【短編】兄の話

大河原雅一

兄の話

年の離れた兄の話。


わたしには年の離れた兄がいる。

両親に代わり養育してくれたことにはとても感謝している。

世間では「良くできたお兄様」だの「○年に一度のなんとか」など褒め称える言葉が途切れることはない。そしてわたしはその兄に庇護されている「良くできた家族」を演じている。


そんな表向きの仮面を外した状態の家庭での兄は「出来が良い」とはとても言えない。

まず話が面白くない。

次に物覚えが悪い。

同じことを何度も話す。


噺家家業でこれはないだろう・・・


「本日はお日柄もよく・・・」

お見合いか!


「ところでお前様はどちらさんで・・・」

ぼけ老人か!


「お後がよろしいようで・・・」

ほらまた話が途中で飛んだ!


信じ難い話だが、こんなのでも世間では売れっ子だそうな。

同じ師匠に学んだ兄弟弟子だの、兄を慕って転がり込んできた内弟子だのが決して広くはない我が家を訪れる。

まだ高級品だったレコードプレーヤーが家にあったことで、そういう人たちの溜まり場になったのだろう。

普段はキリッとしていて、家ではだらしない兄が他界するまでその「団欒」は続いたのだった。


__


「そのレコードは・・・そうか、今日は師匠の・・・兄さんの誕生日だったか」

帰宅した主人がつぶやく。

律儀に仏壇に手を合わせてくれている。


古く黄ばんだレコードのジャケットはちょっとタバコ臭い。

兄が高座に座っている写真がでかでかと印刷されている。

評判が立って名前が売れ始めた頃の顔だ。

ちょっとドヤってる表情なのが小憎らしい。

兄がいない時にレコードを触って円盤に傷がついてしまった時も怒らずに「本物がここにいるじゃんよ」と笑って許してくれた兄。

内弟子の一人と恋仲になった時も笑顔で祝福してくれた兄。


スピーカーから聞こえてくる兄の声に耳を傾けるが、傷がついた円盤は特定の場所でスキップしてしまう。


「お後がよろしいようで・・・」

ほらまた話が途中で飛んだ!


一度追いついて、また年の離れた兄の話。

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