鍵忘れ鍵っ子の帰宅メソッド
小学生の頃、鍵っ子だった。
死語かもしれないので一応説明すると、学校から帰る時間帯に他の家族が家におらず、自分で鍵を開けて家に入る子供、のことである。
小学校低学年のうちは、授業も長くて5時間目までしかなく、帰りが早い。
自宅から小学校までは歩いて30分ほどかかったので、小1~2の頃には大体、15時頃には帰っていたのではなかろうか。
たまに、鍵を忘れて家に入れないという事態が発生した。
朝家を出る時にはまだ母が出勤前なので、鍵を閉める習慣がない。だから、家に置きっぱなしで登校してしまうという事態が起こり得たのだ。
小1でそういう事態に陥った時は、ご近所さんを頼り、勤務中の母に電話をかけてもらった気がする。そのまま誰かが帰ってくるまで、ご近所さんの家にご厄介になっていたような記憶がある。
私が小1の時点ですぐ上の兄は小6。部活もやっていたので、父が休みや仕事前で家にいる時以外は、大体18時くらいまで誰も帰ってこなかった。
放課後のこの時間を一人きり家の中で自由に過ごすのが好きだったので、鍵を忘れた時は、大変ショックだった。なので、他のものは忘れても鍵は忘れないよう、自分なりに心がけていた。
小2か小3の夏である。気を付けていたにも関わらず、また鍵忘れ発生!
ああ、どうしよう……と打ちひしがれた私は、母がいつも庭側の小窓を、通気のために少し開けていることを思い出した。
それは階段の途中にある小窓で、縦に長く上下に二分割されており、下側が外に向かって跳ね上がるように開く、というタイプの窓だった。
上下幅は全開にして、縦横30㎝くらいだったのではないか。
階段の途中にあるので、家の外から見ると、大人の頭と同じほどの位置にあった。当時の私が手を伸ばして届く高さではなかった。
こんな小窓からは泥棒も入れまいと、母は高を括っていたのだろう。
夏場は家の中に湿気がこもることを嫌い、いつもその小窓を開けたまま外出していた。そのことを思い出した私は、小さな自分ならそこから入れるのではないかと思いついた。
今もそうだが、当時からして、思いついたらやらずにいられない性分である。
さっそく庭に回り込んでみた。やっぱり開いている!
ジャンプして届く高さではないが、幸いすぐ傍に庭に出るための勝手口があり、下には段差を埋めるための踏み台が設置されていた。その踏み台に乗り、勝手口のドアノブに足をかければ、いけるのではないか……と目算が立つ。
いってみよう、やってみよう!(ご存知の方は同年代以上)
ものすごい運動音痴で体育は苦手だったけれど、自分のペースで黙々と進めるプロジェクトなら、身体を使うこともそんなに苦ではなかったようだ。
ランドセルを下ろした私はフリークライミングよろしく、自分の構想通りに踏み台、ドアノブと足をかけ、窓枠に手をかけ、壁をよじ登って体で窓を全開に押し上げ、小窓から家の中へ、頭からぬるりと侵入を果たした。
ヤッター! ものすごい達成感!!
これなら鍵を忘れても大丈夫! と思ったのも束の間、待てよと私は思った。
小柄な人間なら侵入できることが証明されてしまったのだ。これから小窓を開けて家を出るのは危険だと母に伝えた方がいいし、私も大きくなったら、もう入れないかもしれない。この方法に今後も頼るのは、いろんな意味で危険である……。
そこで私は、鍵を忘れた時のための保険を、別の方法でかけておくことにした。
目を付けたのは一階の和室である。掃き出し窓と普通の窓があり、出かける時にはいつも雨戸を閉めていた。その雨戸の鍵は、錠を下ろすとサッシに空いた穴に金属棒が通り、雨戸全体が動かなくなる、という仕組みのものだった。
内側の窓を開けっぱなしで網戸にしておき、雨戸の錠の金属棒を下から押し上げて鍵を開ければ、中へ入れるのではないか。
私はさっそく実験を試みた。
掃き出し窓の方は手前に縁側が置いてあり、重くて移動は困難。金属棒に手を届かせることができないため、もう一つの窓の方をターゲットにした。
腰窓というのだろうか。当時の私が外から立って中を覗ける高さで、窓のところだけ出っ張っていて下には空間があり、下の地面にはミョウガや鈴蘭が植えられていた。屈めば下に入り込めるので、大変好都合。
結論から言うと、外から雨戸を開ける試みは、不可能ではなさそうだが大変困難だった。
子供の力では雨戸の錠の金属棒を下から押し上げるというのは、なかなかできることではない。手でやると痛いので、平たい石など探してきてそれで頑張ってみたけれど、びくともしなかった。内側から錠を甘めにかけて、やっと開錠できるといったところ。
ううむ。甘くはないな。でもいざという時のために、こっそり内側を網戸にしておこう……と私は思った。帰ったら雨戸を開け、夕方になったら閉めるのは私の仕事になりつつあったので、難しいことではない。夕方雨戸を閉める時に窓は開けっぱなしで網戸のまま障子を閉めてしまえば、普段は誰も使わない部屋なので、朝も気付かれることはない。
いざという時に備えて、本当に毎日そうしていた。鍵はしばらく忘れなかったけれど、ある時、その日は突然やってきた。
小3だったと思う。鍵を忘れた!
ついにこの日がやって来たと悟った私は、すぐに例の窓へ向かった。素手では難しいことは承知している。まず大きな石、それからスコップなど、庭に散らばっている使えそうな道具を集めてきた。いざ実践!
やはり、甘くなかった。大きな石で力いっぱい押し上げても、金属棒はびくともしない。スコップでテコの原理……微妙な曲線が邪魔して無理である。だが、今日は実験じゃない。本当に鍵を忘れて家に入れないピンチなのだ。ここで諦めるわけにはいかない。考えろ、考えるんだコヨガイバー!(リアルで観たことはない)
閃いた。庭にさっき、なぜか針金ハンガーが落ちているのを見つけた。使えないだろうと無視したけれど、実はあれが使えるんじゃないか?
こう、雨戸の横の隙間から差し込んで、先の鈎になっている部分で錠の上の部分を引っ掻け、引っ張ってみたらどうだろう……?
説明が難しいけれど、錠の上の部分は、右から左にバタンと倒す蓋のようになっていて、倒れることで金属棒が下りる仕組みになっているのだ。この蓋を右側から差し込んだハンガーの輪っかで引っ張って、引き起こせないかということである。
実践あるのみ。雨戸の隙間からハンガーを差し入れ、鈎の部分を……くう、ぜんっぜん届かない!
いや、そうじゃない。このハンガーは針金でできている。つまり変形できるはずだ。力を入れて歪めてみた。なんか細くなって、もっと遠くまで届きそうである。また閃いた。鈎の部分じゃなく、輪になっている部分を伸ばして細くした方が長くなるし、錠の頭に引っ掛けやすいんじゃないか?
手足を使って力いっぱい針金を伸ばし、輪の部分を丁度引っかかるように加工してみた。鈎の部分は自分が手に持って、再び挑戦。
おお、届いた! しかもちゃんと引っかかるではないか! でも悲しいかな、引っかかっても錠が重くて、開く気配は微塵もない……。
いや、両方面作戦だ。横から引っ張り、下から押す。どうにか同時にできないだろうか?
ほとんど雨戸に抱き付くような感じで、両手をいっぱいに伸ばして頑張ってみた。片手に持ったハンガーで上の錠を横から引っ張り、もう片方の手に持った石で金属棒を下から押し上げ、それが同時に行われるようものすごく頑張った。
すると、なんと、少しずつ金属棒が上がり始めた。そしてついに、本当に開いてしまった。
わーい! 開錠成功! 策を立てておいて良かった!!
意気揚々と雨戸を開け、この日のために仕込んでおいた網戸を開けて、私はまたしても無事に自宅への侵入を果たした。
途轍もない達成感を得たわけだが、その後は本当に鍵忘れに気を付けるようになり、以降、小窓からも和室からも侵入する機会はなかった。
なぜかって? 開錠までかれこれ2時間くらいはかかっただろうか……。
この方法で家に入るのは、大変すぎたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます