夜風/桜庭ミオ への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルから簡単な感想を置いています。全ての作品に必ず感想を書くというわけではありませんのでご注意ください。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 またネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。




夜風/桜庭ミオ

https://kakuyomu.jp/works/16817330654308410341


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。桜庭さんの宣言と同じですね。


「僕」と里帆の生きる環境、心情描写の質感、夜に散歩に出かける流れなど、西らしい西が整っていると思います。ただ「僕」の心情が「僕」そのものより「僕」を取り巻く環境に向けられていますので、その点で西はさほど強くないだろうとも思います。シンプルな共感を呼びやすい内容ですからね。

夜の散歩に出かけて何も特別なことが起こらなければ北西、何か特別なことが起これば北北西、何か特別なことが起こって「僕」に劇的な変化が訪れれば真北、そのくらいに考えていました。

結果、里帆が現れるという特別なことが起こって物語が着地したので北北西という判断です。


夜の散歩は、自分の内と外の境界が曖昧になってくれるんですよね。なので内に留めている様々な想いを、夜の景色にぽんと預けることができる。

“優等生”という外評価と自評価の乖離(それに伴なう強迫観念)、妹のことを想いつつも敬いつつもそれを行動に表せない自分、中学校進学を控えての不安、色々な意味において「僕」の心は不安定です。もちろん「僕」は“優等生”なのですから、それを誰かに相談することもできず。両親はああですしね。

だから夜の散歩をしたくなる。「僕」にとって夜の散歩は、ほっとできる居場所のようなものなのでしょう。


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「……小学校にはいないけど、家にはいるし。僕はおくびょうで、強くないから、お父さんとお母さんが怒っていても、里帆を守ることができなくて、あまり役には立たないけど、里帆のことが大好きって気持ちはあるから……。って、なに言ってるんだろ。えっと……」

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どうして「僕」は、このようなことを里帆に言えたのか。おそらく普段は恥ずかしくて言えてないのでしょう。

それは夜の散歩だったからですね。自分の内と外の境界が曖昧になっている状況だから、想いを内に留めようとするブレーキが緩んで、自分の気持ちを素直に伝えることができている。

ただ細かい指摘をするならば、この発言を行うまえにほんの少しの勇気を表現できているとなお良いかなと思います。「って、なに言ってるんだろ。えっと」と「僕」も思っていますし、一握の勇気が示されていると、夜の散歩の性質がより際立つだろうと思います。「里帆の弱々しい声を聞き、僕は立ちどまる。」の後に「……うん。」みたいな間を入れるなど。

またその細かい表現があると、「わたしも大好きだよ。ありがとう」とノータイムに返した里帆の性質もより際立つはずです。本当に里帆は自分の気持ちを真っすぐ伝えられる人なんだなと。


なお「このようなことは恥ずかしくて里帆に伝えたことはない」という趣旨をそれまでに明言しておくと作品としてのわかりやすさは向上しますが、方角は北に寄って作品の方向性は若干変わってしまうだろうと考えます。「里帆に自分の気持ちを伝える」という目的を達成した風情が出ますので。


また素晴らしいと思うのが、「僕」が里帆を見つけたときにネガティブな感情を抱かなかったことです。「危ないだろ」みたいなことは兄としては思いますが。仮にこれが里帆以外の人物だったら「僕」はすごく嫌な気持ちになっていたはずです。

というのも夜の散歩は、自分の内と外の境界が曖昧だから。そのような心理状態で“外部の人間”と遭遇すると「自分の心に土足で入ってこられた」という感覚を抱くんですよね。それですごく嫌な気持ちになると思います。

しかし里帆に対して「僕」はそのような感覚を抱かなかった。ここから「僕」の里帆に対する信頼をすごく表現されていると思います。素晴らしい。「僕」にとって里帆は、心の内に入れても拒絶反応を起こさない存在なのでしょう。

ここ、「里帆にバレてたなんて」みたいな一文を入れてしまいがちなところなんですよね。「僕」はこっそり抜け出ているので。でもこれを入れると里帆に対する「僕」の信頼が弱まって見えてしまいかねない。ですので、そういう心情描写を入れていないのはさすが桜庭さんだと思います。


またこれは「陶酔」においてもそうでしたが、文章の滑らかさが向上していると思います。私が以前読んだ作品達に比べ、細かい引っかかりがなくなっていると思います。努力されているのだろうと思います。

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