百鬼夜行は止まらない。

空途

プロローグ

プロローグ


誰か。


誰かがいる。


白いワンピースに、麦わら帽子を被っていて、顔が見えない。


年は十歳前半ぐらいの少女。


名前は…知らない。それか、覚えていない。



けど、どこか懐かしく感じる。



足元には腰ぐらい高さの草が生い茂っていて、暗い空にはそこだけ絵の具を落としたような、真っ白の月が浮かんでいた。


再び少女に視線を向けると、何かを言っているようで、口を動かしていた。


遠いという距離ではないが、耳が悪いので聞こえない。



何を言ってるの。



そう聞こうとするが、声が出ない。


そこで自分の口が動かないことに気が付いた。


(あれ?何でだ?)


手を口に持っていこうとするが、手も動かないようだった。


(動くのは…顔だけか)


何故か、焦りはしない。


どこが動くのか確かめていると、少女はこちらが聞こえてないと気付いたのか、声を張り上げた。


ごめん、耳悪くて。生まれつきなんだよ。


そう言おうとしても口も体も動かないので、棒立ちのままでいる。もどかしい。



「絶対に!行っちゃダメ!」



(? 何処に?)


相変わらず口は動かない。



「あ…もう来てる…とにかく!」



(だから何処に行っちゃ駄目?何が来てんだよ!)


声に出せないので、代わりに脳内で激しいつっこみをする。



「あそこには、"かたす"には、行っちゃダメ!」



おおっ。意思が通じた(?)のか?


それにかたす…かたす?何だそれ。

…確か、黄泉の国の名前…だった気がする。


(黄泉の国?死んでも行かねーよ!)


あっ死んだら行くか。黄泉だし。


その時、視界がぐにゃりと曲がりだした。それと同時に、平衡感覚も失う。


(お、おええ…)


吐きそうになっても吐けない。


そんな気持ち悪さに耐えていると、少女がこっちに向かって歩き出した。


帰れるんだなと、直感で理解した。


いや、帰れる?


何処に?俺は誰だ?


少女が歩みを進めるごとに、自分を思い出していくようだった。






そうだ、俺の名前は…








俺の名前は、巻森江人まきもりこうと



そう思考するのを最後に、視界が暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る