客を知る、街を知る。

 大葉物流は30人ほどの社員を抱え、敷地内に広大な倉庫を保有している。大葉が倉庫のドアを開けると、膨大な量の段ボール箱がひなたを出迎える。


「すごい……これ全部運ぶんですか?」

「ああ、そうだよ。毎日いろんな依頼が来るからね。ここ近年でECサイトの利用も増えたし」


 こう会話している最中にも、会社のトラックがひっきりなしに出入りしている。


「通常の荷物はもちろんだけど、うちの強みは何と言っても……これ!」


 倉庫を少し歩くと、そこには段ボールとはまた違う物体が姿を現した。銅像や金具、絵画などがパーテーションで厳重に囲われている。


「これは、一体……」

「美術展に納品するやつだよ。こういうのは細かい道路の振動も命取りになる。うちのコンテナは揺れを抑える特殊な設計をしているんだ。ドライバーにもマメに訓練させている。どんなものでも運べるようにね」


 大葉は自慢げに続ける。


「うちは頼まれたら何だって運ぶ。武器と薬と死体以外はな」

「よっ、大将!」


 平松の合いの手が余計な気もするが、語る大葉の姿が頼もしく見えた。

 大葉はバインダーに挟まった1枚の紙をひなたに見せた。


「今度はね、こういうのも運ぶんだよ」

「これは……列車ですか?」

「そう。特別観光列車『いざよい』。これを鉄道会社の車両基地まで運ぶ」

「すごいじゃないですか!」

「これ勝ち取るの大変だったんだよー。何せ社運を賭けてたからさ」


 ひなたはすっかり大葉の話の虜になっていた。写真は撮れないが、その分熱心にメモを取る。


「朝倉さん、物流は『街の血液』なんだよ」

「血液、ですか」

「俺たちの仕事は一見目立たないかもしれない。しかし、物流があるからこそ物が動き、人が動く。そして経済が回るのだ。ここにあるのは、街そのものだよ」

「『みんなが、主役』って……」

「ああ、その通り。俺たちみんなが、街を作る主役さ」


 作業する社員たちの顔を見る。そこでは、誰もが快活な表情を浮かべ、きびきびと動いていた。時折聞こえてくる掛け声が小気味よい。


「ただ……」


 先ほどの力強い言葉とは対照的に、大葉は表情を曇らせる。


「なかなかそれが学生たちに伝わらなくてね。去年も採用には苦労したよ」

「エントリー、少ないんですか」

「ああ。本当は新卒から育てていきたいんだけど、なかなか興味をもってくれなくて……。敬遠されちゃうのかねえ」


 平松も続ける。


「CMをやりたいのも、リクルート対策なんですよ」

「まずは知ってもらうことが大切だ。それに親御さんに見てもらえば、信頼感を与える後押しにもなる。そこで、テレビの力を借りたいんだよ」


 大葉の熱心に語りに、ひなたは先ほど見せられた列車の写真を思い起こしていた。


「なんとか、うちの仕事が格好いいもんだってPRできないかねえ」

「そこはCMでもしっかりやりますから」

「……あの!」


 ひなたが呼びかける。


「番組、やりませんか?」

「……番組?」

「CMの提案はもちろんさせていただきます。ですがその前に、お試しでマンカイ放送の番組で特集をやってみませんか? ねえ、平松さんも!」

「効果を測るために、パブリシティをやるってことかい?」

「はい。御社の、大場社長の思いをしっかり伝えられるテレビ局ということを、アピールさせていただきます!」

「でもなぁ、ただアピールするだけだと見てくれるか……」

「『いざよい』」


 ひなたの声に迷いはなかった。


「『いざよい』を運ぶ姿、取材させてもらえませんか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る