第35話 交渉
時は流れて春になり、コッポラ領にサンドウ王国が和平の使者を送ってくると連絡を受けた。
それは別に良いのだが、その一ヶ月ほど前に世界の魔素濃度が急激に低下し始めたのだ。
何処の誰かは知らいないが、とてつもない大魔法を使用したに違いない。
幸い五十パーセントを下回った辺りで止まったが、ゴーレムやマジックアイテムの稼働時間が短くなるので、本当に勘弁して欲しい。
自分は常にデータベースに接続し続けているので、特殊な情報も手に入る。
なので私はいつも通り執務室で仕事をしながら、とんでもない事態を知って溜息を吐く。
「やはり世界のバランスを保つために、魔物が活性化していますね」
彼らの役目は、世界樹と同じだ。
大気中の
何故他の生命体に攻撃するかは良くわかっていないが、
とても危険な存在であるが、おかげで魔素濃度も少しずつ回復している。
それにコッポラ領はウルズ大森林の世界樹に近い。
バランスを取り戻すのも早いし、私のマジックアイテムはどれだけ使っても
しかし吸収力が桁違いな自分はともかく、仲間のゴーレムたちはスリープモードを挟まなければ連続活動が難しい状態だ。
私が考え事をしながら大きな溜息を吐くと、秘書のレベッカが紅茶をいれてくれた。
なので仕事の手を止めてお礼を言い、一息つくことにした。
「一体どれだけの人が、魔物に襲われて死んだのでしょうね」
ノゾミ女王国やコッポラ領でも、魔物の活性化を確認している。
警備の数を増やして人的被害こそ出ていないが、交易都市に入ってくる情報を分析する限り、かなり酷い状況のようだ。
特に大魔法を使用したと予測されるンドウ王都では、魔物が大量発生して被害甚大とのことである。
一体何をやらかしたのかは予測はできるが、まだ確定はしていない。
「とにかく今は、和平の使者への対処が先ですね」
魔素濃度の低下と和平の使者に関係があるのはほぼ確定であり、彼らが領内に入ってから二十四時間態勢で監視を続けている。
その結果、わかったことを私は口に出す。
「まさか、勇者が来るとは」
勇者である
光の女神様が残した召喚魔法陣により、こっちの世界にやって来たらしい。
大気中の魔素濃度が低下したのは、これが原因だと予測されている。
そして彼は魔王を討伐するために、コッポラ領に派遣されたとのことだ。
「私が魔王ですか」
自分が魔王認定されたのも驚きだが、表向きの和平の使者は
騎士と魔法使いと神官も一緒で、全員が美女で国王が任命した貴族の令嬢だ。
色仕掛けで勇者を誑かして思い通りに操るために同行しており、全員揃ってお家の事情で勇者に奉仕していた。
ちなみに彼らは馬車で領内の街に入り、こちらが用意した宿で歓迎ムードで一泊してもらっている。
「壁に耳あり障子に目ありと言いますし、油断はいけませんね」
次の日に迎えの車を送るので、それに乗ってコッポラ辺境伯の屋敷を来て欲しいと伝えていた。
サンドウ王国の貴族よりも、遥かに豪華なもてなしで気が緩んだようだ。
室内で内緒の話をして、秘密を暴露してくれた。
「結界や風魔法で妨害しても無駄ですよ」
私のネットワークは結界を素通りするため、マジックアイテムが内部に設置されていれば、それ経由で監視が可能なのだ。
「流石は創造神様の御加護ですね」
実際に加護を受けているかは良くわからない。
だがネットワークは時間や距離だけでなく空間さえも無視できるため、神の御業としか言いようがない。
ちなみに
「さて、どう対処したものか」
私を討伐しに来るのなら迎え撃つのが当たり前だ。
しかし表向きは和平の使者で、まだ何も行動を起こしていない。
私は思考加速で悩んだ末に、やがて結論を出す。
「ここはやはり、専守防衛ですね」
迎撃の準備を念入りに整えておき、まずは勇者たちの話を聞くのだ。
けれど、向こうが攻撃してきたら即反撃に出る。
正当防衛を主張し、人類との関係悪化を最小限に留めることに決めたのだった。
やがて次の日になり、いつものように執務室で仕事をしていると領主の屋敷に来客が訪れた。
私は秘書のレベッカと役人のブライアン、さらに護衛のフランクとロジャーを連れて会議室へと移動する。
ちなみに五メートルのミスリルゴーレムは屋敷には入れないので、門番や警備員として待機している。
いざという時には壁や床をぶっ壊して、助けに来るように命じておいた。
そしてすぐ隣の部屋にも多くの兵士が待機しており、いつでも駆け込めるようにスタンバっている。
だがまあそのような事情はともかくとして、私は表向きは和平の使者である勇者パーティーを出迎える。
秘書のレベッカに扉を開けてもらい、会議室に足を踏み入れたのだ。
勇者、女騎士、女魔法使い、女神官の四人が椅子に座り、一斉にこちらに顔を向けられる。
他の三人は明らかに緊張しており、冷や汗をかいていた。
それにしても全員が豪華な装備を身に着けているが、普通なら武器のたぐいは屋敷に入る前に取り上げる。
彼らはサンドウ王国の使者だと主張して、強権を振りかざしたのだ。
もしここで取り上げたら、戦争をする口実を与えることになるだろう。
なので没収せずに屋敷にあげることになったが、こっちも準備をしているので別に問題はない。
私は歩きながら、彼らに向けて声をかける。
「遅れてすみません。政務が忙しくて」
「構わんさ。こっちも今到着したばかりだ」
そのまま私が一番奥の席に向かうと、レベッカが椅子を引いてくれた。
ゆっくりと腰をおろして、会議を始める。
「早速ですが、要件に入らせてもらいます」
和平交渉をさっさと終わらせて、コッポラ領をサンドウ王国に返還したいところだ。
勇者だけは不敵に笑っているが、他の三人は生きた心地がしないのか表情が強張っているので、あまり長々と会議を行うのは悪い気がした。
「では、サンドウ王国とノゾミ女王国の和平についてですが」
「そんなことより──」
和平について話し合うはずが、いきなり横槍を入れられた。
しかしこれまで集めた情報から、天原が自分勝手な性格なのはわかっている。
(何だか私と似てるなぁ)
私も自己中心的な物の考え方をするので、何となく似た者同士だと思いながら彼の次の発言を待った。
「もっと建設的な話をしようぜ」
「ふむ、建設的な話とは?」
私は女王としての仮面を崩さずに対応すると、彼は不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「お前、日本人だろ? すぐにわかったぜ」
そう言って天原は机の上に置いてある湯沸かし器に視線を向けるが、確かにお湯と水の切り替えスイッチは日本語表記なのですぐにわかる。
それ以外にも、コッポラ領には多種多様なマジックアイテムを貸し出していた。
現代日本の技術を参考にしているので、気づかないわけがない。
「さあ、どうでしょうね」
しかし私は、微笑みながらとぼける。
何故なら天原とは仲間ではなく敵同士で、今の自分はノゾミ女王国の最高統治者だ。
異世界で生きていくと決めてからは、前世の名字を口にすることもなくなった。
同郷なので懐かしく思って色々話を聞きたい気持ちはあっても、私には女王としての責務がある。
なので彼と思い出話をするにしても、それは今ではないのだ。
「まあ俺も、思い出話をするつもりはない。こっちに来たのは最近だしな」
天原は、わざとらしく肩をすくめる。
私は心の中でだったら聞かなくても良いのにと思ったが、こっちを揺さぶるつもりだったのかも知れない。
そして彼は気にする様子もなく、話を先に進めていく。
「それよりもお前、俺の部下になれよ」
「……は?」
彼がサンドウ国王から命じられたのは、魔王の討伐のはずだ。
お供の三人も宿ではそんな話をしていたし、彼女たちも驚いている。
私は情報収集が間違っていないと思いつつ、未来予測もやはり万能ではないなと小さく溜息を吐いた。
「サンドウ王国では、お前が恐ろしい魔王として広まってるんだが、知ってたか?」
「噂程度なら」
ゴーレムは魔物として認知されているので、それを従える私を恐れる気持ちはわかる。
そしてサンドウ王国が自分を討伐したがっているのも、彼らを監視して判明していた。
なので和平交渉からの領地返還で、亀の歩みでも良いので友好関係を築こうとしているのだ。
「んで、俺が召喚されて魔王の討伐を命じられたってわけ」
しかし天原は和平交渉が嘘であると、堂々とバラしてしまう。
これには流石に予想外にも程があるのか、女騎士が椅子から立ち上がって叫ぶ。
「
「今は俺が話してるんだ! 黙ってろ!」
彼女が叱責するのも無理はないが、天原が睨むとすぐに押し黙る。
そして他の二人の仲間まで、小さくなっていた。
勇者には逆らうなと上から命令されているのか、実力差が大きすぎるのはかは良くわかっていないが、今ので彼らのパーティーの力関係は把握した。
色仕掛けで誑かして手綱を握ったつもりでも、こういう場では暴走してしまうらしい。
「お前は驚かないんだな」
「予想はしていました」
コッポラ辺境伯を打ち破り、領地を支配しているのだ。
サンドウ王国がどのように対処するかは未知の部分があるが、それでも可能性の一つとして予測はしていた。
だがまだ慌てるような時間ではなく、戦いを選ぶのはどうしようもなくなってからだ。
話し合いで決着がつけられるなら、それに越したことはない。
「お前は、サンドウ国王より先が見えてるようだな」
何だか知らないが勇者から褒められたが、本当に謎である。
「それに、富や名声や権力に取り憑かれてもない。
俺が見る限り、サンドウ王国はもう長くないぜ」
今度はサンドウ王国を貶し始めたので、ますます意味がわからなくなった。
「おまけの魔物も活発化していて、ぶっちゃけ俺だけじゃ手が足りねえんだわ」
そう言って彼は、降参のポーズを取って苦笑する。
「だから奴らは、魔王を欲しがってる。
お前さえ手に入ればサンドウ王国は息を吹き返すだけでなく、大陸の覇権を握れるからな」
勇者が魔王を屈服させて従えているとなれば、周辺諸国も認めざるを得なくなる。
それに高性能なマジックアイテムで国力も上がり、サンドウ王国は大陸でもっとも栄えるだろう。
だからこそ今は厳しくても天原を向かわせて、いち早く私を抑えるつもりだったのだ。
「だが俺は、アイツが気に食わん。
命令に従うのは利害が一致したからだが、お前を奴にくれてやる気はないな」
彼は残虐な笑みを浮かべて仲間の三人を見ると、揃って恐怖で震えあがっていた。
サンドウ王国を裏切れば、彼女たちや実家はろくな目に遭わないだろう。
ちなみに私も、他人には冷たいほうだ。
それでも身内の面倒ぐらいは最後まで見るので、思わず呆れ顔になって天原に尋ねる。
「貴方はそれでいいんですか?」
「まあ、良くはないな」
すぐに答えが返ってきた。
そして天原は私は真っ直ぐに見つめ、残虐な笑みを浮かべる。
「だから、俺はこう考えた!」
そこから彼の長い自分語りが始まった。
私は全然興味がないので、秘書のレベッカが入れてくれた紅茶を飲みながら軽く聞き流すが、仲間の三人は何という恐ろしい計画なんだという表情を浮かべて震えている。
それに護衛をしているフランクとロジャーの二人も、圧倒されて冷や汗をかいていた。
(ようは、良くある世界征服だね)
勇者として授かったチート能力があれば、全世界を手中に収めることも夢ではない。
天原はそう考えたようで魔王討伐の功績で第一王女を嫁に迎え、次のサンドウ国王になる。
そして私の助力を得ることで国力を上げて、周辺諸国に自分が次のリーダーだと大々的に宣言するらしい。
もし逆らうようなら力でねじ伏せれば良いので、簡単なことだと思っているようだ。
私は彼についてあまり知らないが、光の女神様が世界が滅びるのを防ぐために、召喚魔法陣を授けたので、相応の強さを持っているのは間違いない。
(準備はしたけど、絶対に勝てるとは言えないかな)
自分は天原が戦っているところを一度も見たことがないため、噂や監視でしか彼のことは知らない。
なので未来予測も不明瞭な部分が多く、確実に勝てるとは言い切れなかった。
「それで、お前はどうする?
もし俺の部下になるなら、同郷だろうし高待遇で迎え入れてやるぜ」
なかなかの好条件らしいが、私は部下になる気は毛頭ない。
彼が世界征服を夢見ているように、自分も将来を考えているのだ。
たとえ危機的状況を切り抜けて生きながらえても、天原に顎で使われ続ける人生など嫌であった。
「お断りします」
「そうか。
こう見えても俺は、お前のことは凄いと思ってるんだぜ」
そう思ってるなら討伐を諦めて、今すぐサンドウ王国に帰って欲しい。
だが先程自信満々に話していたように、彼に退く気はなさそうだ。
(勇者だけでなくサンドウ王国にも狙われてるから、殺されることはないだろうけど)
どっちも私を利用する気満々なので、取りあえず魔王として滅殺されることはない。
しかし死ぬほど痛い思いをするだろうし、従わなければ気が変わるまでボコボコにされるのは確定だ。
私はもはや戦いは避けられないと感じて、ゆっくり椅子から立ち上がって彼に声をかける。
「屋敷を壊したくはないので、戦う場所を変えて良いですか?」
「何処でやろうと、俺の勝利は揺るがん。
だがまあ、それぐらいなら構わないぜ」
彼にとっては、最後の慈悲のつもりなのだろう。
それでも屋敷を壊したくない私には好都合で、ありがたく場所を変えさせてもらうのだった。
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