その後とおまけ

その狼は白衣の下に牙を隠し持つ1(石田視点)

 三井優吾みついゆうごという生徒の第一印象など正直覚えていない。

 多くの教職員は生徒を生徒という大きなくくりで見ていて余程の問題児か優秀な逸材でも無ければ特別視などしない。


 あれくらいの年齢なら少々保健室のベッドの世話になることなんか全くおかしくもない。

 それくらい不安定な年頃なのだから。

 だがあまりにも保健室の住人と化すのに何も言わないでおくわけにもいかずカウンセリングを提案した。

 心因性による体の不調というのもこの世代には多い。

 俺が見た感じでは具体的にどこか悪いようには見えずそこにアタリをつけてカウンセリングを勧めてみたわけだが彼は俺に相談に乗ってほしいと言ってきた。

 正直相談事は苦手だ。

 しかしせっかく頼ってくれるものを無下に追い払うのも教師としてどうかと思った。

 だから引き受けた。


 そして彼は「友達の話」をしたのだった。

 はっきりいってそう切り出された話で本当に友達の話であったためしなどほとんどないし、友達の話でこんなに思い悩むのも考えにくいから彼自身の話なのだろうなと思った。

 彼は「友人が」同性愛者でその存在の在り方に悩んでいると言い自分はどう接するべきかという内容の話をしてきた。

 だから俺は自分が思うままにすればいいんじゃないのか、と言った。

 実際問題そう答えるしか無いだろう。

 それに彼の本当に聞きたい答えはこの後にあるのだから。


 俺自身同性を好きになった経験はないし、少なくともわかっている限りでは周りにいたこともない。

 だから本気で考えたことはないのだがだからこそ悪感情は持っていない、というかどうとも思ってなかったのが正しい。

 最終的に好きなものを悪く言われるのは嫌だろなんて一般論で纏めて終わらせて、ちゃんとカウンセリングにかかることを口酸っぱく勧めておいたのだ。


 その後、三井はお礼と称して俺の雑務を手伝ってくれ少し懐いてくれたかなくらいにしか思ってなかった。


 だからいくら彼が同性が恋愛対象とはいえ誰でもいいわけではないだろうしまさか自分がその対象になっていたとは微塵も思っていなかった。

 これは神に誓って言える。

 俺は特定の宗教を信仰していないから仏さんでも良いが。


 彼に告白されたとき、俺が真っ先に考えたのはいかにソフトに断るかだった。

 この年齢は本当にデリケートだ。

 まだ柔らかい心に傷を負わせると一生抱えていくことになる。

 俺の場合は姉に彼氏への予行練習といって手料理を食わされ続けた結果ホットケーキが嫌いになったというものだが。

 だからこそ細心の注意をはらって彼に告げたわけだがそこでブチ切れられてしまった。


 怒りをぶつけてくる彼の言葉を浴びされつつ俺は確かにこの言い方はあんまり良くなかったかもしれないと思っていた。

 中途半端な優しさほど時として呪いとなるのは分かっていたが俺の立場としてはああ言うしかなかったしマニュアルがあるとしたら正解なんだとも思うがそれらを抜きにしたらはっきりシャットアウトしてやったほうが良いだろう。

 だからここはひたすら彼にキレてもらい自分は地蔵にでもなった心地でやり過ごすことにした。

 去り際、つきまとってやると言われた瞬間は辟易したがしっかり諦めてもらうなら大事なステップだと思うことにしたのだった。


 つきまとってやると豪語したもののそれから三井は俺の前に姿を現さなくなった。

 冷静になったのかもしれず、それならそれで良いと思った。


 校庭に面している保健室から、時折彼の姿が見えた。

 体育の授業だろうか。

 機敏に駆け回り、目立つ存在ではあるがそれでいて積極的に攻撃に回ることはなくどちらかといえば味方のサポートに回っていてホイッスルが鳴れば友人たちが集まってきて笑い合っている。


 なんだかとても眩しいものに見えた。


 さらに後、彼がどうやらガクンと落とした成績を復活させ志望大学の有望圏内に入ったことを知り努力家なのだなとも思った。

 そこでふと彼がいつ頃から大幅に成績を落としたのかわかってしまい思わずふふ、と声が漏れた。

 ひょっとして恋をするとダメになるタイプなのだろうか。

 モテるらしいのに可愛らしいじゃないか。


 彼がモテるらしいというのはたまたま女子生徒が話してるのを聞いたのと休憩がてら赴いた校舎裏で彼が告白されている現場を何回か見たからである。

 告白されて随分とクールな態度を取っていた割に自分が恋をすると途端に崩れるとは。

 クールな態度をとっていたのは対象として見れない女子から告白されていたからだろうが。


 自分には散々キレ散らかしたとは思えないそのギャップある姿に目の前にいたら頭を撫でてしまうかもしれない。


 撫でくりまわしたらどうするだろう。

 あの大きい目でまたやめろと抗議してくるのだろうか。

 それとも黙りこくって尻尾をゆらゆら揺らすか。


 俺は多分優越感みたいなものを感じていた。

 なかなか手に入らない高嶺の花が俺に懐いていたという事実に。

 過去形なのが少し惜しいと思えるくらいには俺もどうかしてきていたのだと思う。


 その頃、三井がまた俺のもとにやってきたのだった。

 どこかおずおずとしているのがまた愛らしい。

 またこうして会いに来てくれたら嬉しいと思うようになっていた。


 だからこそ保健室で彼にマッチングアプリの話をしてしまったことは本気で自分が愚かしいと思ってしまった。

 その日の朝、職員室で校長が最近はマッチングアプリがどうのこうの危険な出会いの温床うんぬんの話をしていたから先生と生徒として正しい話題になると思って話し始めてしまった。

 みるみる曇る彼の表情にやってしまったと気づいた頃にはもう遅い。

 あろうことか彼はその場でスマホを取り出し操作し始めたのだ。


 本当に彼は見た目によらずカッとなりやすい。

 これがもし彼でなければドン引きしていたところだが俺は焦ってそれをやめさせようとしていた。

 ちらっと見えた限りでは会員登録画面に入力しかけているではないか。

 今どきの若いやつはスマホの操作が速いと思いながら彼の本気度というか危うさを感じて一刻も早くスマホを奪い取らねばならないと感じた。


 ばたばたしているうちに彼を壁に抑え込む形になり動きを封じた彼がどんどん泣きそうな顔になっていくのを見て心の奥底にちらつく火を感じたときは本格的にまずいと思っていた。


 万が一、彼がアプリを通して誰かと出会ってしまったら?


 気に食わない。


 それくらいには彼に対する独占欲のようなものが育っていたことに内心自分でも驚きながら俺は彼を拘束している状況を愉しんでいた。

 絶対キスするだろというくらいに顔を近づけて耳元で囁いてやる。

 我ながらどうかしている。




 恋愛感情を抱くとバカになるのは俺も同じだった。














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