聖ウァレンティヌスの日3
「あんた、何を言ってるの?」
千夏の突拍子もない提案に葵は頭痛がし始めて、頭を押さえた。
「いや、だから、結婚式をあげようって」
「うん、それはわかってるんだけど、どこをどうやったらそうなるの?」
千夏は両手の人差し指をぴっと立てた。
「二人は結婚したい。でもユーリイが危険な故郷に帰るから今は結婚はできないと言っている。なら、入籍はしないまでも式だけ挙げちゃえばいいじゃない」
聞けば聞くほど、葵の頭痛はひどくなった。
「ユーリイの言ってることも意味不明だったけど、あんたはそれ以上ね......」
思い返すと千夏はいつもこうだった。
他の人間が考えることの2歩先を行って3歩下がるような行動ばかりとる。
「そんなことしたって、状況は何も変わらないじゃない.......」
葵はもううんざりといった顔でそっぽを向く。
「変わるわよ」
千夏は自信満々に答える。
「いったい、何が変わるっていうのよ?」
葵はイラつきながら問い返す。
「少なくとも、あんたの気持ちはちょっとだけ救われるでしょ」
そう言い放った千夏の目には、一点の曇りもなかった。
葵は深いため息をついた。
千夏の思考や行動はいつも的外れだ。
だが、いつも核心のはじっこをかすめていく。
「わかった。わたしももうやけくそよ。で、どうすればいいの?」
葵は腹をくくり、身を乗り出した。
「協力者を募りましょう」
千夏はそう言って携帯を取り出した。
同時刻、再び場所は丸の内のオフィス。
ユーリイが突然退職し、その職場は大混乱だった。
ユーリイと仕事上もプライベート上も最も関係が深かった鈴木慎は、その被害を最も多く被っていた。
(あいつ、なにも今日の今日辞めなくてもいいだろ!!)
慎はまずユーリイの抱えていた業務の内容と進行状況を把握することに追われていた。
そして、これをどうチーム内で円滑に分散できるか、全て慎の肩にかかっていた。
そんな慎の私用携帯に着信が入る。
(なんだ、このクソ忙しいときに.........)
イライラしながら慎は着信の画面を確認する。
そして、一気に血の気が引く。
(輪蓮千夏!?)
千夏と慎は2年ほど前に、ユーリイと葵の紹介で出会った。
慎は千夏の見た目に一目惚れし、猛アタックでデートまでこぎつけた。
が、しかし、その初デートで慎の幻想は瓦解した。
見た目こそ美人だが、千夏の正体はがさつで、デリカシーがなく、けんかっ早いトラブルメーカーだった。
夕食で入ったレストランで隣のテーブルのカップルの別れ話に「いや、それはおかしい!!」と口をはさんで大乱闘になり、慎の恋は終わったのだった。
慎はもう千夏と関わりたくないと思ったが、ユーリイと葵に食事に誘われていくとしばしば千夏が現れ、いまだに縁が切れていなかった。
そんな輪蓮千夏から突然の電話。
慎は無視しようかと思ったが、そのあと職場までこられたらより面倒なことになると考え、しぶしぶ電話にでた。
「や、やあ、輪蓮さん......急にどうしたの........」
慎は努めて平静を装った。
千夏をできるだけ刺激することなく、早々に電話を切らなければならない。
「え、ああ、ユーリイ?ああ、そうなんだよ。それで今こっちも大変なんだ。だから、申し訳ないんだけど...........え.............えっ...........えええぇぇぇっ!?」
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