辺境の町には事件のにおい
四葉みつ
第1話
町の裏手にある山のふもとは絶好の採集ポイントだ。
出てくる魔獣もレベルが低く、町の憲兵隊も定期的に巡回しているので日が出ている間はほとんど何も襲ってこない。
「あったあった、ゲットウ草……っと」
二十歳かそこらだろうか、冒険者風の装いの青年は木の根元に膝をつく。それから、そこにあった草の葉を丁寧な手つきでいくらか摘み取った。茎は残しておくのが定石だ。しばらくすればまた葉が出てきて摘むことができる。
「カミュ、取ってきたよー」
背後から女の子の声がして青年は振り返った。彼よりも五つくらい若い少女が山の斜面を登ってくるのが見える。両手で持ったかごには沢山の草が入っている。
「ありがとうアイシャ、そこにいて! 今行くから」
カミュと呼ばれた青年は慣れた足取りでトントンと斜面を跳ねおりる。かごを受け取ると、両手にずしりと予想以上の重さを感じた。見た目よりもぎゅうぎゅうに詰まっているようだ。
「こんなに沢山! 助かったよ」
「ううん、これくらいは手伝わせて。カミュがこれでお水を作ってくれるから町のみんなも助かるんだもの」
「そう言ってくれるのはアイシャだけだよ」
帰ろうか、と二人は町へ向かって歩き出した。
この辺境の町にきて三ヶ月ほどになるが、町の裏山での採集は毎朝の日課だ。最初はカミュだけで集めていたが、お世話になっている宿屋の看板娘のアイシャが途中から手伝ってくれるようになった。
「それにしても不思議よねえ、ただの草なのに怪我を治したりできるなんて。たとえばそこにはえてる草でも魔法の水なんかができるの?」
アイシャは道ばたに生えている雑草を指さした。
カミュはこくりとうなずく。
「あれはカトリ草。食べ物を狙う虫なんかを寄せ付けなくなるから、乾燥させて台所とかに置いておくといいよ。三ヶ月くらいは効果があると思う」
「そうなんだ⁈ 持って帰ってお母さんに教えよーっと」
アイシャは嬉々として草を摘み取ると、大事そうにハンカチに挟む。それから再びカミュの方へ向き直った。
「そうだ。カミュもこの町にきて三ヶ月くらいでしょ。そろそろちゃんとしたお店を構えて回復屋さんとか始められるんじゃない? うちの町には回復屋がないし、カミュが開いてくれるならみんな喜ぶと思うよ」
「あはは、俺じゃあライセンスが取れないのさ」
「そうなの?」
「回復屋を始めるためには回復魔法が使えないといけなくてね。でも俺はそれを使えないから許可が下りないんだよ」
「えー。魔法のお水でも回復できるのになあ」
「アイシャだって最初はその水を信じてなかっただろ?」
「そ、それはそうだけど!」
この世界には『薬』という概念がない。怪我や病気はすべて回復魔法で対処しているからだ。だからこの町に来たばかりのカミュがその辺にある雑草を材料にして作った水で怪我を治すと最初に言ったときは、信じる者など誰一人としていなかった。
「わざわざお店を構えなくても、冒険者ギルドが診療室を貸してくれてる。俺はそれで十分だよ」
カミュの薬が町に浸透したのは冒険者ギルドのお陰だろう。大きな組織の後ろ盾を得て、ようやく薬の効能が認められてきたところだ。
「ところでカミュは草で治療できるってどこで知ったの?」
「ふふ、それは内緒」
カミュは楽しそうに微笑みながら、口の前で人差し指をたてた。
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