巡る想いはいつの日か
「…んぁ…」
(…トイレ)
急な尿意で目覚めた流星の視界は反転していた。起きようとした所で姿勢を崩し、ベッドからずり落ちる。
BBQが終わり、疲れが溜まっていた流星達は順に風呂に入り、あとは部屋で各々過ごすことになったのだが、流星達男子組は駄弁っているうちにすぐに全員寝落ちしてしまった。レオンに関しては最初から寝ていたような気もするが。
起き上がって周りを見回せば、食べかけのお菓子がそのまま放置され、全員が不規則な形で眠っている。遊び疲れて全員で寝落ちしているその様は小学生と変わりない。
遊び疲れて寝ること自体流星にとっては久しぶりだった。
(…全員寝落ちしたのか。明日絶対体痛いやつだこれ)
流星は全員を起こさないように一歩一歩物音が立たないように静かに進みながら部屋を出た。
「ふぃ〜…」
長い廊下を辿ってたどり着いた流星はスッキリしてトイレを出た。
改めて見渡してわかることだが、この長い廊下は何回歩いても迷ってしまいそうなほどに入り組んでいる。
今回たどり着けたのは幸運だろう。たどり着けなかった時の事を考えるといたたまれない。
(家が広いってのも考えものだな…)
これから帰ることへの不安も感じながら流星は歩きだしたその時、運命だと言わんばかりに曲がり角から出てきたその人物とばっちり目が合った。
「お、りゅーちん」
「…真帆」
眠い目をこすりながら現れた彼女は流星にヘニャヘニャとした笑みを浮かべた。
誘われてベランダに出てみれば今夜は月のよく見える日だった。界面に反射したその光があたりを薄暗く照らし出す。
太陽の光を受けて煌々と輝くその星は佇む二人の男女を照らした。
「今日は月が綺麗だねりゅーちん」
「…まぁ、綺麗だな」
一瞬別の意味合いの方かと言葉に詰まった流星だったが、寝起きの彼女にそんな脳はない。彼が一番知っている。
二人はBBQの時に使った椅子を引っ張り出して座った。お互い寝間着姿でこうして夜の空を見上げるというのは久しぶりのことだった。
「なんかこうしてると色々思い出すね。…一緒に海に来たときのこと、覚えてる?」
「あ〜…お前の水着が流されたやつな」
「またそんなことばっかり覚えて…むっつりだね〜?」
今のは失言だったかと自分でも反省する流星。そんな彼の肩を突く真帆。このやり取りの感じすらも今は懐かしく感じるものだった。
「あの時は色々苦労したよね〜水着流されちゃうし、ナンパされまくるし…」
「ははは…確かにな。お前によってくる男追い払うので精一杯だったな」
思い返してみればあの時は流星にとって苦労の連続だった。
水着は流され、人目を避けて更衣室まで行くのは苦労したし、ここぞとばかりに真帆によってくる男達を追い払うのは気が遠くなるような作業だった。
「でもあの時は嬉しかったなぁ…りゅーちんがちゃんと私の事大事にしてくれてるって。好きなんだって」
「…そうかよ」
「…照れてる?かわいい〜」
純粋な笑顔を向ける真帆に流星はそっけなく返したつもりだったが、本心はバレバレだったようだ。
長年の付き合いは何事にも代えがたいものだ。彼の思う事は彼女にはすぐに伝わるし、彼女の思う事は彼にすぐに伝わる。隠し事はしようとしても無理だ。
「今じゃ私は”元”だもんねぇ…浮気だよりゅーちん」
「自分で誘っといて何を…それに俺はまだ付き合ってるわけじゃねぇ」
「そうじゃなくても浮気だよ?乙女の気持ちを舐めちゃダメ。…こんな所見られたらそれこそ首が飛んじゃうぞ〜?」
流星の首の輪郭を人差し指でなぞる真帆。からかう彼女の挑発的な視線がそのまま彼に突き刺さる。
「誰のせいだと思ってる…第一、俺は連れてこられただけで_」
そこまで言った所で流星の言葉は遮られた。
いや、”遮られた”というよりかは”塞がれた”のほうが正しいだろう。
両頬に添えられた彼女の手。唇に触れるふにふにとした柔らかな感覚。刹那に行われたその行動は彼女の好意を表す印。
真帆は離れ際に流星の唇に残る感覚と繋がった銀糸をぺろりと舐め取った。
「…これで共犯だね」
「お前っ…はぁ…」
ようやく理解の追いついてきた流星は赤面する。彼にとって”される”のは何度経験しても馴れない。
やりようのない気持ちをため息に乗せて吐く彼を見て真帆はくすくすと笑っている。久しく自分に見せなかった反応を楽しんでいるのだろう。
「ふふっ…何回やっても変わらないね」
「ッ…分かってるならやめろ…」
「ねぇ流星くん。ん」
真帆が流星に向かって少し唇を突き出して顔を寄せる。一回では足りない、ということだろう。
いつも彼の側にいる
流星は自らの中で生じる葛藤と懸念に頭を悩ませたが、両方を振り払い、彼女に顔を寄せる。
僅かなリップ音と共に彼女に落とされる
いつだって自分を支えてくれた彼女への贖罪も込めたその
唇を離した二人の間を銀色の糸が繋ぐ。
「…満足か」
「…うん。ありがと。…優しいね流星くんは」
自分のわがままにいつまでも付き合ってくれる流星は真帆にとって何よりも大切なもの。叶う確率は低くいと分かっていても彼の隣にいたいと言うのが彼女の本音だ。
どうしようもなく愛おしい彼に真帆は身を預ける。
「…私、まだ大好きだからね」
「…あぁ」
「…諦めないから」
「そうか…あの人に勝つのは厳しいぞ」
「私が諦め悪いの知ってるでしょ?どんなに負けても私はやるよ」
「ははっ…らしいな。頑張れよ」
「ふふっ…私に希望を与えたこと、後悔しないでよね」
互いに微笑む二人。いつもより彼の表情が柔らかいのは、目の前にいるのが彼女だからこそだろう。
流星成分を一気に摂取した真帆は満足げに体を離した。あまり匂いがつくと、翌朝のことが怖い。
「そろそろ戻ろっか。…別々に行かないと音で感づかれちゃうから私先に行くね。おやすみ〜」
「おう。おやすみ」
そう言うと、彼女は先に部屋へと戻った。
一人になったベランダでさざなみの音だけが流星を包む。
少し触れた唇にはまだ彼女の熱が残っているような気がして、流星はまたなんともやりようのない気持ちに苛まれた。
翌日、案の定感づかれた流星は首に無数の噛み跡をつけられたのは言うまでもないだろう。
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