光のアナウンサー、来ず。

 『マンカイ放送』-某県の民放テレビ局。東京にある『フロンティアテレビジョン』(略称:FCS)の系列局である。歴史は県内の局で最も浅く、社員も他と比べると少ないが、人気なコンテンツを連発することで根強いファンを獲得している。


「企業の経営者にも、うちのファンでいてくれる人は結構います」


 隣でハンドルを握る影山がひなたにそう語った。彼女は先ほどからその声に聞き入っている。本来ならメモをとった方がいいのだろうが、そうせずとも話が入ってくる。


「ところで、これからどこに?」

「住宅展示場です」

「住宅展示場? 会社が持っているところですか?」


 マンカイ放送は、テレビ以外の事業として住宅展示場を運営している。多数の県内住宅メーカーが協賛・出展しており、毎日見学に訪れる人が後を絶たない。


「今日は昼からそこで集客イベントをやるんで、応援です」

「そういうことも、しなきゃいけないんですね……」

「ちょうどいい機会です。メーカーの担当者さんにご挨拶していきましょうか」


 局から車で30分ほど走った郊外に、その展示場は建っていた。平日の昼なので混み合っているわけではないが、それでも親子連れやお年寄りが多く見受けられる。今日は、夕方の情報番組で司会を務める、空野陽太アナウンサーによるトークライブが控えているためだ。いつも画面越しの空野アナを、間近で直接見られるとだけあって、期待に胸を膨らませているようだ。

 降車して挨拶を済ませると、2人はイベントが予定されている中央広場のステージへ向かった。軽快な音楽をバックに、局のマスコット『ハツガちゃん』のもとに子供たちが集まっている。


「……おかしいな」


 影山が呟いた。


「どうしました?」

「いや、空野さんの集合時間なんだけど、いないんですよね」


 その時、奥からスタッフが血相を変えてこちらに近づいてきた。


「大変だ!」

「……どうしました?」

「ああ、影山さん。空野さん、来られないかもしれない」

「え!?」


 聞けば、空野は影山たちと反対方向から移動していたが、その道中で事故が発生し、渋滞してしまっているという。既に30分が経つが、全く車が動いていない。


「ど、どうするんですか!? 影山さん!」


 思わず、応援に来ている側の彼に尋ねる。


「……もしかすると、そのまま事故のリポート取材に入る可能性はありますよね」

「じゃあ、空野さんなしでやるしかないか……」

「そんな……!?」


 ひなたの顔に冷や汗がじんわりと浮かぶ。既にステージの周りには、空野の登場を心待ちにしている姿が見える。マスコットがいるとはいえ、それだけでは持たないだろう。

 配属初日早々に、結構なトラブルに立ち会ったものである。


「中止……中止するしか、ないんじゃないですか……?」


 少し躊躇したが、ひなたはそう言った。スタッフも困った表情である。


「いやいやそれは! これだけ来ていただいているし……」

「で、でも……空野さんが来ないなら、誠心誠意、謝るしか……」


 自身ではどうにもできない事態に、彼女は翻弄されていた。当然ひなたも本意ではない。ただ、この状況を突破できる解決策を見いだせない以上、頭を下げるしかないと考えていた。どうにもならないものは仕方ない。一般の社員である以上、そういう立場なのだ。それが社会人というものだと自分に言い聞かせるのだった。


(私が……私が、アナウンサーなら……)

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