高速道路の料金所

 現在インフルエンザに罹患中。二日間ずっと寝ていたらさすがに眠れなくなってしまったので、こっそりPCを起動させております。

 さて、あんまり難しいことの書けないコンディションなので、バカ話を一つ。

 小学生コヨミが高速道路の料金所に対して繰り広げた妄想であります。

 事の発端は、父と二人でドライブをした時のこと……


 すぐ上の兄と五歳離れており、母は昼も夜もなくトリプルワークくらいして働いていたため、小学生時代の土日は父と過ごすことが多かった。

 休みの日といえば、父と二人で車に乗って図書館へ行ったり、海岸へ行ったり、花屋さんやホームセンターに行ったり、そんな記憶がちらほらと思い浮かぶ。

 その一環として、目的地は忘れたが、高速道路を走ったことがあった。

 姉兄たちの証言によれば、私が生まれるまでの父は、昭和の親父を絵に描いたような堅物で、門限を少しでも過ぎようものなら物が飛んでくる、そんなピリピリした家庭環境だったようだが、末っ子が生まれてから丸くなったそうだ。


 私は父を怖いと思ったことはあまりなく、むしろ仲間意識の一番強い相手だった。喋りかけても特に面白い返事がかえってくるわけではないけれど、うん、うん、となんとなく聞いていて、たまに質問には答えてくれる、そんなのんびりした距離感が丁度良かったのかもしれない。もっとも父の側からは「よく喋るなあ」と苦笑されることが多かったけれど、お構いなしに喋り倒した。


 車に乗っていて一番の遊びは、流れてくる看板の文字を次々と読むことだった。難しい漢字も読めると嬉しくなったし、読めたところでなんの店か見当もつかない場合は首を捻った。しかし高速道路に入ると、そうした看板は一切見当たらない。

 俄然、興味が湧くのは、入り口と出口に忽然と現れる料金所である。


 当時はまだETCなどなく、あの細長く狭い電話ボックスのような建物には、おじさんが一人ずつ必ず入っていた。

 彼らが一体どこからどうやって来るのか、それが私には疑問だった。

 何しろ高速道路には、徒歩で立ち入ってはいけないのだ。それなのに、近くに事務所がある場合はわかるけれど、そんな建物などなーんにもないところに、料金所がぽつぽつと立ち並んでいるケースもある。

 乗って来たと思しき車が近くに停められていることもない。

 送り迎えしてくれるバスのようなものがあるのだろうか?

 その場合、交代の時間には、おじさんたちがぞろぞろ入れ替わるシーンが見られる!?

 謎は深まるばかりなので、父に訊いてみた。

 するとあっさり「下から上がってくるんだよ」と言うではないか。


 下から……上がってくる……!?

 

※以下、当時の私が雷に打たれたような衝撃と共に繰り広げた妄想です。


 ここは高速道路の料金所に勤めるおじさんたちの待機部屋。畳敷きの六畳間にちゃぶ台が一つ。出番を待つおじさんたちがめいめいお茶を飲んだり、せんべいを齧ったりしながら、「今日も寒いねえ」などと世間話をしつつ、寛いでいます。

 そこへ鳴り響く電子音。何かを警戒するかのようなアラーム。

「おっ……そろそろ、か」

 おじさんたち、おもむろに立ち上がり、六畳間から靴を履いて立ち上がります。

 そこは俯瞰して見れば映画やドラマのセットのような場所でした。周囲は打ちっぱなしコンクリートの、広大な地下駐車場を思わせる無機質な空間。

 六畳間を出たおじさんたちがぞろぞろと向かった先には、床から天井へと一直線に繋がる、等間隔に並んだ数基の壁なしエレベーターのようなものが。

 警告音と共にランプが光り、上からスーッと降りてきたのは、これまで勤務していた別のおじさんグループです!


 ♪ちゃっちゃら~ちゃららちゃらら~(勇壮な音楽)


 彼らが床に降り立つと警告音がやみ、各々の搭乗機の前で待ち構えていた交代のおじさんたちとハイタッチ。「お疲れさん」なんて言葉を交わしながら、これから出勤のおじさんたちが今度はエレベーターに乗り込み、座席に座り、安全ベルトを装着します。


 ♪ちゃっちゃら~ちゃららちゃらら~(勇壮な音楽)


 警告音とランプの光に見送られ、するすると地上に到達するおじさんたち。それまで無人だった高速道路の料金所に、まるで生えるかのようにスッと姿を現しました。

 脇には既に待ち構えている普通乗用車が。

「はい、普通、○○円です」

 こうして今日も、滞りなく業務が開始されるのでありました……。


※妄想終わり。


「下から上がってくるところ、見たい!」

 小学生コヨミは当然、そう主張する。

 運転中の父は何やら戸惑ったご様子。

「うん……? まあ、たまたまその時間に当たればね……」

「お父さんは見たことある?」

「いや、ないよ」

 ないのに、そんな乗り気でない態度!?


「そんなすごい仕組みなのに、見たくないの!?」

「すごいしく……待ってどういうこと」


 実際こんな会話だったかどうかは定かでないが、私が自分の妄想を細かに語ったことは確かである。一部始終を聞いた父は「ぶふぉっ」と噴き出し、あろうことかゲラゲラ笑い出した。


「ちょっとお父さん……ちゃんと運転して!」

 子供の目から見ても運転操作が危ぶまれるほどの爆笑だった。

 ひとしきり笑いつくした後になぜか私が怒られた。

「運転中に笑わせないで」

「すみません」

 笑わせるつもりはなかったのだが……?

 腑に落ちずにいる私に父は改めて教えてくれた。下から上がってくるとは、階段を使ってという意味だと。


「ああ!」

 ハズカシー。赤っ恥である。だが、どうも妄想気質が過ぎるのか、私は懲りずにこの手の思考飛躍系の勘違いを何度も繰り返しながら大人になっていく。

 そして今に至るも、それは恐らく直っていないのであった。

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