苦味/かしこまりこ への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルから簡単な感想を置いています。全ての作品に必ず感想を書くというわけではありませんのでご注意ください。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 またネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。




苦味/かしこまりこ

https://kakuyomu.jp/works/16817330653370438975


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。


本作みたいに不倫や愛憎といったものを題材にした作品で真北を指すときには、「成長」か「勝利」のいずれかがキーになってくるものと考えます。

社会通念上で悪とされている不倫に身を費やしてきたけれど、ドロドロとした愛憎に身を費やしてきたけれど、色々なことがあってその先の“本当の自分”を掴むことができた。という成長。

あの人からの本当の愛を手に入れたい、あの人に復讐したい、そんなバトルを制して見事目的を達成することができた。という勝利。

いずれも主人公が目的を達成する(あるいは失敗する)ことが軸になっており、これらは真北らしい作品だと思います。


ただ本作はそのいずれにも当てはまりそうで当てはまらないように感じたので、北北西としました。

まず「成長」ですが、本作は成長を趣旨とした作品ではないと思います。視野の狭い不倫に浮かれていたリナは打ち切りを機に山崎に捨てられたように感じて憤慨、復讐を誓うも、山崎の妻から“大人”をまざまざと見せつけられてしまう。本作はここで終わっているんですよね。ここからリナが全てを忘れて心機一転、あるいは見返してやると誓って、漫画家として人として大きくなる成長ストーリーが描かれれば真北だと思います。しかし本作はその成長ではなく、山崎の妻が見せつけた“大人”、あるいはそれにあてられる恐怖にフォーカスがあてられていると思います。

リナは今回のことをきっかけに成長するかもしれませんが本作で描きたいのはそこではなく、“大人”には幼いリナの想像のつかない世界や関係性があるんだよ、ということだと思います。ですので真北と判断するのはやや難しい。

次に「勝利」ですが、ここが本作は多層的に描かれていて面白いと思います。

リナは「良い・悪い」によって人間関係に白黒をつけられると思っていたのですね。言い方を変えると、良いから勝つし悪いから負ける。どうしてリナは山崎を恨み、不倫を告発すれば山崎に復讐を果たせると思ったのか。それは山崎が(自分より)悪いからです。連載を打ち切ったら関係もリセットだなんて、山崎は自分(リナ)に「悪い」ことをしている。そもそも不倫をしていたという点では自分(リナ)も山崎も悪いけど、ベテラン編集者と新人漫画家、十五歳という年齢差から、自分(リナ)も「悪い」けど山崎は「すごく悪い」。だから山崎は恨まれるに値するし、勝負を挑めば自分が勝って山崎が負ける。良い側が勝つし、悪い側が負ける。リナはそう思っていたのでしょう。

しかし山崎の妻がリナに見せつけた生き様は、「良い・悪い」で測れるものではありませんでした。白と黒で分けられる世界ではありませんでした。覚悟・見えている景色など、理屈だけで括れない生き様の凄みにあてられたリナはただただ負けを認めざるを得ませんでした。自分は悪くないから勝てるはずなのに、山崎は悪いから負けるはずなのに、山崎の妻はその方程式に従うしかないはずなのに、何故だかわからないけど勝てっこない。来てはいけないところに来てしまった。自分の負けでいいから、早く逃げないと殺される。理屈で括れそうにない生き様に冗談でも殺意を向けられた途端に、リナの頭は勝敗より生存に支配されてしまいました。

ここからが大事です。

では、山崎の妻は(あるいは山崎は)勝ったのか。「良い・悪い」で括れない生き様を見せつけた山崎の妻は、リナに勝ったのか。

それは語弊があるんじゃないかと多くの方が思うはずです。別に勝っているわけではないのです。むしろ負けている。何に負けたのかはわからないが、山崎の妻は、山崎は、何かにずっと負け続けている。今回大きく負けたのはリナだけど、彼らも小さく負け続けている。あるいはリナが彼らに勝てなかった理由は、彼らが既に負け続けているからかもしれませんね。

愛と欲が絡んで人がそれぞれ懸命に生きるとき、あるいは安心を求めるとき、「勝利」する人なんておらず、誰しも「敗北」しているのではないか。こういうのを本作からは(ややライトめではありますが)感じとることができます。

そしてこれは人という生き物の物悲しさ、人生というものの物悲しさが滲むものですから、西向きに相応しい情緒があるとフィンディルは考えます。


本作は不倫で捨てられた復讐を誓うリナの話ですので、相応の北らしさはあると思います。話の骨格はわかりやすく、目的の設定もあり、北向きが基調とは思います。

しかし最終的に本作で描かれているのは「成長」でも「勝利」でもなく、「人」や「生き様」であると思いますので、その分だけ西に寄るのかなと思います。


北北西として考えた場合、リナの一人称視点でありながら俯瞰で描けすぎているように感じました。

フィンディルとしては本作は、五年後のリナが当時のリナになりきって書いているような印象を受けました。それくらい、自身の精神状態を俯瞰できてしまっている。(短編とはいえ)心情の変化を滞りなく行えすぎてしまっている。

心がショックを受けているからこそ頭は冷静に回る(ように思いこむ)というのはままあるのですが、山崎の妻の発言を正確に理解できたり生き様を言語化できたり、「敗北感」「怒り」「嫉妬」をきちんとあてることができたり、これらをリナが行うには五年くらいの月日が必要なんじゃないかなと感じました。これらができたときこそ、リナが成長したときなのではないかと。

「“大人”を知る者(かしこまりこさん)が“大人”を知らない者を表現する」というシンプルな見せ方になっているように思うので、「“大人”を知る者(かしこまりこさん)の作という前提で『“大人”を知らない者が“大人”を知らない者を表現する』」という見せ方になると、より真に迫った臨場感溢れる読書体験が提供できるのではと期待します。

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