鬼と戦士、派手に戦う。

『うひゃひゃひゃひゃひゃ!!』


 一瞬、全ての時間が止まったように思えた。

 スピーカーから響くその声を聴くや否や、観客は一斉に顔を上げる。


『小娘が、生意気にも俺様の島に足を踏み入れるとは、良い度胸だな!』

「出たわね、鬼め!」

『お前みたいな奴が、俺様に勝てると思っているのか! 笑止! 思い知らせてやるわぁ!』


 大声でありながら、キンというハウリングも、音割れもない。そして何より、抑揚から伝わってくる段違いの演技力。客は確信した。そこには、鬼がいる。


「覚悟しなさい……きゃあ!」

『諦めろ。お前は、勝てない』

「まだまだ……! はあっ!」


 袖から見守る空野がふと気づいた。


「なんか岩戸さん、練習の時より感情こもってない?」

「ですよね……演技にギアがかかり始めている……」


 明子もその異変を察していた。まるで、本当に鬼と対峙しているような。


「朝倉さん、あなた一体……」


 マイクの前で迫真の演技を続けるひなたを明子は恐る恐る眺めた。


「ぐっ……」

『ふっ、その程度か。やはり、俺様こそが最強よ。お前なんかに負けてたまるか!』


 会場は前のめりで成り行きを見守る。子供も、手を止めてポップコーンではなく舞台を食い入るように眺めている。


「私だって……私だって!」


 ほたるは既に台本を見ず、顔を上げて演技を続けた。台詞が自分の言葉のように自然と口から出ていく。


「私だって、ここまで頑張ってきたのよ! 確かにあなたの方が強いかもしれない……でも! 私のことを応援してくれている人がいる。希望を持っている人がいる。待ってくれている人がいる! 背負っているものの数は、私だって負けちゃいないんだから!」


 台詞を聞くひなたの背中を影山が見守る。台本では、ステージの子供たちに協力をお願いする場面へと移る。


「皆の力を貸して! 皆で、鬼をやっつけよう!」


 ほたるの呼びかけに、子供たちはすぐに答えた。


「がんばれ! ほたる姉さん!」

「ほたる姉さん、ガンバレ!」


 子供たちは、目を輝かせながら声援を送る。大人たちもそれに続いた。

 その光景に空野が目を潤ませる。


「ええ話や……」

「えっ」


 ある程度の声援に達したところで、ステージが光りだした。ほたるの勝利確定演出である。


「みんな……ありがとう!」


 ほたるは、腰の剣を抜くと、大きく振りかぶった。


「はああああああああっ!!」


 剣が振り下ろされ、大きな音が鳴る。子供たちは次の展開に釘付けとなった。


『……ぐああああああああっ!!』


 鬼の断末魔が聞こえる。随所で「やった」と声がする。


『ちくしょう……戦士・ほたるめ、覚えていやがれ!』


 鬼は命からがら逃げていく。風は止み、空からは光が差し込み始める。

 

「みんなの力で勝てたよ! ありがとう!」

『ほたるは見事鬼に勝利しました。そして、おじいさん、おばあさんと幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』


 影山のナレーションで物語は終わりを告げる。幕が下りると共に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

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