「みんなが、主役。」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「『ぁ』多っ!」


 ひなたが地を這うような溜息を吐く。


「ほんともう……どうしましょう……」

「どうしたんですか。潰れるんですか」

「まあ、そんな感じですよね」

「マジで!?」

「多くは聞かないでください……」

「まずいな……なんとか売上立てないと! あ、プリンアラモード一つ」


 彼女の対面に座るのは、広告会社『帝アド』の営業部員・平松孝弘である。ひなたが担当しているエージェンシーであり、局から車で5分の場所にあるこの喫茶店で毎週作戦会議を行っている。


「それで、今日は何でしたっけ?」

「あ、そうだ。そんな朝倉さんにとって良い話かもしれないんだけど」


 平松はカバンから1通のパンフレットを取り出した。


「『大葉物流』?」

「ええ。地元の運送会社です。いつもパンフレット作って納品してる得意先なんだけど、今年50周年でCM作りませんかって提案したら、前向きに検討してくれることになってね」

「へえ、そうなんですね」

「他局とのコンペだけど、御社でも広報プランを考えてもらえたらなって! あ、コーヒー砂糖多めで」


 ひなたはパンフレットの表紙を眺める。制服姿の男性が両腕を組み、笑顔でこちらを見つめている。名前を見る限り、この人が社長の大葉聡ということらしい。その横に「みんなが、主役。」というキャッチコピーが、大きく記されている。


「『主役』か……」


 今の彼女には特に刺さる言葉だった。


「朝倉さん、一度行きませんか?」

「はい?」

「大葉社長のところ」

「え、今からですか?」

「うん。あ、アラモード食べてからだけど」

「いやー、そう簡単に行けないでしょう?」


 行けてしまった。あの後、平松が大葉に電話をかけ、その場で了承を取り付けた。

 事務所から表紙と全く同じ人物が顔を出す。


「おう平松、元気か!」

「社長、お世話になってます!」

「お前……また太ったか」

「やめてくださいよー! ハッハッハ!」

「また甘い物食べてるんじゃないだろうな?」

「食べてませんって!」


 大葉は平松にとって高校時代の大先輩にあたる。同窓会で意気投合したことをきっかけに、パンフレットの仕事などを請け負うようになったという。


「あー、で? こちらの方は?」

「おっとそうだ! マンカイ放送営業部の朝倉さんです。ご挨拶もかねて一度会社を見学させていただければと」

「朝倉ひなたと、申します。宜しくお願い致します」


 入社して数か月も経てば名刺の出し方も手慣れてくる。


「どうもご丁寧に。大葉と申します」

「はい……あの」

「ん?」

「平松さんはプリンアラモード食べてました」

「え」


 要らないことを挿し込んでしまったかもしれない。しかし大葉は手を叩いて喜んだ。


「ほら見ろ! 言ったとおりだ!」

「ちょ、ちょっと朝倉さん! やめてくださいって!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る