」

「こっそりつくってたんだ。おれも、バレないようにしようとして、お湯こぼしちゃったりしたんだけど……」

「うまくできてよかったね!」

「うん!」


 2人の話を聞き、私は涙ぐむ。まさか、私にまで作ってくれるとは思っていなかったからだ。


「お姉ちゃん? どうしたの? 泣いてるの……?」

「どこか痛いの……?」


 心配そうに尋ねるユグとカゲに、私は首を横に振る。そして、2人をギュッと抱きしめた。


「ううん。違うよ。……すごく嬉しいの」


「ほんとに?」

「うれしいの?」


「うん。2人とも、本当にありがとう……!」


 私はそう言って、2人の頭を優しく撫でる。2人も嬉しそうに笑い、私に抱きついてきた。

 その様子を見て、他のみんなも集まってくる。そして、ユグとカゲの作ったチョコレートを褒め称えた。

 ユグとカゲは、みんなの反応に嬉しそうに笑う。私も嬉しくて、ずっと笑顔でいたのだった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る