第93話~殿下とフローライト家~
台風が去った翌日。
カノンはあの後、殿下に抱きしめられたままどうやら眠りについてしまったらしく、目が覚めると見慣れた天井が目に入った。
カノンが
それも二つ。
「…昨日…あの後…」
「「そのまま眠りについてしまったんだよ。」」
その声にカノンは一気に眠気が吹き飛び、声のしたベッド脇に目を向けた。
そこにいる人物達に驚きカノンは今まで自分の使っていた枕を二人めがけて投げた。
「どうしてここにいるんですのー?!」
「おはよう!カノン!朝からすごく元気だね!!あぁ…今日も可愛い妹よ…安らかに眠る寝顔…可愛かったよ。」
「カノン嬢、おはよう。気分はどうだい?」
「……気分は大丈夫ですわ…。それと、朝から元気なのはお兄様でしょう…。」
カノンが投げた枕をしっかりと顔面に受けながらも二人は気にする事もなく枕を手に取りカノンに渡す。
兄はカノンが目覚めた事に歓喜の声を上げながらクルクルとその場で回っており、ライラックは呑気にカノンの容態を聞く。
その温度差にカノンは一つため息をついて、自分が落ち着かなければと冷静になる。
「あの後のアザレアや他の街のご様子は…。」
「誰一人ケガもないし、他の街も被害は少なくて無事だよ。アザレアは順調に作業が進んでいるよ。」
「そうですの…少し安心しましたわ…。ところで殿下…しばらくお菓子は禁止致します。この間も似たような事ありましたわ。淑女の部屋に本人の許可もなしに入るとは失礼極まりないです。それとお兄様も!接近禁止命令を発動させますわよ!!」
カノンの強めの言葉にクルクルと回っていた兄はぴたりと動きを止め潤んだ瞳でカノンを見つめ、ライラックも寂しそうにカノンを見つめた。
その様子は飼い主に怒られた大型犬のようだ。
「そんな目をしてもダメですわよ。心配お掛けした事は謝罪致しますが、お二人がここにいる事はまた別のお話ですわ。」
カノンの念を押す言葉に明らかに肩を落とししょぼくれる二人。
そんな時、カノンの部屋をノックする音が聞こえ、カノンが返事をすると姉のサントリナが入ってきた。
「あ!!お兄様!どこにもいらっしゃらないと思ったらこんな所に!さぁ、行きますわよ!やるべき事がたくさんありますのに!まったくもぅ!」
「おぉ~サントリナ!今日も見目麗しい!!さすが僕の妹~~!!」
カノンの部屋に入ってきた姉に兄は抱き着こうとしたが、彼女にまたしても制止され、再びしょぼくれながらも姉に引きずられるような形でカノンの部屋を後にした。
その場に残されたカノンとライラックはドアの方をただ茫然と見ている事しか出来なかった。
「君の兄君は…何と言うか…昨日の嵐みたいな人だね…。」
「わたくしもそう思います。…はぁ…朝から体力を持っていかれましたわ…。殿下も…いつまでここにいらっしゃるのですか…。」
「…僕がいたら嫌?」
カノンの言葉に再び寂しそうな目をしてカノンを見つめる。
カノンはライラックの問いに恥ずかしくなり顔を赤くし、
「…い、嫌とか…そうでは…ありませんわ。先ほども言いましたが、淑女の部屋に入るのは…その…。」
「……ふっ…うん…そうだね…ごめんね…君が心配でまたもここに来てしまったよ。」
「……何を笑っているんですの。」
カノンの照れた様子にライラックは可愛く思ったのと同時に小さく笑い出した。
そんな彼をカノンは呆れた顔で見て小さくため息をつき優しく微笑んだ。
「殿下は本当に
「カノン嬢もね。本当に無茶するんだから…目が離せないよ。」
ライラックはベッド脇に座っていた腰をカノンのベッドの上におろしてカノンを優しい目で見つめた。
カノンはライラックのその瞳に吸い寄せられるように自然と両手を彼の頬に伸ばしていた。
ライラックもそれに応えるようにカノンの片手に自身の片手を添えて、もう片手はベッドに置き体を支えた。
二人はどちらからともなく顔を近づけ、目を伏せ唇を合わせた。
しばらく合わせていた唇を離し、目を開けた二人は近い距離で見つめ合う。
先に口を開いたのはライラックだった。
「カノン嬢…誘ってる?」
「ちっ…違いますわ!朝からなんて事言うのですか!…それに、正式に婚約を交わしていませんのよ…。」
「ふふっ…うん、そうだね…可愛すぎてつい…。でも、そっか…。」
「もぅ…相変わらず、意地悪ですわ。」
ライラックの言葉に顔を真っ赤にして見つめていた顔を
ライラックは俯いていて何か考えているようで、突然思い立ったように顔を上げ笑顔になった。
「ごめん、カノン嬢、僕思い出した用事があって、ここで失礼するよ!あ!夜にはまた戻って来るから!!」
そう言い残し颯爽と部屋を出ていき、カノンはどこか兄のように忙しい人だなと他人事のようにライラックが出ていったドアを見つめていた。
ライラックが出ていった後、カノンは支度をして部屋出た。
屋敷の皆に心配を掛けた事を謝罪する為一人一人に声を掛け回り、その度に皆は安堵し、中には涙を流す者もいて少しの時間、屋敷内は騒がしくなった。
姉のサントリナや父には無事なのを安堵されたが、一人で無茶をした事を叱られ、カノンは肩を落とし、兄はそんなカノンの頭を優しくなでた。
――夕方の食堂。
あの後、カノンは安静にとの事で書庫から本を何冊も自室へ運び、今後何が自分に出来るかを考えていた。
そうして自室で過ごしているうちに時間は夕食時になり、食堂へ足を運び、席に着き現在目の前に料理が運ばれるのを待っていた。
食堂には父や兄、姉がそろっており、そしてもう一人。
「……殿下…本当にいらっしゃったのですか…。」
「うん、用事が済んだからまたお邪魔しているよ。フローライト家に関する事だからね。」
にこやかに話すライラックにカノンは呆れた顔を浮かべた。
「済んだ用事…君との婚約だよ、カノン嬢。異論はあるかい?フローライト公爵。」
「…娘の縁談…これほど大事に想ってくださっている殿下になら…私からは何も…。」
「………異議あり!!!!!父上が認めても僕は簡単に許せないよ!時期公爵はこの僕だからね!!妹を想って仕事が早いのは認めます!だが、まずはカノンのどこに惚れたのか聞かせてもらいます!!」
「たしかに…兄君を説得しなければ…か。カノン嬢のどこに惚れたか、でしたよね。それなら…。」
ライラックの用事とは婚約に関する手続きだったようでカノンは顔を赤くしており、静かに聞いていた兄は婚約と聞き、騒がしくなった。
その兄の言葉に応えようとしたライラックだが、姉に咳払いで止められなおかつ兄も叱られた。
夕食が運び込まれ始めたので制止したのだ。
話しは夕食の後でという事になった。
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