夫だって楽じゃない
「はぁ...」
食堂にて、流星は注文したハンバーグ定食を両手にため息を一つ吐いた。
入学して早一年、流星は相変わらず隣の女王様の対応に手を焼いていた。
響華は学園内では常に流星の近くにいる。いないと思っていても名前を呼ぶと、「どうしたの流星くん。なにか緊急事態かしら?」と言って後ろから出てくる。
少しでも女子と話していようものなら背後から睨みを効かせて追い払ってしまう。そのため流星にはこの学園内では自由が無かった。
流星は一度だけ響華にやめてほしいと言ったことがあったが、その時は響華がショックで2週間ほど休んでしまい学園中を巻き込んだ事件になった。
学園内では彼女を傷つけた犯人探しが始まり、彼女から一番慕われている流星が疑われるはずもなく気まずい二週間を過ごした。
復帰した彼女の一声で丸く収まったがあんな罪悪感で押しつぶされそうな状況は二度と味わいたくない流星は打つ手がなくなりどうしようもなくなっていた。
しかし、そんなどうしようもない流星も唯一安心できる時間がこの昼休みである。
以前の事件以来、響華も反省したのかこの昼休みだけは流星のことを見張るのはやめてくれた。女神の情というやつだろう。
できればもう少し自由を与えてくれてもいいのだがと思いつつ、空いていた座席に座る。
(はぁ…俺に与えられた唯一の安息の地…いくらなんでも自由がなさすぎだろ。俺だってかわいい女の子と話したいんだよ。いくら約束だからって良くないだろアレは…約束の束は束縛じゃねぇんだぞ…)
「女王様のお付きは大変そうだな。流星」
「…剣人」
淡い茶髪に撫でてくるような優しめの声。爽やかイケメンと言う言葉が似合いすぎるほどの笑顔。
彼の名は
また、その整った顔立ちとフレンドリーな性格から男女問わず人気が高く、彼の周りには常に誰かしらがいる。
噂によれば、今年のバレンタインでは10人から告白を受けたのだとか。
「なんだよその顔…お前老けて見えるぞ」
「うっせぇな…こっちは大変なんだよ」
「大変そうな割にはイチャついてたように見えたけど?」
少しニヤニヤしながらからかうように剣人が言う。
彼の仮面の下に隠されているのは腹黒な性格。不憫な流星を見ては、からかって楽しんでいる。
少し馬鹿にされてるような気がして流星はムスッとした態度で返す。
「別にイチャついてねぇし…てか、見てたなら助けろよ」
「いや無理無理。あんな空気に入って行けるやつなんて馬鹿か一翔ぐらいだぞ」
「俺がなんだって?」
流星と剣人の会話に割って入ってきたのは
白凪財閥の御曹司にして流星の幼馴染。
こちらも流星とは幼稚園からの付き合いであり親友と呼べる存在。一翔は頭が優れており、テストでは300人ほどいる一年生を退けて堂々の一位を飾っている。性格に感じても真面目な人間で、眼鏡をかけたthe勉強ボーイといった感じだ。
ただ少しばかり頭が硬いのが玉に瑕である。
「お前の頭が硬いって話をしてたんだよ」
「そんなことを言われるなんて心外だな。二人よりかは頭はいいほうなんだが」
「いや頭が固いってそういうことじゃねぇから」
「じゃあどういう意味なんだ?」
的はずれ返しをする一翔に対して流星がツッコミを入れる。
二人からそういうところだぞと言わんばかりの視線をもらってもけろっとしていられるのは一翔の長所であり短所だろう。
「…まぁその話は後にしよう。立ち話もなんだしお前も座れよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
剣人に促されて一翔は流星の対面の席に座っている剣人の隣に座る。
こうして幼馴染が揃うのも久しぶりだ。同じクラスとは言え、流星は常に響華の相手をしなければならないし、剣人の周りにはその性格と顔の良さから男女問わず常に誰かしらが居る。
一翔は生徒会のことで大抵は忙しそうにしているためこうして駄弁りながら昼食を三人で摂るのも久しい。
なんだか懐かしいなと感じながら流星はハンバーグを口に運んだ。
「流星、今日は響華くんと一緒じゃないんだな」
「そう言えばそうだな」
そう言えば、といった表情で一翔がハンバーグを切り分けていた流星に話しかける。
二人は流星と幼稚園からの付き合いということもあり、響華とは友人関係に当たる。小さい頃はよく遊んだりしていた。
「…昼休みは自由にさせてくれるらしい」
「…なんか大変そうだな」
疲れ切った様子の流星を見て、なにかを悟った剣人は若干引きながら憐れみの声を漏らす。
一翔は自分から聞いたくせに黙々と蕎麦を啜っている
「同情するなら助けてくれ」
「いや無理無理」
「一翔なんとかしてくれ」
「別に構わないが、何をどう助ければいいんだ?君たち二人はまさに比翼連理という言葉が似合うぐらい仲睦まじいように見えるが…」
「…」
(…こいつまじかよ)
黙り込んだ二人の考えはは口にせずとも一致していた。
((いくらなんでもピュアすぎるだろこいつ...))
「…?どうした二人共急に黙って」
「…いや、何でもないよ」
「…もはや馬鹿だろこいつ」
急に黙り込んだかと思ったら呆れた表情を向けられて流石の一翔と言えども困惑する。尚、本人は自分のせいだとは一ミリも思っていない模様。
「…ま、そのことはいいや。俺は屋上にでも行って少し昼寝でもしようかな」
「響華くんのところに行かなくていいのか?」
「…お前今俺がなんで疲れてるかわかってないだろ」
「?」
「無理無理。一翔にわかるわけないだろ。絶対に割れない石頭なんだから」
「そ、そんな言い方はないだろう!」
眼鏡をくいっとあげながら剣人をビシッと指差した一翔は不満の声を漏らしたが、二人から向けられる自業自得だろうという視線を受けて狼狽える。
流石の一翔も空気を読んだのか体裁を整えて再び座った。
「…確かに僕は単純なことの理解に苦しむこともあるがな、何もそんな言い方は無いだろう。第一…」
「はいはい分かったから。…こうなると長げぇんだよな」
「…なぁ、俺もう行っていいか?このままだと昼寝する時間がなくなる」
「あー…どうやらどっちにしろその時間は無いみたいだぞ」
剣人が流星の後ろを指差す。指さした先には周りの生徒の注目を集めながらこちらに向かってくる響華の姿があった。
流星が視線を向けると響華とばっちりと目が合う。このまま知らないふりして全速力で逃げようとしていたが、どうやら不可能のようだ。
「あら、三人ともお揃いね」
「やぁお嬢。相変わらずすごい人気だね」
お嬢というのは剣人が響華のことを呼ぶときに使っている呼び名のこと。
なぜそんな呼び方をしているかというとお嬢様っぽいかららしい。かなり安直な理由である。
「人気ならアナタのほうがあると思うけど?」
「はは、流石にお嬢には負けるよ」
「響華くん、この時間帯に食堂に来るなんて珍しいな。少し遅めの昼食かい?」
「昼食はもう済ませてあるわ。我が愛しの夫に会いに来ただけよ」
純粋なのか馬鹿なのかわからない一翔を横目に響華は曇りなき眼を流星に向け、手で髪をなびかせながら言ってやったと言わんばかりのドヤ顔をかました。
「あーんでもしてあげようかと思って来たのだけれど…もう食べ終わってたみたいね。残念」
「そんなことしたら綾部さんのファンに殺されちゃうよ俺」
「流星くんは死なないわ。私が守るもの」
「ヒューヒューお熱いねお二人さん」
どこかのアニメで聞いたような台詞をかましてイチャイチャしているバカップル二人を剣人が囃し立てる。
そんなお熱いお二人に金髪のいかにもチャラ男という感じの上級生が近づいてくる。
「キミが響華ちゃん?噂通りかわいいね〜よかったらこのまま俺と…」
「話しかけないで頂戴目障りよ」
よくある口実でナンパを仕掛けて来たチャラ男をバッサリと切り捨てる。
近年こんな絵に描いたようなナンパも珍しいだろう。
顔はいつも通り無表情という感じだが、語気に怒りが出ている。思わず相手も引いてる。
「ま、まぁまぁそんなこと言わないでさぁそんな男とじゃなくて…」
「は?」
「ひっ」
ただ一言だけだった。だがその一言は酷く冷たく、芯から凍りつくような、鋭くて悲しいもの。
氷結の女王の怒りの氷柱がチャラ男の心を貫いた。
「あなた今、流星くんのことを「こんな男」って言ったわね?」
「い、いや、だって…」
「言い訳は無用よ。私の夫を侮辱する奴は誰であろうと許さないわ」
「あ…ああの、えっと…すすっ、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ」
怒りを露わにした女王を前に流石のチャラ男もお手上げだったらしく、情けない声をあげて食堂の外へと走り去ってしまった。
「…相変わらず凄い剣幕ねお嬢。先生が気圧されるのもわかる」
「…綾部さん、少しやりすぎでは?」
「しょうがないじゃない。アイツ流星くんのことを馬鹿にしたのよ?妻として断じて許して良い行為ではないわ」
響華は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。
最愛の夫を馬鹿にされたのが気に入らなかったようだ。響華の周囲にブリザードが吹き荒れる。
「しょうがないって…もっと他にあったでしょ…あとみんなの前で夫とか妻とか言うのやめてください」
「えっ…どうして…?」
(…そんな悲しそうな顔しないで。凄い言いにくいから。ファンが俺のこと睨みつけてくるから)
「いや恥ずかしいし…ここ人いっぱい居るし…」
「別に良いじゃない。流星くんは私の物ってアピールできるし。それに今更じゃない?」
響華の表情がたちまちスンと元に戻る。今のは演技だったということを流星は悟った。
「いやそうですけど…」
「それに、気を抜くと流星くんはすぐ女の子に捕まっちゃうから私が守ってあげないと」
「いやそれは意味わかんないですけど…」
「それより流星くん、この後の予定は?」
「この後は屋上で昼寝でもしようかなって思ってた所」
「なら私も行くわ。膝枕してあげる」
「えぇ!?別にそんなことしなくていいですって!そんなことしたら今度こそ俺殺されちゃうし…」
「夫婦の間に遠慮は要らないわ。関係を良好に保つためにもスキンシップをもっとすべきよ」
「…それ綾部さんがしたいだけでは…」
二人は何気ないやりとりをしながら食堂を後にした。凍りついていた食堂の空気が次第に戻ってくる。安堵の息を漏らす生徒もちらほら。
一息着くのと同時に二人の退出を見届けた信者を除く生徒の心の声は全会一致していた。78%とか98%とかではなく、間違いなく100%。
(他所でやれ)
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