怖いものは怖い
海から帰った流星達一行はシャワーと着替えを済ませてリビングにてくつろいでいた。顔に当たる冷房の風が心地よい。
普段、家の中でゴロゴロしている身としては夏の厳しい日差しは辛い。流星は転がっていたクッションの上にへたり込んだ。
「ふぃ〜…すずし〜」
「お、りゅーちんお疲れみたいだな!でもまだ休ませないぜ!」
「ぐえ」
今にも溶けてしまいそうな流星の上に飛び乗ってくる真帆。彼女の無尽蔵な体力は彼への愛ゆえのものだ。
潰されながら嫉妬の眼差しを向けられている流星を横目に凶真が真帆に声をかけた。
「つっても、やることなんて特にないぞ。…カードゲームでも持ってくるんだったな」
「それならご安心を!仄花!」
真帆が呼びかけるよりも少し早く動き出していた仄花が手に取ったのはリモコン。何かのスイッチを押すと、流星達の目の前には大きなスクリーンが現れた。
天井に設置されたプロジェクターを見て理央が口を開く。
「う〜ん?何か映画でも見る気かい?」
「ご名答!今からみんなでホラー映画を見ます!」
ホラー映画、と聞いて数名の肩が跳ねたのは流星の見間違いではなかっただろう。流星の腕には即座に響華の腕が絡められた。
「…響華さん?」
「ホラー映画ね。夏だし、いい案だと思うわ。怖かったら私に抱きついていいのよ」
平然を取り繕っているつもりだろうが、腕が小刻みに震えている。いつもは感情が表に出ない響華でさえも恐怖には打ち勝てないようだった。
そんな最中、人知れず震える者がもう一人。
「…」
「凶真殿?震えているようですが…冷房の効きすぎでしょうか?」
「あぁいや、大丈夫だ。ただの貧乏ゆすりだ。ちょっと癖でな。あはは…はは…」
わかりやすく尻すぼみにしおれていく凶真。怖いもの知らずと言われていた彼の唯一の弱点を的確に突かれてしまった今、彼はその身を震わせて気を誤魔化す以外にできることはない。
今にも意気消沈してしまいそうな二人を真帆が気に止めるはずもなく、意気揚々と映画鑑賞の準備を始める。
「ホラー映画、か。悪くない」
「ブラックもしかしてホラー大丈夫なタイプ?以外〜」
「当たり前だ。あんなのはただのフィクションに過ぎない。…あとブラックではない」
「そそそそうよあんなのはただの作り話に過ぎないわ。…怖がる方がおかしいのよ」
(大丈夫かな〜この人。見るからに震えてるんだけどなぁ〜)
あんなのはただの作り話だと自分に言い聞かせている響華。いつもは白く美しく見える肌が今だけは心なしか血色の悪いように見えた。
「…この俺の辞書に逃げという言葉はない。大丈夫だ。いつだって乗り越えてきただろ…」
そしてまたこの男も自分に言い聞かせていた。どんな窮地だろうと脱してきた彼でさえもこの壁を乗り越えるのは困難を極める。逃げを知らない彼の足は今にもどこかへと向かってしまいそうだった。
「真帆様、セッティングが完了致しました」
「よし、準備オッケー!みんな準備いいか〜?それじゃスタート!」
「大丈夫…大丈夫…」
(大丈夫かなぁ…)
一抹の不安がよぎる中、映画鑑賞は幕を開けた。
『志保?…志保なの?ねぇ、早くこんな所…え…』
『ふふふ…はは…』
『し、志保?』
『ははははははははははははははははははははははははっはははははははははははははははははっっは』
『いやあああああああああああああああああ』
(うーわひでぇ首飛んでるやん。首チョンパですやん。グロ…)
特にホラーシーンに臆することもなく流星はホラー映画を楽しんでいた。
流星達が今見ているのは『樹海』。内容は名の通り樹海に遊び半分で踏み入ったオカルト研究部の大学生達が次第に狂っていくというシンプルなもの。そのシンプルさが逆に反響を呼び、昨年話題になった作品だ。真帆の持参したものらしい。
『やめて…やらっ…近寄らないで…あんたなんか志保じゃない…やめて!』
(うわーお切っちゃうの?後輩切っちゃったの?うーわちゃんと滅多刺しにするじゃん…)
「ひゃっ…」
彼自身、ホラーは得意なわけではないが、苦手なわけでもない。グロシーンはそこそこ苦手だったが。
彼の隣に居座る響華は彼の腕にしがみついてその身を震わせながらも画面からは目を離さない。流星としては無理をしてほしくないのだが、彼女が頑なに見栄を張るためこの状況がかれこれ数十分続いている。
右を見てみればレオンにしがみついて震えている凶真の姿が目に入った。彼がビビることなど今までになかっただけに流星にとっては少し驚きだった。
(…めっちゃビビってるやん。無理ならやめろって…なんでどいつもこいつも見栄張るんだよ。レオン寝てるし)
対照的だったのが凌と仄花だった。流星がふと視線を向けると二人揃って無表情でスクリーンを見つめていた。鑑賞前の言動を聞くに、彼も馴れているのだろう。眉一つ動かさずに見つめている。仄花に至っては何が起こっているのかわかっていない様子だったが。これはこれで怖い。
(びっくりするほど無表情じゃん…逆に怖いわ。お前らがホラーだよもう)
「みてみてりゅーちん。四肢が飛んでる〜」
「…そんな明るい口調で言われても」
流星の膝の上で笑う真帆はけろっとしていた。持参しただけのことはあり、まったくもって怖がっていない。
この状況は本来なら女王が激昂しても良い場面なのだが、今はそれどころではないらしい。
「…お前馴れてるね」
「そりゃね〜ああいうの得意だし?」
「おいちょっと待て得意ってなんだ得意って」
「んふふ〜」
意味深な発言を問い詰める流星を笑って誤魔化す真帆。見慣れた彼女の微笑みがいつになく怖い。
真帆の顔がくるりと流星に向けられる。薄暗いこともあってか、その瞳には光が全く見えない。貼り付けたものをすべて引き剥がしたような、冷酷とまで感じられる顔が彼の心を突き刺す。
「…りゅーちんが私から逃げたらやっちゃうかもね」
「…それ冗談か
「えへへ〜ごめんてぇ〜嘘だって。大好きだよ♡」
すぐさまいつもの様子に戻った真帆が流星に抱きついてくる。犬のように飛びついてくるいつもの彼女だ。
「…でも、変な女に浮気したら足、なくなっちゃうかもね」
「へっ…?」
耳元で囁かれた言葉に流星は戦慄する。恐懼で引きつった顔のまま見た彼女の顔はひどく無機質なものだった。流星の背からゾワゾワと恐怖が這い上がってくる。
しかし、彼女の表情はすぐさまにぱっと明るいものに変わった。
「えへへ〜びびり過ぎだってりゅーちん。私がりゅーちんにそんな事しないのわかってるでしょ?」
「…それでも怖いもんは怖いんだよ」
「真帆、さん…浮気は…ひゃっ…ゆるさ…ひっ…」
「…無理に嫉妬しなくていいですって」
流星は響華をなだめながらも激しく跳ねる心臓を抑えた。
映画を見終わったあと、凶真の顔色は小一時間悪かったらしい。
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