攫われたフランシア

あれ以来すっかり仲良くなった

令嬢のフランシア、アガサ、ヴァレッタ

そして、メルリナの四人を見ていると

何時迄も見守っていたくなる気持ちが

私の胸の中で溢れていた。

願わくば彼女達が仲良くずっと

笑っていてくれればとそう思った。

しかし、そんな矢先にこそ、何か

得体の知れないトラブルというものが

迷い込んでくるものである。


メルリナは私用で、私はレティシアの

お使いで、いつも一緒に居るはずなのだが

今日に限って偶々離れていた

談笑しながら道を歩く三人の令嬢

まるで通せんぼする様に道を塞ぐ男達の

貴族の男、一人を中心として壁を作る。

ヴァレッタはその中の一人を睨む


「…ヴァイド兄上…!…令嬢校舎に

何のご用ですか…!!」


「退がれヴァレッタ!お前に用はない!!」


ヴァイドと呼ばれた男は吠えるように

怒鳴った、ヴァレッタと同じ髪の色を

している物のヴァイドの頭髪はまるで

獅子の鬣の様であった。


「…ヴァレッタ、話は聞いたぞ、フリージアのメイドごときに負けたそうだな。それに…」


ヴァレッタも長身な女性だが

彼女の兄であるヴァイドは彼女とは

頭一個分以上離れた体格の良い

ヴァレッタの兄ヴァイド・ライオネルは

国内でも類を見ないぐらいの暴虐ぶりを

周囲に振る舞い、貴族社会ではある種

恐怖の対象の様な存在であったようだ。


「お前は何故、フリージアのフランシアと

ブランドンの情けないアガサと一緒に居るのだ?」


「兄上!!二人を侮辱するならば私が許しませんよ!!」


「黙れ!!お前がその様な腑抜けだから

フリージアのメイドなんぞに負けるのだ!!恥を知れヴァレッタ!!」


怒号飛び交う中、フランシアとアガサは

二人のやり取りを見守る事しか出来なかった。ヴァイドの背後に構える、まるで

ならず者のような男達は三人の令嬢を

品定めしている様なそう言う目で見ている


「ヴァレッタ、先程も言ったが、負け犬のお前に用はない。俺が用のあるのはそこに居る

フランシア・フリージアだ!!」


ヴァイドはフランシアを名指しで指差し

目を見開いて怒鳴っていた。


「…私…。」


「兄上!フランシアに一体何をするつもりか!!」


「フリージアの者と友人気取りか?

滑稽な!!お前の様な腑抜けに変わって

俺がライオネルの威光をコイツらに示してやる!!」


「その様な事!父上も母上も望んでおりません!!」


「うるさい!黙れ!!」


ヴァイドはヴァレッタの腹部を

容赦無く本気の拳で突いた


「かは…ッ!?」


「無力なお前は何もせずそのまま寝ていろ!」


「うぐ…兄上ぇ…!!」


ヴァレッタは腹部を両手で抑え

内臓を襲う強い衝撃で身体を

震わせながらその場に疼くまった。

ヴァイドは男だろうと女だろうと

お構いなしであった。巷の噂では

国家に反する者たちと結託していて

社交界をぶち壊す算段を画策している

その様な話も出てくる程であった。


「フランシア!ここから逃げて!!」


アガサは叫ぶ、フランシアを庇い盾に

なるようにして彼女はヴァイド前に立つ

彼は勢い良く右手を振るった。


「退け!邪魔だ!!」


「きゃっ!?」


「アガサッ!!」


アガサは左頬を右手の手の甲で勢い良く

払われる様に殴り飛ばされて、その場で膝を崩す。

フランシアはアガサに駆け寄り、ヴァイドを睨む。


「もう、止めて下さい。私が貴方達に

黙って付いて行けば良いのでしょう?

彼女達に、これ以上乱暴をしないで下さい。」


「…ふん、最初からそうしておけばいいものを…。良いだろう。こっちへ来い、案内してやる。」


「…ダメだ…フランシア…行ってはいけない…。」


ヴァレッタは呻く様うに言うも

フランシアの決意は硬く

倒れ込む彼女とアガサに優しく微笑む。


「…ヴァレッタ、アガサ、私の事なら、心配しないで。」


フランシアを囲う二人の男、ヴァイドが

歩き出すとフランシアもそれについて行く

男二人はフランシアから少し距離をとって歩いた。

ヴァイドは去り際にその場に残っていた

数人のならず者の男達に呟く。


「後の女共はお前達の好きにしろ。」


「さっすがヴァイド様!!話がわかるーッ!!」


ならず者達の歓声。それを聞いた

フランシアは目の色を変えて叫ぶ


「彼女達に乱暴するのはやめて!!」


「お前はさっさとこっちに来い!!」


「いや!痛いッ!!離してッ!!

アガサッ!ヴァレッタッ!!お願い逃げてッ!!」


暴漢たちは叫ぶフランシアを

強引に引きずり連れて行く

ヴァレッタとアガサは

その姿をただ見ている事しか出来なかった

彼女達の心の奥底には悔しさと

悲しみが込み上げてくる。


「…う…く…こんな下衆どもに…」


自身の不甲斐なさに涙するヴァレッタ

それを見てアガサ立ち上がる。

そして、ヴァレッタを庇う様に

今度は暴漢達の前へと立ちはだかる。


「…ヴァレッタ、私が盾になりますから

貴女だけでも、ここから逃げて。」


アガサはヴァレッタに微笑む。


「アガサ、私に友を見捨てて逃げる様な事

出来るわけがないだろ!!」


「良いのです、私に出来る事は、所詮この程度の事ですから」


二人の会話を聞いていたならず者達は

健気なアガサを見て舌なめずりをしている。


「美しい友情って奴?まあどうでも良いけどな!」


「そうそう、どっちも良い顔してるから

だいぶ楽しめそうだなぁ…!」


彼等を睨むアガサは背筋が寒くなったが

それでも友が蹂躙される姿を見るよりは

マシだと思い、


「アガサ!君こそ逃げろ!私ならこんな奴等……」


「嫌です、ここでヴァレッタを一人にするぐらいなら死んだ方がマシです!!」


暴漢達は気にせず徐々に二人の令嬢へと

歩み寄る。アガサとヴァレッタの表情は

恐怖の色で引き攣っていた。

集団の中でも先を歩く二人の暴漢が

彼女達に手を伸ばそうとした

その時であった。


「……お取り込み中失礼……私が来たのだわ!!」


ヴァレッタとアガサの目の前に令嬢が一人

両手に輝く剣を携えて空から飛び込んできた

煌めく二本の片刃剣が、彼女達に

手を伸ばしたならず者の二人を峰で

叩きのめし、その石床の上に沈めた。

凛然とその場に立つメルリナ

威風堂々たるその令嬢の瞳は怒りで燃えていた。


「「メルリナ!!」」


アガサとヴァレッタは上空から

いきなり現れたメルリナに対して驚いた。

双剣携えた彼女は残りの暴漢たちを睨む

遅れて私もその場にたどり着いた。


「ノエルと一緒に遠くで見ていたら

何か変だったし、間に合って良かったのだわ」


「ヴァレッタ様!アガサ様!ご無事ですか!」


私はヴァレッタとアガサに肩を貸し

ゆっくりと立ち上がらせる

二人は小さく「ありがとう」と私に呟いた。


「ノエル…ここはわたくしに任せて

貴女はフランシアを助け出すのだわ!」


「しかし…」


「ノエル…フランシアはきっと怯えていのですわ、早く行くのですわ。」


微笑むメルリナに私は頷き

その場を後にする。暴漢達は

武器を構えるメルリナに釘付けだった。

何よりも、いきなり空から飛んできた

メルリナに驚き思考が

停止していたのかも知れない。

確かに私も、アガサとヴァレッタを

見かけた瞬間にメルリナが一言

「ここから飛んで割り込むのですわ」と

言った時には、何言ってんの?この令嬢と

正直困惑していたが、彼女は本気で

騒動へと飛び込んだ、それも物理的に。


「わたくし、わたくしの友達をいじめた

あなたたちがどうしても、どうしても

許す事ができないのだわぁ…。」


「メルリナ…?」


アガサはメルリナから溢れ出る

冷たい殺気を感じてたじろいだ。

メルリナから滲み出る怒りの魔力を

久しぶりに見たヴァレッタは生唾を飲み込む。額から冷や汗が音もなく一筋流れる


「わたくし…今回は本気で行きます。」


触れれば全てを斬り裂く鋭さを感じさせた

武闘祭で見せていた実力とはまたかけ離れた

彼女の"真の力"を垣間見ている気がして

ヴァレッタとアガサは表情が凍りついていた

あの明るいメルリナがここまで冷たい殺気を

放っている事に心の底から怯えていたのだ。


「…よろしいですか?あなた達に地獄を見せてあげます…。」


メルリナは暴漢達へと切先を向けた。

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