第66話~バレンタイン~

三学期が始まって早一ヶ月。


三学期のテストも無事に終わり美桜はいつもの事さながらトップに成績を修めていた。

今の時期、学校中バレンタインの事で盛り上がっている。

男子は義理でもいいからともらうためにアピールをしたり、もらえるか否かの話で盛り上がり、女子は誰に渡すか告白はどうするか今年は手作りにするかどうか等、大賑わいだ。


美桜も例外ではなくどこか落ち着かない様子をみせていた。

原さんとバレンタインの話をした時に峰岸君に手作りを渡す事を決めた。

お菓子を渡すのと同時に想いを伝える事も決めていた。



――バレンタイン前日の夜 一ノ瀬家

美桜は峰岸君に渡すお菓子を作るべく厨房に立ち材料と手順を確認しながら作業に入る。

「えーっと…卵を割って…それから…。」


美桜が作っているのはお茶に合うように甘さを抑えた抹茶のガトーショコラだ。

美桜が黙々と手順を踏み作業をしていると、兄が台所に入ってきた。

飲み物を飲みに来たようで冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注いで飲みながら美桜の作業の様子を無言で見る。

作業はしているが美桜の視界の端にそんな兄の姿が入ってくる。


「………。」

「………。」

「………。」

「……無言でそんなに見られると作業やりづらいのだけど…。」

兄の無言に対して美桜も無言で作業をしていたのだが、だんだんと沈黙に耐えられなくなり兄に声を掛ける美桜。

美桜の言葉に兄はバツが悪そうな表情で返事をする。


「あー…。それ…誰かにあげるのか…。男…なのか。」

「…んー………秘密。」

兄の問いかけに動じる事もなく目の前の作業に視線を向けたまま返事をする美桜。


「……邪魔したな。(まぁ、そうだよな。クリスマス以降ちょっとだけお互い近づけたと思ったが、俺には当然話さないし作らないよな…。ていうか男に作っているとしたら…なんかしゃくだな…。)」

美桜の淡々とする様子に今までの自分の態度に後悔と少し寂しさを感じ、空になったコップをシンクに置き一言伝えて部屋に戻る兄。

美桜は気にせずに渡す人数分のお菓子を作り上げていった。



―――バレンタイン当日


美桜はダイニングテーブルの上に作ったお菓子を置き必要分をカバンに入れて家を出る。

美桜と入れ違う形で朝食を採るため自分の部屋からダイニングテーブルまで来た兄はテーブルの上のお菓子を見て目を見開く。

お菓子は三つあり、それぞれに誰へのお菓子か名前が書いてあり、兄の分もあった為予想外の事に驚くものの嬉しさで目頭を熱くした。兄はその場に一人しかいないというのに目を抑えて感情をこらえていた。



その頃、美桜はいつ峰岸君にお菓子を渡そうかドキドキしながら考えを巡らせていた。


原さんには登校中に出逢えたのですぐに渡すことが出来たが問題は峰岸君だ。

朝のホームルームや授業中など一日中渡すタイミングを考え狙ってみるが、峰岸君に会えるタイミングがなかなかつかめない。

お昼休憩を狙ってみるものの美桜が男女何人かに代わる代わる呼び出され、両手に抱えるほど大量にお菓子をもらった。

このままだとカバンも持てないと思った美桜は職員室からか大きめの紙袋をもらいお菓子を納めた。


そうして午後の授業も受け気付けば放課後。

いつの間にか峰岸君も教室にはおらず、また呼び出されているのだろうと考え、このまま峰岸君に渡せずに一日が終わってしまうのかと諦め教室を出ようとした時廊下から走ってくる一人分の足音が聞こえてきて、勢いよく教室に入ってきた。

「一ノ瀬さん!!!よかった、まだ帰ってなくて。少し時間…いいかな…。」

「雅君…。私も…渡したいものがあるんです…。」


廊下から走ってきたのは峰岸君で、やはり呼び出されていたのだろう。手にはキレイにラッピングされた袋を持っている。

峰岸君は息を切らしながらも美桜の姿をみて声をかけ、お互いに時間の都合が良い事を確認し、自分達の教室にはまだ何人か生徒がいて視線を集めるので二人は必要分の荷物を持ち空き教室に移動する。

その間二人の表情は緊張でこわばっていた。


空き教室に着いた二人はお互い向き合う形で立ち緊張のあまりどう話しをきりだそうか俯きうつむきながら考える。


「あ!あの!私……。」

先に顔を上げ話をきりだしたのは美桜だ。

想いを伝えるのと同時にバレンタインのお菓子を渡そうとするのだが、峰岸君の顔を見るなり緊張と恥ずかしさのあまり言葉の続きが出ない。


「…僕に…言わせてください。……僕じゃ…ダメですか。」

「……え…それは…。」

「一ノ瀬さん、すごく可愛くてかっこよくて…勉強も出来てモテモテで…。僕ときたら身長は一ノ瀬さんと同じくらいで男としては不釣り合いかもしれないけど……。

君が好きです。付き合ってください。」

峰岸君は緊張の顔立ちで顔を赤くしながらも、最後まで美桜と目を合わせながらハッキリと気持ちを伝えた。


峰岸君の気持ちに美桜も目を合わせながら真っ直ぐに応える。

「私にも…言わせてください…。雅君の事が…好きです。私から見ると、かっこよくてモテモテなのは雅君の方で、私の方こそ不釣り合いかもです…。

だけど…雅君の特別な人になりたいです。」


美桜の言葉に満面の笑みで「よろしくお願いします」と答える峰岸君。

美桜も「こちらこそです」とはにかんだ笑顔で返事して作ってきたお菓子を渡す。

峰岸君からもバレンタインのプレゼントという事で小さいがブリザードフラワーをもらった。


お互いにもらったプレゼントを見て笑顔がこぼれる。

その後二人は空き教室を後にして皆が帰った自分たちの教室から荷物を取り、軽く手をつなぎながら峰岸君が美桜を家に送るかたちで家路に向かう。



美桜の家に着きもう少し一緒にいたい気持ちはあったが「また明日学校でね」と名残惜しそうに会話をして別れた。



美桜が軽い足取りで家に入り、大量のお菓子を置くためにリビングにそのまま向かうと家族がそろっており、朝のテーブルの上に置いてあったお菓子のお礼を言われた。

それと同時に「当分お菓子には困らないわね」という母の言葉に疑問を抱くと、ソファの方を指さされ、目を向けるとそこには大きめの紙袋に入ったお菓子が置いてあった。

どうやら兄も学校で大量にお菓子をもらってきたようだ。

兄は性格に難はあるが、ルックスは良いので昔からモテていた。最近は性格の方も角が取れ、さらにモテていると母が浮足たった様子で美桜に伝えてきた。

兄は気恥ずかしいのか「別に…そんなんじゃねぇ」とそっぽを向いていた。


美桜はそんな兄の様子に微笑ましく思い、同じようにソファにお菓子を置き手を洗ったり着替えるためにリビングを後にした。

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