第74話 夜這い?

 ボグダン二世殿下にの葬儀を執り行ったのち、モルダヴィア公国はオレが摂政として実質上併合という形になった。

 これはもちろんシュテファンも承知のことである。

 将来的にシュテファンをモルダヴィア公国大公にすることはあっても、それは俺の臣下としてになるであろう。

 そのころまでには新領土を統括する王位を名乗らなくてはなるまい。

 いずれにしろシュテファンには、トゥルゴビシュテの士官学校と大学に入学して学識を深めてもらうことになる。


 モルダヴィアの行政庁がワラキアに統合されたことに対して心配された貴族の反発はなかった。

 今回の反乱に加担した貴族は一人として許されず磔にされたし、その所領は没収され一族は追放された。

 抵抗を試みる一部の貴族もいたが、火力と機動力で圧倒するワラキア常備軍のまえにはあまりにも儚い抵抗でしかなかった。

 近代軍としてのワラキア軍の恐るべき実力をまざまざと見せつけられた以上、表立った抵抗は難しかったのだ。

 もっとも俺の統治が彼らの利害に反するものとなったとき、いつ牙を剥かれるものかわかったものではないのだが。




 1450年8月カラマン君侯国が滅亡した。

 しかもカラマンを蹂躙したオスマン帝国軍はなんとその余勢を駆ってトレビゾント帝国へと侵攻した。

 これにはさすがの俺も泡を食ったのは言うでもない。

 史実では、トレビゾント帝国のヨハネス四世の存命中は攻撃を控えたはずだったからだ。


 すぐに支援物資を送ると共にジェノバやグルジア・白羊朝へ支援を要請したが、雲霞のごとく押し寄せるオスマンの大軍を前に、飛び地が多く存在するトレビゾントの国土を防衛することは不可能だった。

 首都トレビゾントに拠ったヨハネス四世は、かろうじてオスマンの猛攻を耐えきったが、残されたのは疲弊した国土と激減した兵力である。

 これ以上の抗戦は無駄である、とオスマンに対し毎年の朝貢金を支払うことで属国の支配を受け入れざるをえなかったのであった。

 それも全てハンガリー王国を滅ぼし、教皇庁にまで打撃を与えた俺の自業自得であった。

 史実で存在したフニャディ・ヤーノシュとオスマンとの戦が存在せず、オスマン帝国はなんら損害を受けていないのだから。。

 今や東欧最大の勢力は形式上は属国であるワラキア公国であり、いまだオスマンに対し反抗を続けている国といえば小国アルバニアがあるのみだった。

 俺が本気でオスマンに臣従してしまったら、ウィーンはおろかローマやヴェネツィアですら屈伏は免れないだろう。

 あるいはオスマンによる欧州制覇すら可能であるかもしれない。

 そうなったところで、結局ワラキアは使い捨てられるだろうから、絶対にやらないが。

 この結果、オスマン包囲網の一角であったトレビゾントの戦力的価値は激減した。

 新たな協力国として、俺はフィレンツェ共和国に接触を試みることにした。

 ローマ教皇に近すぎるきらいはあるが、フィレンツェの支配者コジモ・デ・メディチはそれほど単純な人物ではない。

 俺がメディチ家に期待するのはその資金力だ。

 このところの戦乱続きで製鉄に使う木炭と石炭量が激増していた。

 特に木炭消費量の増大は問題だ。建築需要も増大しているため、森林資源にはそれほどの余裕がない。

 極端なことをいえば製鉄はコストパフォーマンスが悪すぎる。ほんのひとにぎりの鉄を鍛えるのに俵一俵分の木炭が必要となるのだ。

 現在石炭鉱山の採掘量を伸ばし、コークスの精製を急いでいるが、いかんせん労働力と資金が足りなすぎた。

 困ったことにいまやワラキアとその統治諸国は一大食糧生産国でもある。

 相変わらず好調な瓶詰めやザワークラウトのような保存食品・ワインやブランデーの高級酒類に加え、先頃から生産を開始した乾性パスタが大ヒットしていた。

 経済が好調なのはいいが、根本的なところで人手が足らない。

 それでもなお人手を集めようとすれば、経費が嵩むのが自然の理屈であった。

 セルビア・ボスニアの避難民を労働力として吸収することで、ようやくワラキアが誇る新産業は回っていたのである。

 ノーフォーク農法が農業人口に余剰を生むまでにはまだ時間が必要だ。

 てっとり早いのは移民と資本投資であり、メディチの銀行がワラキアに出店するだけでも、その波及効果は計り知れないものがあるのである。

 加えてイタリアの進んだ加工職人や、今喉から手が出るほど欲しい高名な人文主義者への影響力でメディチ家に勝るところはないかもしれないのだ。

 幸いローマ帝国のプレトンが旧知なので、紹介状を添えさせてもらっている。


 オスマン帝国の隆盛が俺の胸に暗い影を落としている。

 もう手段を選んではいられないのだ。

 史実どうりなら、来年の中ごろにはムラト二世は死ぬ。

 セルビア・ボスニア・カラマン君侯国を滅ぼしトレビゾントを服属させたオスマンの動員兵力は二十万を大きく上回る勢いである。

 対する我が国は常備軍がようやく八千名に達しただけで、残りは忠誠心の甚だ疑問の残る貴族軍に頼らざるを得ないのが現状だった。

 貴族を最大に動員すればおそらく三万に近い兵力を揃えることもできようが、それは獅子身中の虫を抱え込むのと同義でもある。

 貴族たちの中でも忠誠心の期待できる一部の人間を選抜して、独立旅団を創設しては見たがまだまだその戦力は微弱なものであった。

 このまま正面から戦うようなことがあれば勝利することは至難の技であろう。

 些細なところではあるが、左右とも同じものを使用していた靴を左右の足型に合わせたり、前装銃の早合を作って発砲速度を向上させたりと軍の熟成は進んでいる。

 同数の兵を相手にするのであれば、ワラキアは世界最強といっても過言ではないと自信をもって言えるほどだ。

 しかし、兵数、火力密度、士気そのすべてで欧州世界を大きく上回るオスマン帝国を相手にするにはまだまだ戦力が不足していた。

 海軍をとっては世界最強を自負するヴェネツィア海軍も陸軍戦力は微弱にすぎ、ジェノバの傭兵軍も精強とはいえ数に劣る。

 アルバニアのスカンデルベグは心強い英雄だが、その戦力といえば祖国防衛に手いっぱい。

 ポーランドは極力オスマンとの矢面には立ちたがらぬ有様。

 今回のトレビゾント帝国の屈伏でわかったことだが、最盛期の白羊朝と黒羊朝を別とすればトレビゾント・グルジア・アルメニアの正教会諸国に軍事侵攻能力は期待できない。

 むしろ自国を防衛することすら危ういほどだ。こと戦闘力に関しては東欧でしのぎを削ってきた実戦経験の蓄積がものを言うらしかった。

 つまり友邦は、少なくとも陸上に関する限りどの国もあてにならない。

 それが俺の目の前に突きつけられた哀しい現実なのであった。


 だが幸いにしてコジモ・デ・メディチとの交渉は至極順調に進み、ワラキアへの銀行出店は快く受け容れられた。

 人文学者レオン・バティスタ・アルベルティの一時訪問についても口を利いてくれるらしい。

 コジモが好意的である理由はワラキアの市場の魅力が一番ではあろうが、痛風の治療法を教えたことも大きいらしかった。

 贅沢病としてしられる痛風は、メディチ家でも罹患する者が多く、使者の報告ではそれを聞いたときのコジモの喜びようは尋常なものではなかったらしい。

 なんといってもコジモの息子で次代当主となるピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチが痛風を病んでいたし、裕福な家こそかかりやすい痛風の情報価値は極大であったのだ。

 さらに資金と技術者と上部ハンガリーからの労働者の移入があって、ようやくトランシルヴァニアに建築されたコークス高炉が実働し始めようとしていた。

 これで青銅製の大砲を鉄製にすればより軽量化と長砲身化が図れる。

 兵数の少ないワラキア軍の組織上、火力はどれだけあっても足りるものではなかったのである。



 そしてベルドとヘレナに補佐されつつも、山のような案件に忙殺されていた俺は、ようやく仕事から解放されてベッドに身を休めようとしたのだが――――

 なぜかそこに色っぽいナイトドレスのアンジェリーナが押しかけてきたのだった。

「なにも聞かずに私を抱いてくれ、ヴラド殿!」

 って男女のお付き合いは手を繋ぐところからではああああ???

 いったいどこで俺はこの娘の好感度を稼いでしまったというのだろうか。

「ヴラド殿の器の大きさ、見識の広さ、不器用な優しさ………全て私が思い描いていた理想の漢の姿にほかならぬ。初めは疑いもしたし、恐れもした。しかし今はただ愛しい。父上以上の男がいることを生まれて初めて知った。この思いをもう私は止められない………どうかこのまま私を奪ってくれ愛しい人よ」

 いやいやどちらかというと俺が奪われそうなのですが!

 どうも最近俺の政務にくっついてくると思ったら浦でそんなことを考えてたのか!

「はしたない女だと思うだろうが……私はもうすぐ父上のもとに帰らなくてはならぬ。現状ではアルバニアの姫を輿入れさせることなど不可能なのはわかっている。だから思い出が欲しいのだ。決して消えぬ爪あとを、私の身体に刻んでくれヴラド殿」

 ハラリと薄絹が肩口を滑り落ちていくと、そこには目を瞠らんばかりの美乳が光り輝いていた。

 いかん、あまりの美しさに思わず手を合わせそうになった!

 ヘレナの貧乳はおろか、フリデリカの巨乳をすら凌駕しそうな見事な美乳であった。

 ずっしりとした重量感を保ちながら、重力に逆らってわずかに上を向いた乳頭がいっそ神々しいばかりである。

 そうか、俺は美乳派であったのか!

 となぜか自分の隠された性癖を暴かれた気分である。

「ヴラド殿…………」

「アンジェリーナ…………」

 何か重要なことを忘れているような気がするが、この空気に逆らうことができない。

 二人の唇が無意識に近づいていき――

「汝もあっさり流されてるんじゃないわ~~~~!!!」

「うわらばっ!」

 そうだよ。

 毎晩ヘレナと同衾している以上、夜這いという行為は不可能なのだよ明智君。

「愛の語らいを邪魔するとは無粋ではないか、ヘレナ姫」

「むしろ邪魔したのはお主じゃ、たわけめ。これから妾が我が君とめくるめく愛欲の夜を過ごそうとしていたものを………」

「その割には処女のようだが」

「ぬぐっ、おのれ気にしていることを……だいたいお主こそ何が思い出じゃ! もし我が君に処女を捧げることができたなら、うまいことジョルジ殿に責任がどうこう言わせて押しかける気満々であったくせに!」

「うぐっ」

 なぜかあからさまに顔色を変えるアンジェリーナ。

 どうやら図星であったらしい。まさかそんなことを考えていたとは、アンジェリーナ恐ろしい娘!

「お二人とももう少し慎ましくなさりませんとフリデリカ様に負けますよ………」

「あっ!」

「ぬっ!」

 思わぬ伏兵の登場に二人の顔がみるみる朱に染まっていく。

 ほとんど裸身を晒しているアンジェリーナは、慌てて胸を隠すと脱兎のごとくかけだした、

「いやああああああああああああああ!!!!」

「従兄様も簡単に流されすぎです。それも男の甲斐性なのかもしれませんが………」

「面目ない」

 まさかいまだにひとりで寝れないお前(シュテファン)に諭されるとは思ってもみなかったよ。

 ここのところシュテファンもいっしょに同衾してるの、素で忘れてました。

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