隣の俺にだけは甘い氷結の女王綾部さんは愛を誓った(?)幼馴染であり、俺の妻(自称)

餅餠

夫婦(?)な二人

 私立創生学園しりつそうせいがくえん

 どこを見回しても埃一つさえ見当たらない手入れの入った校舎。きっちりと等間隔で飾られれいる掲示物。

 厳粛な雰囲気漂うこの高校は行政、医療、経営学などに精通しており、世界で活躍する人材を何人も排出している全国でも名高い名門高校である。

 その歴史は数十年にも及ぶ長い歴史の上で形成されている。




 授業中の教室にはチョークが黒板を叩く音とペンがノートの上を走る音が絶えず鳴り続ける。

 その教室の一角に気を失うようにして机に伏す男が一人。




「…」




 窓際の席ですぅすぅと寝息を立てている彼の名は諸星もろぼし流星りゅうせい

 生粋のアニメ好きな流星は今日の朝まで撮り溜めしていたアニメを消化していたので睡魔に身をまかせて爆睡をかましている。




「じゃあここの問題を…流星!」




ガタッ




「うえぁ?」




 先生からの突然の指名に体をビクッと跳ねさせながら声にならない声をあげて反応する。

 まだ何が起こったのか分かっていない流星は先生のニヤニヤとしながらもどこか怒りを含んだような表情と周りから自分に集まる嘲笑も含んだような視線を感じてようやく自分がおかれた状況を理解した。




「ここの問題、授業聞いてたなら分かるよねぇ?」




 先生からの冷徹な視線と語気が流星の心を突き刺す。その一言で悲鳴をあげた流星の心臓が脳に緊急事態を知らせる。

 完全に意識が覚醒した流星は急いで枕にしていた教科書に目を通し始める。




(やっべぇ...あれ完全に怒ってる。答えられなかったら何されるか分かったもんじゃねぇぞ…最悪教卓が飛んでくる)




「はいあと10秒〜」




 先生からの地獄へのタイムリミットを止めるべく、流星は目を走らせて必死に答えを探す。 

 しかし、意識が覚醒したとは言え脳はまだ本調子では無い脳で考えてもなかなかそれらしい答えは出てこない。

 ページを間違えたのではないかと黒板を見返すも無駄な努力。

 まるでタイムリミット式のデスゲームに参加しているような絶望感が流星を襲う。




「5〜4〜…」




 そうこうしているうちに半分を切った。何度も何度もページを見返すが、未だに答えらしいものは見つからない。

 絶対に答えるためにいつも話しているアニメ仲間に視線を送る。




(頼む教えてくれ…!)




(頑張れw)




(おいいいいいいいいいいいふざけんなよ。俺たちの友情はどこに言ったんだよ!この裏切り者!)




 頼みの綱だった友人もこの始末。

 流星は残りのカウントダウンを聞いて打ちひしがれる。もはや泣くしか無い。




(くそっ…もはやこれまでか…)




 おそらく飛んでくるであろう教卓を受け止めるべくゲームで学んだ臨戦体勢の構えに入ろうとしたそのときだった。




コンコン




 コンコン、と机の端ををペンで少し叩かれる。

 臨戦体勢は崩さず視線だけを移動させると、そこにはメモの紙切れが一つ。その紙切れには…




「4xー5」




 この窮地を脱するための解が書かれていた。いろんな方へ飛んでいた流星の意識が一斉にこれだ!と歓喜の叫びを上げる。

 残りわずかとなった絶望へのカウントダウンを切り裂いて流星は逆転の一手を叫んだ。




「2〜、1…「4xー5ッ!」




 タイムアップ目前にして答えを告げられた先生は無表情のまま流星を見つめる。

 教室に張り詰めた空気が流れる。

 流星は先生と見つめ合ったまま固まっている。

 無限にも思える時間の中で流星はただ一心に教卓が飛んでこないことを祈っていた。先程まで馬鹿にしていた周りの生徒達も思わず息を飲む。




 先生の両手が教卓に掛けられたその時だった。




キーンコーンカーンコーン…




 しんと静まりかえっていた教室に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。それと同時に先生の手も教卓から離れる。

 先程までは威圧感まで感じるほどに冷徹だったその表情をにこやかな物へと取り直し、話し始める。




「はい、それじゃあ今日はここまで。私は残業が嫌いなのでこれ以上はやめておきます。運が良かったな流星」




「…うっす」




 先程までの空気感との落差に流星も思わず野球部のような返事が飛び出る。




「それじゃ、挨拶お願い」




 日直の呼びかけで起立し、終わりの挨拶をする。

 先生が教室から出ていくのを確認すると生徒たちは一斉に安堵の声を漏らす。

 流星も肩の荷を下ろすように椅子にどかっと座り込む。一つため息を吐くと、助け舟を出してくれた隣の人物に感謝を伝えた。




「ありがとう綾部さん。また教卓が飛んでくるところだったよ…」




「どういたしまして。こっちまで被害が来なくてよかったわ」




 半分くらい呆れた様子で返答した彼女は綾部あやべ響華きょうか

 この創生学園において4本指に入るほどの美女。

 すらっとした華奢なスタイルにずば抜けた運動神経。テストでは常に上位一桁をキープ。そして何よりその美貌。美しさがありながらもキリッとした目に雪のように白い肌。

 まさにクールビューティーという言葉が似合う顔立ちをしている。そのことから男子生徒の間では「氷結の女王」という二つ名で呼ばれている。

 しかし、クールな雰囲気を醸し出しながらも話しかけてみると案外フレンドリーというギャップも持ち合わせているという何においてもハイレベルな人間である。

 パラメーター化したらチートレベルの数値になりそうだ。




「なんか助けてもらってばかりで悪いな」




「そんなことを言っている暇があったら少しは勉強したらどう?」




 少しふざけて言ったつもりが雰囲気通りに冷たくあしらわれる。

 まるで鋭い氷が突き刺されたような冷たさ流星の心を襲う。この誰にでも冷たい態度からあの二つ名がついている。

 「氷結の女王」の名は伊達じゃない。




 だがこの女王様、らしくない意外な一面を持っている。流星以外の前では絶対に見せないその一面。氷結の仮面の下に存在するその本性は…




「まぁ、許してあげるわ。だって…」




「私の愛しの夫だもの」




 少しばかり頭のネジが外れた、愛に狂ったモンスターだった。




 何故彼女がこうなってしまったのか。その理由は二人の幼少期にある。

 響華と流星の馴れ初めは12年ほど前まで遡る。まだ幼かった二人は家が近かったこともあり、よく遊んでいた。

 ある日、いつもどおり公園で二人で遊んでいると、響華が流星にあるお願いをしてきた。




「ねぇ、りゅうせいくん」




「なぁに?」




「わたし、いいことおもいついたの!おおきくなったらふたりでけっこんするの!」




「けっこん?なにそれ?」




「けっこんしたらね!わたしがママでりゅうせいくんがパパになるの!」




「へー」




「はいこれゆびわ!ふたりでおそろいのつけてやくそくしよう!」




「うん!」




 お揃いのおもちゃの指輪をつけた二人は約束を確固たるものにするために指切りをした。

 この時の流星は結婚の意味もよく分かっていなかったので響華の勢いに押されるがままに約束をしてしまった。

 これが後に怪物を生み出すことになるとも知らずに。




 時は流れ中学時代、流星と響華は別々の中学に通うことになった。アニメとかでよくある展開である。

 流星はあまりこのことを気にしていなかったが、響華はこのことに絶望し、酷く嘆いた。ずっと一緒だと思っていた人と離れ離れ。

 いっそのこと離れる前に自分のものにしてやろうかとも考えたがそれを自制する理性はあったようで非情な現実を受け入れられない響華はやがて自分にこう言い聞かせた。

 これは神が自分に与えた試練だ、と。日頃から流星に尽くしていた自分に神がいたずらをしたのだと。だったら上等だ。この三年で流星に見惚れられるような女になってやると。三年後再会したときに絶対に自分のものにしてやると。

 響華はその瞳に恐ろしいほどに一途な想いと執念を宿し、中学の三年間を過ごした。

 流星はというとそんなことには気づかず中学校生活を謳歌していたわけだが。




 そして入学式。親伝てに響華が自分と同じ創生学園に入学したことを聞いていた流星は彼女の姿を探していた。

 彼女との約束を覚えていた流星は響華が超絶美人になって自分に求婚してきたらなんて淡い期待を抱きながら。




 辺りを見回していると人だかりを切り裂いて流星に向かってくる人影が一つ。

 流星はまさかと思い、それを注視する。姿を捉え、驚愕した流星の目の前に現れたのは紛れもない




「ひさしぶりね流星くん」




 幼い頃から変わらない優しい笑みをした仲良しのあの響華だった。

 しかし、あの日のような天真爛漫な彼女ではなかった。




「え…」




 流星は驚愕した。響華の変貌ぶりに。昔からの可愛らしさを持ち合わせながらも凍てつくような雰囲気を纏い、引き込まれるような美しさになっている。まさに歩く姿はユリのよう。

 昔の響華は可愛さの塊のような存在だったが、今の響華は可愛さと美しさを両方兼ね備えた存在だ。

 期待はしていたがまさか本当に美人になっているとは流星も思ってはおらず、唖然とした様子。全く会うことのなかった三年間で響華はとてつもない成長をしていた。




「お前…響華…なのか?」




「えぇ。私よ。ほら」




 響華の左手、それも薬指に付けられていたのはいつの日かの約束の指輪。

 それを見た流星は確信する。本当に響華なのだと。




「本当に久しぶりね…流星くんのことを思って三年間を耐え抜いてきたわ。アナタに会いたくて会いたくて…」




「…響華?」




 流星はここでなにかに気づく。響華の瞳の奥に潜む深いなにかに。

 それは形容し難いものだったが、流星にとっては何か危険なような気がした。




「毎朝流星くんの写真を眺めながら朝ごはんを共にして…」




「響華さん?????」




「寝るときは流星くんの抱き枕を抱いて…」




「ちょ、ちょっとストップスットップ」




「?」




 流星は幼馴染の口から次々と溢れてくる爆弾を止めるべく会話を中断させる。

 響華はなぜ流星が戸惑っているのかがわからない様子だったが、それを見て流星は自分が大きな過ちを犯してしまったことを直感的に理解した。

 響華は中学校生活の三年間いつ何時も流星のことを想い、流星のことを考え、流星に思いを馳せながらどんなことも乗り越えてきた。

 その結果、容姿は完璧中身は流星からの愛に飢えた怪物というモンスターでも女神でもないとんでもないものが降臨してしまったのだ。




「…お前本当に響華なのか?」




「そうだって言ってるじゃない。この指輪が何よりの証拠でしょ?」




 平然とそう答える響華に対して流星は怪訝そうな表情を浮かべる。

 頭に幼き頃の彼女の顔を浮かべ、目の前にいる彼女と照らし合わせて見る。よく見てみるとどことなく目や口元が似ている。疑っては見たもののやはり彼女で間違いないらしい。

 流星はそれでも納得が行かなかった。何しろ、流星が持っている響華に関する記憶は小学校で止まっているのだから。あの時の響華と今の響華では雰囲気から違う。




「…!ふふっ、そういうことね」




 響華は少し笑みを零すと顎に手を添えている流星の手を取り、優しく両手で包んだ。




「…響華?」




「きっと妻との再会で感動してるのね。安心して。もう離さないかr「いや待て待て」…?」




「なんでそんな顔ができるんだよ。まだ俺たち再会したばかりだし付き合ってすら無いからね?なんでそんなに飛び級しちゃうのかな???」




 困惑する流星を前に響華が平然として答える




「だってあのとき約束したじゃない。二人で結婚するって」




「いやしましたけど…だからっていきなり飛びすぎでしょ…」




「戸惑わなくてもいいわ。私はどこにも行かないから」




「なっ///」 




 超絶美人に手を握られながら愛を囁かれ、流星は顔を真っ赤に染め上げる。

 なんだか見てる方が恥ずかしくなってくるようなこの状況に周囲の人達もなんだなんだと集まってくる。




「だから安心して私の夫に…流星くん?」




「ッ〜///もう無理!」




「え、あちょっと!流星くん!」




 響華の美貌から放たれる爆弾発言と周りからの視線に耐えられなくなった流星は響華を置き去りにしてそそくさと会場を出た。

 とりあえず初日から爆発してしまった流星は後日響華と同じクラスでしかもなぜか隣の席になっていることに軽く絶望することになる。




 そんなわけで現在の状況に至る。

 どんな場所であろうとこの二人はイチャイチャ(?)しだすので学園屈指のおしどり夫婦と呼ばれている。本人たちにとってそんなつもりは無いが




「…それやめない?」




「やめないわよ。だって流星くんは私の夫でしょ?別に恥ずかしがらなくていいのよ」




 毅然とした態度で響華がそう言う。どうやらやめる気はないらしい。




「いや、恥ずかしいとかじゃなくてですね…流石にみんなの前でそれはまずいでしょ…今更だけどさ」




「何が気に入らないのよ。…流星くんは私の他に女が必要な訳?」




 先程までのムードが一転、響華の冷え切った視線が流星を貫く。同時に教室の温度が氷点下まで落ちる。

 クラスメイトたちのは「あぁ、またか」と呆れた様子。「よそでやれ」とまで聞こえて来そうだ。




「あぁいや、そういうわけじゃ…」




「言い訳はいらないわ。どうせ流星くんは私のこと過去の女としか思ってないのよ…」




 響華はふいっと顔を背けて完全に拗ねてしまった様子。こうなってしまっては手のつけようが無い。




「過去の女って言い方良くないでしょ…機嫌直してくださいよ」




「ふん、もう知らないわ」




 流星も機嫌を直してもらおうとするが響華は依然として頬を膨らませている。

 これには流石の流星もお手上げ。他の生徒に助けての視線を送るも帰ってくるのは「ドンマイ」のみ。響華が機嫌を直してくれるのを待つしか無い。




「…まぁ、どうしても許してほしいなら…ナデナデしてくれてもいいけど」




「えっ」




 響華が顔を背けながらもボソッと流星だけに聞こえるぐらいの声量で呟く。

 長い髪の隙間から見える耳は真っ赤に染まっており、表情は見なくても分かる。




「…嫌ならいいわ」




「あっえ、いや、やらせていただきます…」




 いつもは出さない声を出しながらも流星は寄りかかってくる響華の頭に手を添え、優しく動かし始める。

 大好きな夫流星に撫でられて響華の表情もとろけきっている。それを見て安心すると共に女子からの熱い視線と男子からの嫉妬の眼差しと一定数の信者から放たれる「尊い…」という視線が流星に突き刺さる。




(…こんなこと言っていいのか分からないけど結構ちょろいんだな)




「…機嫌、直してくれた?」




「もうちょっとやってくれたら許してあげるわ」




 先程の冷酷な雰囲気もどこへ行ったのやら響華の表情もはやふにゃふにゃに溶けている。

 ナデナデし続けている流星はなんだか猫みたいだなとは思いつつも口には出さずにじっと見つめる。その視線に気づいた響華は少し微笑む。




「どうしたの?見惚れちゃったのかしら?」




「…そうかもね」




「あら、否定しないのね。キスしてくれたっていいのよ」




 流星と響華にとってはなんの変哲もない普通の会話だが、信者が聞いたらその場で血反吐を吐いて死滅しそうである。

 現に2人ほど倒れている。教室だったのが幸いだ。廊下だったら大量殺人事件になりかねない。




「綾部さんや、もうこれくらいで許してくれませんかね」




「ダメよ。あともう少しだけして頂戴」




 結局、この後ナデナデは響華が満足するまで続いた。具体的に言うと授業中まで続いた。

 止めようにもあの甘ったるい空気に割って入る勇気のあるものは現れず、先生が止めようとするも響華の鋭い剣幕によりいとも簡単に跳ね返されたのだった。

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