詳しいことは省きますが
鐘古こよみ
胎内記憶?
これを読んでいるあなたの人生最初の記憶は、いつだろうか。
私には、連続する記憶の最初の地点として、はっきり思い出せる瞬間がある。
まだ幼稚園にも入っていない幼い頃、大きな地震があった。
たまたま家にいた父が私を抱きかかえ、玄関から外に飛び出した。
揺れよりも父の行動に驚いて、私は「どうしたの?」と聞いたのだろう。
父は揺れが収まってホッとした顔で、「地球がクシャミしちゃったんだよ」と言った。その瞬間、私の頭の中に、世界が入ってきた。
地球。クシャミ。そして自分。
地球がクシャミをすると、家や地面が揺れる。つまり自分は、地球という巨大なものの内か外か、とにかくそれに包まれているのだ!
もちろん、そこまではっきり言語化したわけではない。でも、それに近いことを感覚として捉えて、自分の世界が外側にみるみる広がるのを感じた。
本当だろうか。まだ幼稚園にも入らない子供が、そんなことを?
信じてもらえなくても無理ないが、私は、かなり意識のはっきりした幼児だった。
大人のやることや言うことをよく見聞きし、状況を把握し、同じことを自分でも立派に行っているつもりだった。
そうではないと気付いたのは、三歳の頃だ。
テレビでNHKの『おかあさんといっしょ』を見ている時(というより、母が夕飯を作る間、観させられていた。私自身はこの番組があまり好きではなかった。)パジャマのコーナーに三歳の子が出演していたので、「私と同い年だって」と母に言った。
そのつもりだったのだが、母には通じなかった。
台所のカウンターの向こうから「なあに?」と訊き返され、同じことを言っても通じないので、仕方なく片手で画面を指差し、もう片方の手の指を三本立てようとしたが、うまくいかずにイライラした。
通じた。「ああ、三つね! こよみちゃんと同じね!」と母は頷いた。
私は衝撃を受けた。今まで自分が立派に喋って大人と意思疎通をしているつもりだったが、そうではなく、大人が私の拙い言語を読み取り、理解してくれていただけだったのだと、突然気付いてしまった。
私は自信を失い、無口になった。
ませていて自信過剰、傷つきやすく気難しい。そういう幼児だった。
無口になった私は、自分の中だけであれこれ考えるようになった。
私は、いつから私なのだろう?
いつになったら、上手に喋れるようになるのだろう?
自分の中にずっと昔の、二つの記憶があった。
地球がクシャミをするよりも明らかに以前から、その記憶は頭の中にあった。
成長するにつれて段々と、そんなわけがない。あれはきっと夢で見たのだと考えるようになった。赤ん坊の頃からテレビや絵本などで見聞きした情報が蓄積され、まだ未発達な脳内に夢として現れたものなのだろうと。
とはいえ、科学で説明できないことは世の中にまだ多い。本当のところはわからない。一部は夢で、一部は本当の記憶なのかもしれない。
自我が芽生えた三歳の頃から、私は母にその話を伝えようと努力していた。この記憶が一体なんなのか、大人の言葉で説明してほしかったのである。
一つは、ピンク色の広い部屋の中で天女たちに囲まれ、その穴を覗いてみろ、と言われている記憶だった。
私をぐるりと取り巻く何人もの女性。羽衣のような布を頭の上に浮かせて纏う彼女たちは、後から思えば確かに天女だった。
指示された穴の方に行くと……説明が難しいのだが、トランプカードをぐるりとスライドさせて丸く並べたような状態の、何枚ものプレートでできた蓋でふさがれた穴があり、それが円周の中にそれぞれ引っ込む形で、中央から穴が開いた。
覗くと、母と兄の姿が見えた。天井付近から下を見ているような構図だ。台所へ向かう母を兄が追いかけている。
ここに行くんだなと思って出ようとすると、呼び止められて振り向いた。天女に何か言われて頷いた。記憶はここで終わる。
言葉が少し流暢になった頃、母に改めて話すと、あなたは生まれる時に途中でお腹の中へ戻ってしまったのよ。と言われた。
もう一つの記憶は、赤ん坊の頃。
母に抱かれておっぱいを飲んでいた。周囲の空間は全て深緑で、母だけはっきりと見えていた。母の後ろから急に男がやってきて、おっぱいを飲む私の顔を真似して「ちゅっちゅっ」と唇を動かした。ものすごい嫌悪感に襲われ、「キモッ」と思って男を睨んだ。後から思い返してみると、その男は父だった。
父に悪いと思ったので、この話は私が大人になって父が亡くなり、大分経ってからようやく身内の何人かに話すことができた。
以上の話、今でも自分では夢だったのかどうか、判断しかねている。
あなたには胎内記憶、そして赤ちゃんだった頃の記憶、ありますか?
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