朝ぐらいゆっくりさせてくれたっていいんですよ?

 遠くで鐘の音がする。頭の中を揺らすように。




(…ここは…?)




 流星は見知らぬ場所に立っていた。大きな扉の前。

 辺りを見回してみれば白を基調としたデザインに普通の建物に比べ高い天井。取り付けられた天窓からは陽の光が差し込んでいる。




 流星が思い当たるこんな造りをしている建物といえば一つだけだった。




(教会…か?でもなんでこんなところに…)




 流星は不思議に思って必死に考えてみるが脳が全く動いてくれない。何かモワモワした感じがするだけだ。

 辺りに人はいないかと探してみても人の気配は全くしない。無機質な白が広がっているだけだった。

 異様な雰囲気に流星も少し違和感を覚える。だが、これといった解決策がある訳でもなく流星は何もすることができなかった。

 その場に立ち尽くしていると急に目の前の扉がゆっくりと開いた。




 等間隔に並べられた長椅子の奥には大きなパイプオルガンと光を浴びて煌々と輝いているステンドグラス。大方の予想は合っていたようだ。

 だが、一つだけ予想外の事態が起きた。




 パイプオルガンの手前に純白に身を包んだ誰かが立っている。その後ろ姿はどこかで見たような見ていないような。

 なんだか既視感のある姿。誰なのか正体を確かめようと流星の体は意識より先に動いていた。




(誰だ…?)




 カツカツと足音を鳴らしながら少しずつ近づいていく。相手が振り返る様子は一切ない。

 いよいよ手が届きそうなところまで距離が縮ったところで不思議と足が止まった。




 白いベールに包まれた姿がゆっくりとこちらを向く。その美しい姿を見て流星は驚愕する。




「流星くん」




(えっ…響華…さん…?)




 ステンドグラスに跳ね返された光に照らされて、その純白を輝かせながらこちらを見てほんの少しだけにっこりと微笑む。

 美しい彼女は紛れもない。愛する妻(自称)の響華だった。




 何故ここに、どうして花嫁姿なのか。よく見たらなんで俺までタキシード姿なのか。

 いろいろ聞きたいことがあるが、声を出そうとしても何故か出ない。それどころか口すら動いてくれない。どうすることもなく見つめ合っていると今度は響華が近づいてきた。




「ん…」




(!?)




 響華は流星の前で立ち止まると、目を閉じていわゆるキス顔というやつをしながら徐々に顔を近づけてきた。

 もうここまできたら分かるだろう。そう。流星は今、親しい以上の関係の男女がする唇同士を重ね合わせる愛を示す行為、キスをされようとしていた。




 二人の距離が数センチずつ縮まっていく。色々と心の準備ができていない流星は必死の抵抗を試みるが、案の定体は動いてくれない。

 そうこうしてるうちにもう唇と唇の距離はあと僅か。




(やばい…!)




そして二人の唇が触れ合ったその瞬間…







「ッ!?!?」




 流星は勢いよく飛び起きた。見知った部屋。棚に飾られているアニメのキャラのフィギュア達。ポスターで埋め尽くされている壁。どう見ても先ほどまでいたはずの教会ではない。




「…なんだ、夢か…」




 どうやら先程までのことは全て夢だったようだ。

 妙にリアルなる夢だっただけに流星はかなり焦った。




「はぁ…」




 夢だと分かった途端に安堵すると同時に疲労感に襲われる。なんだか目覚めの悪い朝だと感じながら再びベッドに倒れ込んだ。




「…なんか朝から疲れた」




「それはお気の毒ね」




「本当ですよ…ってえ?」




「?」




 流星は絵に描いたような二度見をする。自分のすぐ隣には容姿端麗な顔つきの先程まで夢で一緒だった響華が添い寝するような形で寝転がっていた。




「…なんでいるんですか」




 色々とツッコミどころはあったが、寝起きということもあってありきたりな質問が飛び出た。響華は無表情を崩さずに答える。




「それは流星くんの妻だからよ」




「いやそれじゃあよく分からないんですけど。この前入ってこないでって言ったばかりじゃないですか」




 そんなさも当然かのように言われてもと困惑する流星を置き去りに響華は淡々とした口調で話し始める。




「呼びかけてもなかなか起きてくれないから焦ったわ。まぁ流星くんの寝顔を堪能できたから別にいいのだけれど」




「人の寝顔を勝手に撮らないでください。あと質問の回答かまだなんですけど」




「別に、愛しの夫を起こしに来ただけよ」

 



 流星は部屋の机の上に置かれている時計に目線を向ける。時刻は午前7:30。学校が始まるのは8:30から。

 家から学校までの距離も10分程なのでまだ急ぐ時間帯ではない。




「…まだ7:30ですけど。余裕じゃないですか女の子じゃあるまいし」




「流星くんの着替えの時間とか朝食を食べるスピードとかを考えたら妥当な時間よ」




「…もしかして俺の行動パターン把握してるんですか?」




「そうだと言ったらどうするの?」




「…恐ろしい」




 まさか自分の行動パターンまで把握されているとは流星も思っておらず、響華に対して少しだけ恐怖感を覚える。

 一体どうやったらそんなものがわかるのだろうか。




(まさか監視カメラとか仕掛けられてないよな…後で探しておこう)




「さ、そろそろ起きましょう。もっと他にしたいことがあったけど…まぁいいわ。下でお母様が待ってるわ」




「…その妙に含みのある言い方やめてください怖いから」




(無表情で言われてるから本音なのか冗談なのか分らねぇんだよな…)




「…あ、流星くん」




「え?何?」




 響華は何か思い出したような声を漏らすとまだベッドで寝転がっているの流星の前に立つ。そして




ちゅっ




「…へっ?」




「お目覚めのキス、忘れてたわ」




 響華は流星の額に軽いキスを一つ落とした。それは不意打ちの一撃。避けられない一発をくらい、曖昧だった流星の意識が一気に覚醒し、ぶわっと顔を赤く染める。

 響華はふふっ、と悪魔的な微笑みを見せたのちに部屋を後にした。




「…はぁ〜っ…そういうとこだよ綾部さん…」




 流星は枕に顔を埋めて大きなため息を一つ。どうしようもなく愛おしい妻への気持ちも込めたいろんな気持ちがなだれて口から出てくる。




(いくらなんでも不意打ちはズルだろ…)




 口では無かったとは言え、夢と先程の額へのキスが重なりさらに恥ずかしくなる流星だった。






「いつもありがとうね〜うちの息子が…」




「いえ、私の好きでやっているので…」





 着替えを終え、階段を降りてリビングへと足を運ぶと響華と流星の母である加奈子かなこが談笑していた。

 加奈子は流星が降りてきたことに気がつくと少し大袈裟に顔を輝かてずいずいと近寄ってきた




「あ、りゅーちゃん!おはよう!朝ごはんできてるから食べちゃって〜」




「…母さん、その呼び方はやめて」




「えぇ〜なんでそんな事言うのりゅーちゃん?もしかしてママの事嫌いになっちゃった?」




 瞳をうるうるさせながら加奈子は流星の腕にしがみついてくる。

 加奈子は家族思いな母である。だが、家族思いがすぎるあまり流星に対しては少し過保護になってしまっている。

 流星もこれには少し困っているが、無下に扱うこともできず、困り果てている。




「別に嫌いになったわけじゃないから…その呼び方をやめてほしいってだけだから」




「いいじゃない。りゅーちゃん。かわいくて素敵じゃない」




「そうよね響華ちゃん!かわいくていいわよね!」




 響華の一言で落ち込んでいた加奈子は今度は瞳をキラキラ輝かせて喜んでいる。

 とりあえず機嫌を取り戻すことができた流星は響華に助かったとアイコンタクトを送る。すると響華からどういたしましてとアイコンタクトが帰ってくる。

 口にはせずとも感じ取ってくれたようだ。妻を名乗っているだけのことはある。




「流星くん、ちょっとこっちに来て」




「え、あ…はい」




ぎゅっ




「…へ?」




 なにかに気がついたような響華に呼ばれて流星は少しぎこちない動きで響華のもとに歩み寄る。

 先程のこともあって少し警戒気味になっていた流星だったがそんなこともお構いなしに響華は流星の胸元を掴んだ。

 何をされるのかと身構えた流星だったが、響華はネクタイに手をかけるときゅっと少し整えた。




「ネクタイ、ずれてたわよ」




「え…あ、ありがとう」




「いいのよ。私も妻として一度やってみたかったから」




「ふふっ、二人共ラブラブね〜」




 朝から甘々な雰囲気の二人を見て、加奈子はにやにやしている。

 加奈子は息子の幼馴染ということもあり、響華とは仲良しで、日々二人の甘々な様子を見てはにやにやしている。

 流星としてはやめてほしい限りなのだが「いいじゃない別に〜夫婦仲睦まじくて素敵よ?」と言って一向にやめる様子は無いので諦めている。




「…すぐ朝ごはん食べるんで待っててくださいね」




 流星は響華に縋り付いている母親を横目に朝食を食べ始めた。

 今日の朝食は焼き鮭に卵焼き。それと玉ねぎの味噌汁がついた和か洋かで言ったら和な食事だ。

 ご飯を茶碗に盛り、両手を合わせて食べ始める。少し甘めの味付けの卵焼きが染みるほど美味しい。




「卵焼き、好きなの?」




 隣の席に座ってきた響華が尋ねる。流星は自分が意図せず表情に出ていたことを知り、少し気恥ずかしくなる。




「いやまぁ、好きです…はい…」




「ふーん…味付けは?甘め?それとも出汁が効いた味?」




「う〜ん…どっちも好きですけど強いて言うなら…甘めですかね」




「なるほどね…」




 響華は流星からきいたことをささっとメモ帳に記していく。

 すらすらと書き記していくその様子を見てシンプルに疑問に思った流星はふと声を漏らす。




「…何メモしてるんですか?」




「流星くんの好みの情報よ。妻として知っておくべきでしょう?」




 変なとこでも真面目なんだな…と思いつつ朝食を食べ進める。

 夫のことになると何よりも熱心になる響華は夫の情報管理には一切の怠りを許さない。それは自分に課した使命であり、神から受けた天命…だと思っているらしい。四十にしてなんとやらというやつだろうか。




「…」




「…」




(…なんだ?さっきから綾部さんが以上に俺に視線を送ってきている…何かおかしいことでもしたか…?)




「…流星くん」




「…えっ?なっ、なんですか?」




「どうして…どうしてなの…」




 相変わらずの無表情で響華は流星にずいっと顔を近づける。そのまっすぐな瞳に貫かれ、流星は思わず椅子ごと倒れそうになる。

 背もたれごと傾いたところでなんとか持ちこたえるが、更に響華に距離を詰められる。

 何を考えているのかわからないその瞳の中には何が潜んでいるのか。そんな恐ろしいことを考えていると響華が口を開く。




「なぜ…なぜなの流星くん?」




「…え?どうしたんですか本当に?」




「どうして…頬にお米を付けないの?」




「…へっ?」




 完全に予想外の一言に流星は豆鉄砲を食らったような表情になる。朝の爽やかな空気感も響華の展開術式により時が止まったかのように凍りつく。

 しかし、流星の凍りついた思考が再起動するまでにはそう時間を要さなかった。




「…どういうことですかそれ…」




「好きな人と…それも愛する妻とご飯…私は流星くんがうっかり頬に付けてしまった米粒を舐めとり、勢いのあまり唇を奪いそのまま…」




「ちょ、ストップストップ」




 響華の口から溢れ出る欲望を流星が両手で塞いでせき止める。

 まさか止められるとは思っていなかったのか響華は目を見開いて少し驚いた表情をする。流星はそっと手を離すと一つ息を吐いた。




「一旦落ち着いてください。何言ってるのかわからないので」




「私は至って冷静よ」




「…じゃあもっと分かりやすく言ってください」




「だって異性と、それも最愛の妻と食事よ?うっかり米粒を頬に付けてそれを取ってもらうのが定石でしょう?」




「なんですかその最近のアニメでも見ない古き良き展開は」




 聞いてみれば呆れるような内容に流星も若干引き気味である。

 一方響華としては大真面目で、思っていた展開にならず気に食わない模様。心なしか頬が膨らんでいる。




「…大体、そんな展開が現実であるとでも思ってるんですか?」




「え?あるんじゃないの?」




(この人の脳内は少女漫画か…)




「なんて、嘘よ。あわよくばやってみたかったってだけ。本気では思ってないわ」




「あぁなんだ良かった。本気で思ってるのかと…」




「別に、あんな絵空事のことを本気でしたいって思うわけ無いでしょう。バカなのかしら?」




 割と夢みがちなところがあると思っていたら冷たい剣で心を刺される。

 表情といい掴みどころのない人だなぁと心臓の辺りをさすりながら流星は心の中で呟いた。




「…とりあえず俺歯磨きしてくるんで待っててください」




「待って」




 響華が歯磨きに向かおうとする流星の袖を掴む。

 なんだか嫌な予感がした流星は振り向かずにその場に留まる。




「…なんですか」




「歯磨き、私がやるわ」




「遠慮しときます」




「ダメよ。私に米粒を取らせようとしなかった罰としてやらせなさい」




 流星は振り返らない。いや、振り返れない。後ろからのとんでもない威圧のオーラがずいずいと押してきている。

 やらせろ。歯磨きをさせろというオーラが。振り返ってしまえば断れない。絶対に。そんな気がしてままならない流星は強行突破を試みることにした。




(…一気に玄関までダッシュすればいける…!)




ガッ




「…え?」




 響華が流星の腰に手を回してがっちりと抱きしめる。 

 いわゆるバックハグの体勢になりながらがっちりとホールドされてしまった。




「逃すと思ったのかしら?」




「…誰も逃げるとは言ってないんですが」




「バレていないとでも?私のことを舐めすぎよ」




「エスパーか何かなんですかね綾b「響華」…響華は」




「妻の勘ってやつよ。流星くんの考えることは大体分かるわ」




(…見えないけど分かる。ちょっとドヤ顔してるやつだこれ)




「別にしてないわよ」




「…左様ですか」




「いいから歯磨き、行くわよ」




「…はい」




 奮闘虚しく結局歯磨きされることになってしまった。

 重い足取りを響華にずいずい押されて洗面所へと運んだ。







「本当にやるんですか…」




「当たり前よ。妻に二言は無いわ」




 流星の質問に歯ブラシを片手に響華が答える。どうやら彼女は本気らしい。余程ご飯の件が悔しかったのだろうか。目が本気である。




「ほら、こっちよ」




「…?」




「立ったままじゃやりにくいでしょ?膝枕してあげるからこっちに来て」




「…マジか」




 響華はリビングのソファに座ると膝をポンポンと叩き、流星に来るように促す。

 本当にいいのかとその場で少し悩んだ末に響華の元へと足を進めた。




「そんなに悩まなくてもいいのよ?夫婦なんだから」




「…流石に考え物でしょうこんなの。歯磨きしてもらうなんて…てか夫婦でもしないですよこんな事」




「数分前の自分を恨むことね。さ、始めましょ」




「え、あちょっと」




 響華に無理矢理膝に寝かされる。抵抗しても無駄だと悟った流星は大人しく寝かされることにした。

 流星の視界には世界でもそう何人といないであろう美貌を持つ響華の顔。彼女の長い髪の毛がすこし頬に触れ、ふわっと甘い香りが鼻孔を刺激してくる。後頭部には柔らかな太ももの感触。そして何より、大きな2つの双丘。サイズはわからないがかなりのサイズがあるのは確かである。

 流星は思春期真っ只中の高校2年生。なんだか淫らな妄想をしてしまいそうなので思考をシャットアウトする。それでも思春期には打ち勝てないもので…




(…誠に不本意だけど心地いいな。ここは桃源郷か?涙が出そう…いや、ダメだ。良くない。良くないぞ俺。相手が自分に好意を寄せてるとは言えそんな妄想をするのは無礼に値する行為だ。我慢しろ俺…)




「してくれてもいいのよ?」




「…何がですか」




「さぁ?何かしらね」




(この人意地が悪い…)




「まぁそれは置いておいて。流星くん、あー」




「あ、あー…」




「もっと大きく開けて」




「あー」




 流星は少し恥じらいながらも口を開ける。響華はその2つの蒼でまじまじと動じる事なく見ているが、流星からしたら恥ずかしい事この上ない。今にも逃げ出してしまいたいぐらいだった。




(思えば他人に口の中を見られるなんて歯医者以外にそうそう無いしな…恥ずかしくて当然だよな)




「じゃあ始めるわね。すこしそのまま我慢してて」




 響華はそっと優しく撫でるように歯ブラシを動かし始める。流星の口内にシャカシャカという音と共に心地よい感触が伝わってくる。

 流星は気恥ずかしくもどこか懐かしい気がして不思議な気分だった。




(…俺は何をしているんだ…こんな美女に歯磨きなんかさせて…いや、別にやらせようと思ってたわけじゃない。綾部さんが押してくるから…)




「…?どうかしたの流星くん」




「ふぁんへほはいへふ(なんでもないです)」




「もう少しだから我慢しててね」




 その後もシャカシャカという音を立てながら歯磨きは続く。流星はできるだけ何も考えないように意識を別のことに向ける。

 横からの加奈子のニヤニヤとした視線も無視して必死に耐える。

 流星を誘惑するすべての事象を振り払い、耐える。




(早く終わってくれ…)




「…流星くん」




(終わったか?)




「…やっぱりイケメンね」




「…ふぉうへふか(そうですか)」




(嬉しくないわけが無いんだが今はそんな事心底どうでもいいよ綾部さん…)




「…」ジー




「ふぁほ(あの)」




「何?」




「ふぉんふぁひみはえふほはうはひいへふ(そんなに見られると恥ずかしいです)」




「別に取って食ったりしようと考えてるわけじゃないから安心していいのよ。キスして口を塞いでやろうかと考えてるだけだから」




「ふぁふぇえ(やめて)」




「冗談よ」




(わかりにくいんだよこの人…)




「はい。終わったわ。口をすすいできて」




「ふぁい」




 ようやく歯磨きが終わり、待ちかねた時が来た流星は勢いよく飛び起きて逃げるように洗面所へ向かう。  

 なんとか耐え抜いた流星は誘惑に負けず、手を出さなかった自分を称えながらもホッと一安心し、胸をなでおろした。

 その姿を見て響華はふふっと少しだけ微笑む。




「…?どうかした?」




「なんでもないわ。ただ、愛する夫の横顔に惚れていただけよ」




「…左様ですか」




(珍しく笑ってる…いつも無表情でクールな感じでどこか俺たちとは一線を画す感じだけど…やっぱり綾部さんも人間なんだな)




「人間に決まってるでしょう?異種族のほうが好みってならなんとかするわ」




「思考を読むのはやめてください。あとなんとかするってどうするんですか」




「色々よ」




「色々って…」




(この人…やっぱりよくわからない人だな…)




「二人共〜?もうすぐ行かないと遅刻しちゃうわよ〜?」




 リビングから響き渡る加奈子の声。それを効くと同時に反射的に時計に目を向ける。

 時刻は8:20分。学校が始まるのは8:30。学校までは10分ほど。つまりこの状況…




「遅刻する…!」




(やばい…誘惑に負けないように思考をシャットアウトしてたせいで時間のことを忘れてた…走ればまだ間に合うはず…!)




「綾部s「響華」…響華!」




「えぇ。準備はOKよ。走ればまだ間に合うわ」




「二人共気を付けてね〜」




 部屋からバッグを引きずり出した流星は響華と共に玄関を飛び出した。いつもは二人でまったり歩く通学路を三割増しぐらいのスピードで走り抜ける。

 スマホを取り出して時刻を見れば8:26。足の速さにはそれなりに自身のある流星だが、それでも間に合うかどうかというところ




「これ間に合うんですかね」




「大丈夫よ。私と流星くんの夫婦の絆があれば問題ないわ」




「なんですかその科学的根拠の無い頼りなさすぎる力は」




「いいから信じなさい。さすれば道は開けるわ」




「…なんか新手の宗教みたいですね」




 考えてるだけ無駄だと感じた流星はその夫婦の絆を信じて走り抜けた。

 朝ぐらいゆっくりしたかったと思うものの響華が居る限りはこの先も朝からドキドキする日々が続きそうだ。

 結局、学校にはギリギリ遅刻した。

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