あたし達のぷるぷるちゃん
二八 鯉市(にはち りいち)
01 ー あなたに銀河で一番ラブ捧げテルミー
「すごい、この人工生命体、さっそく昭和歌謡の名曲『あなたに銀河で一番ラブ捧げテルミー』に反応してる!」
「エルカ教授、お言葉ですが何故検体に聞かせる曲としてその曲をチョイスしたんですか」
「えっ、たまたまプレイリストに入ってたのがこの曲だったから」
「ハァ」
G棟第3号実験室。
ついさきほど。銀色の実験用テーブルの上に、新しい生命が誕生した。
生命体は半透明のピンク色でつややか、こぶし大の大きさ。
濡れたようになめらかな表面の印象は、思わず触ってみたい誘惑と、触ったらどうなってしまうだろうという不気味な予感のちょうど中間のバランス。
そんな生命体を達成感に満ちた眼差しで見つめる、長身で切れ長の目をした女性、エルカ教授。
その隣、背は小さいが意思の強すぎる目をしたフミ助手。
二人の勤勉と才能の結晶が、この「人工生命1号」である。
そんな最先端の実験の成果が生まれた傍ら、部屋の中には先程から昭和歌謡の『あなたに銀河で一番ラブ捧げテルミー』が流れている。
エルカ教授が指摘する通り、この曲のサビの『ラブ!ラブ!』という高音パートにあわせて、ピンク色の新生命体はぷるんぷるんと揺れていた。
「私たちの言うことも聞こえているかしら」
「どうでしょうか。人工生命と言えども、まだ発展途上の技術ですからね」
フミがカチャリと押し上げる銀ぶちの眼鏡のレンズには、一ミリの曇りもない。そんなフミに、エルカはきさくに笑いかけた。
「フミは相変わらずクールだなぁ。私、興奮しちゃってさっき売店で意味もなくジャンプとかしちゃった。もう、これからの事を考えたらウキウキで」
「実験は常に冷静に。全ての感情は実験終了後でいいんです」
「はーい」
「はぁいじゃないんです。エルカさん、助手にそんな甘い態度やめてください」
「うん、ごめんね。……あ、すごい。やっぱり声聞こえてるんだ」
「え?」
「ほら、私が喋ると反応する。……これはどうかな」
エルカは白魚のような指をぱちんと鳴らした。途端、ピンクの生命体の表面は、ぷるんと波打った。フミはふむと頷いた。
「確かに。とはいえ、歌に反応するなら間近な音にも反応して当然ですが。……こちらも聞き分けるんでしょうか」
フミは、持っていたボールペンをポケットに戻すと、両手をパンと鳴らした。ピンク色の生命体は、今度もまたぷるんと揺れ、音の聞こえた方——フミの方へぽよんと転がった。
「わぁすごい、もう自立した動きを獲得し始めてる。……やっぱりTG3-WAを多く配分したのはいい狙いだったね。ありがとう、フミ」
エルカは、輝くような笑顔をフミに向ける。フミはふんと鼻を鳴らすと、実験テーブルに背を向けた。
「私も飲み物を買ってきます。長時間の実験で疲れましたから」
「あ、冷蔵庫にお茶いれてあるよ。あとでおやつも」
「あたしはコーヒーがいいので、失礼」
ぷしゅ、と自動ドアが閉まる。
フミは売店がある一階ではなく、すたすたと階段を上がり、屋上に向かった。
がちゃん、と屋上に続く重々しい扉を内側から開く。
研究都市は今、赤い夕暮れに沈もうとしている。今この街に佇む無機質な白い建物のそこかしこで、人類は新たな一歩を歩もうとしている。
フミは灰色の屋上をまっすぐに歩き、そして柵に手をかけると、すぅ、と息を吸い込んだ。
「ぃやったぁあああああああ!!」
甲高い声で、叫ぶ。
「あたしとエルカ教授の、新しいいのち、超、超超超超超かわいいんですけどぉおお!!」
ゲホッゴホッ。
唾が喉に詰まり咳払い。
だが、フミの衝動を止められるものなど地球上にも銀河上にも存在しない。
「あたしとエルカ教授はやっぱり最強! あたしたちなら最高! できないことなんてない! ていうか何よ昭和歌謡って! そういうちょっと独特なところをうっかり見せるの、あぁあああもう、どんだけ人を好きにさせれば! 気が! 済むのぉおおっっ! うぉおおおおエルカァアア! 存在が罪深い女! 一生ラブなのはァ、こっちですからぁああああ!」
すぅ、はぁ。
かちゃり、と眼鏡を直す。
紅の夕陽と無機質な研究都市が、その曇りなきレンズに光っている。
***
ぷしゅ。
自動ドアが開き、ホットコーヒーのカップを片手にフミが帰ってきた。実験テーブルの前に居たエルカが振り返る。その手にはタンバリンが握られている。
「あ、フミ見てみて。タンバリンの音にも反応したよ。ほら、3,3,7拍子。すごいねぇちゃんと反応する。かわいいなぁ」
「タンバリ……ゴホッゲホッ……ふぅん、そうですか。もちろん録画はしてるんでしょうねあとで検証しましょうですがまずは研究レポートを書かなければ失礼あたしはデスクに戻ります」
「もー」
エルカは困ったように笑う。
「フミってばホント、クールなんだから」
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