第13話 独白2
草間の病室を出た後、初見と香坂は飛び出していった阿久津の後を追った。上の階から順番に探していくと、香坂が小さく声を上げた。
「あ! はーさん、あれ」
香坂が窓の外を指す。外は病院の中庭で、小奇麗な植木が立ち並んでいた。その一つの木の下。外灯にうっすらと照らされて、うずくまっている人影があった。視認し辛いが、背格好からして阿久津に間違いなさそうだ。
二人は階段を降りて阿久津の元に駆け寄った。
「あーちゃん」
香坂が阿久津を呼ぶが、まるで反応を見せない。両手で頭を抱え込み、何かぶつぶつと呟いている。ショックのあまり、周りの音が一切耳に入っていないようだった。
慰めようと近付く香坂を、初見は肩を掴んで制した。
「少し落ち着くのを待ちましょう」
「はーさん、ちょっと薄情過ぎませんか?」
憮然と初見を睨みつけて、香坂が抗議する。
香坂が阿久津を心配する気持ちは、眼差しの強さだけで十分伝わった。
「ちょっとあんたと話したいのよ。阿久津抜きで」
「……分かりました。あーちゃん、私達向こうにいるからね。落ち着いたら来てね」
先ほど声をかけて聞こえていないのは分かっているはずなのに、香坂はまた阿久津に優しく声をかけた。やはり反応はなく、ほんの少しだけ香坂は寂しそうな顔を見せる。
二人は阿久津から少し離れたベンチに座る。周囲は外灯と病院の窓から漏れる光で意外と明るい。
数十秒だけ沈黙が流れたが、すぐに初見が口を開いた。
「香坂、幻滅した?」
「それははーさん達の事ですか? それともくーちゃん?」
「両方、だけど。じゃあまずは私から」
「うーん。まさか人を殺してもなんとも思わない、マッドサイエンティストな頃があったなんて思いもしませんでした。まあ、今でもはーさんは、時々人を殺しそうなくらい怖いですけどねー」
遠慮を知らない、まち針のような尖った言葉が、初見の心に突き刺さった。ショックを隠せず眉をひそめるが、甘んじて香坂の言葉を受け止める。
しかし、次の香坂の言葉に初見は耳を疑った。
「でも、昔のはーさんと今のはーさんは違うと思います。私には、はーさんの話がとても苦しそうで、そう、懺悔みたいに聞こえたんですよ。違いますか?」
まるで予想していなかった香坂の話に、初見は大きく目を見開いた。自分の心境を見抜かれるなんて、一欠片だって思っていなかったからだ。
「……はは、まいったね。なんであんたって変なとこで鋭いのよ。ほんと、油断出来ないわ」
「それが長所ですからー。事務所を作った理由だって隠れ蓑とか言ってましたけど、それも嘘っぱちでしょう? そんな事するぐらいならあーちゃんみたいに、人目の触れないどこかで一人で暮らしてればいいんです」
初見は思わず天を仰いだ。こうまで見抜かれてしまうと、むしろいっそ清々しい。何だか、笑みまでこぼれてくるようだった。
「ご名答。少しでもね、自分の罪を清算したかったの。この力はおいそれと使えない。表立って行使すれば、すぐに関係者に気付かれる。で、考えたのがこの何でも屋だったわけ。……自分のした事が許されるなんて思ってない。でもやらないよりは、どんな小さな事でもやって償いたかった。どれだけ時間がかかろうとね」
「それこそ私の好きなはーさんです。その思いが変わらない限り、私ははーさんに付いていきますよ。けど……」
一転、香坂の顔に陰りが生まれて話を止めた。初見は、香坂が何をはばかって止めてしまったのか理解していた。
「草間ね」
「はい……。私、くーちゃんの事が良く分からなくなってしまいました。確かに以前から正義漢が強くて融通の利かないところはありましたけど、でもあの反応は異常です。なんであんな事を……」
今にも香坂は泣き出しそうだった。そばから二人を見てきた初見には、香坂の気持ちがよく分かる。阿久津が来る前は、いつも二人一緒だった。気兼ねなく冗談を言い合ったり、時には本音をぶつける様は、まるで兄弟のように仲睦まじかったものだ。しかし、香坂の知らない草間の一面を目の当たりにして、草間への信頼が揺らいでしまっているのだろう。
草間が豹変した原因。それを初見は知っている。
「草間はね、サードブレイクの僅かな生き残りなの」
「え?」
今、地球上には三つの次元穴が存在している。最初に現れたのはサハラ砂漠上空、二つ目は南アフリカの名もないジャングル上空。そして三つ目の次元穴が開いた場所はイギリスのロンドンだ。どこも次元穴が現れて僅か一時間足らずで、最低半径一〇〇㎞周辺が見るも無残に破壊された。それらの事件は、起きた順にファーストブレイクからサードブレイクと名付けられている。
「親族総出で旅行に行ってたらしいわ。けど、サードブレイクで家族や親族は草間以外死んでしまった。以来、草間は次元獣と理不尽、特に理不尽な死を激しく憎むようになった」
「あ!」
「そう。その時、私はイギリスにいた。つまりサードブレイクがイギリスで起こったのは私のせい。私達がやった事は、理不尽な死そのもの。草間はそれが許せなかったのよ」
「そこまで知ってて、なんでくーちゃんに聞かせたんですか!」
「もう隠してはいられないと思ったから。草間なら、きっと遅かれ早かれ事実を突き止められる。それよりは、私の口から言いたかったの。ごめんなさい。最低のエゴイストよね、私」
初見は何かを追い出すように大きくため息をつき、俯いて額に掌を当てた。
自己嫌悪の念が、初見の心の中を激しく突き立てる。昔の、私利私欲の為なら周りがどうなろうと構わない、傍若無人の性格から変われたと思ったのに、また今回も同じ事をしてしまった。いつまでも変われない自分が心底嫌いになる。
「いつか、元通りになるんでしょうか」
香坂の願いにも聞こえる問い掛けに、初見は何も答える事が出来なかった。きっとこの先、何もなかったように接し合える事はないだろう。草間のトラウマはそれだけ根深く強い。
「あーちゃん!」
突然香坂が阿久津の名を呼んで走りだした。見れば、ようやく阿久津は落ち着きを取り戻し、真っ赤に泣き腫らした目で、心細そうにこっちを見ていた。香坂は初見と話している最中も、ずっと阿久津の様子をうかがっていたのだろう。
初見もベンチから立ち、夜空を見上げる。空には星一つ見えなくて、まるで今の自分達のようだった。
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