第27話 食糧支援

 色々あって、コッポラ辺境伯が派遣した使節団が魔都に到着した。

 五十人だったので大型バスを一台向かわせ、あとはゴーレムの移動用ユニットの試験も兼ねる。


 道路の整備も少しずつ進んでいるようで、日程も片道五日で済むようになった。


 到着初日は、大型旅館で宿泊して体を休めてもらう。

 二日目に世界樹の前の神社で会談である。


 まだ殆ど工事中で外観や施設の一部しかできていないが、謁見の間だけは急ぎで見られるようにはしたので問題はない。


 異世界の石造りや絨毯と違って、畳張りに座布団なので前世の時代劇を思い出す。

 ちなみに女王である私の位置は、少しだけ高くしてある。


 背後の壁には職人が美麗な世界樹が描き、見る者を驚かせていた。


「使節団の皆さん、長旅ご苦労様でした」

「いっ、いえ、女王様に労いの言葉をかけていただき、旅の疲れなど吹き飛びました」


 なお、私は和服ではなく華やかなドレス姿だ。

 自分は黒ではなく緑の長髪だし、周りは西洋人ばかりなので巫女服では浮いてしまう

 それでも心は日本人なのでお城を建てるにはならず、伊勢神宮という建造物のみで妥協である。


 護衛もゴーレムだけではなく、見栄え重視の装備品で身を固めた人間、獣人、エルフの中から実力者を集めた。


 彼らに守護された私は、なるべく女王らしく見えるように穏やかな微笑みを浮かべる。

 そして厚い座布団に、堂々と座っていた。


「本来ならば、国をあげて歓迎したいところですが──」


 コッポラ辺境伯が送り込んだ使節団は五十人だが、今回は誰よりも前に出ているブライアンが代表として発言するようだ。

 しかし彼らが何を考えても、私としては密接に関わるつもりはない。


(仲良くはしたいけど、十中八九で面倒事になる未来予測が出てるしなぁ)


 ぶっちゃけ未来予測をしなくても、コッポラ辺境伯と関わると面倒なことになると容易に察することができる。


 しかし彼らは、外の国からやって来た偉い人たちだ。

 両国関係を悪化させないためにも、なるべく我が国に対して良い印象を与えつつ、自主的にお帰り願いたい。


 そこで私は今は時期が悪い作戦を実行すべく、落ち着いてブライアンに話しかける。


「私は女王として多忙な身です。あまり表には出られません」


 コッポラ辺境伯の使節団を歓迎するようにと指示すれば、あとは国民が上手いことやってくれる。

 女王である自分はしばらく引き籠もるが、彼らは自領に帰ったら出てくればいいのだ。


(それじゃ、あとはうちの者に任せて──)


 私はお別れの挨拶をして、さっさと退散しようと思った。

 だがここで突然、ブライアンが緊張気味に口を開く。


「不躾ではございますが、女王様にお頼み申し上げます!」


 何事もなく離脱できない可能性もあったので、やっぱりそう来たかと思わず見を固くする。


 コッポラ辺境伯がノゾミ女王国を、侵略や支配しようと考えているのは想定済みだ。

 だがあいにく私は彼らに渡すつもりはなく、かと言って両国関係を悪化させるのも嫌である。


 自分としてはなるべく穏便に済ませたいところだが、取りあえず呼吸を落ち着かせてどうぞと発言を許可した。

 そして次の言葉に耳を傾ける。


「どうか私たちを救っていただきたい! 聖女様!」

「……えっ!?」


 まさか異世界で、土下座を見るとは思わなかった。

 ブライアンだけでなく他の使節団も彼と同じ動きをしたことで、こっちでも普通に通用していることに驚く。


(でも、聖女って何?)


 何故女王ではなく聖女と呼ぶのか、全く意味がわからない。

 彼らはノゾミ女王国を侵略や支配する気はないのかと、はてと首を傾げる。

 コッポラ辺境伯の性格なら、間違いなくそういう命令を出しているはずだ。


 私は気づかれないようにデータベースを起動し、コッポラ領からやって来た使節団の情報を呼び出す。


(ふむ、確かに心変わりしてもおかしくないか)


 入国してから二十四時間態勢で監視しているので、いつ何処で何をしていたかもバッチリ把握していた。


(大型バスから傾向はあるけど、魔都に到着して決心したようだね)


 使節団は辺境伯に従ってはいるが、ノゾミ女王国を侵略や支配する気はなさそうだ。

 私は息を吐いてデータベースを消し、聖女云々はスルーして率直に尋ねる。


「貴方たちを救うとは、どういうことですか?」


 するとブライアンは姿勢を正して、真面目な顔つきになった。


「コッポラ領は食糧が足りず、魔物が増え続けています。

 貧しい村を捨てて都会に逃れてくる者も多く、非常に厳しい状況です」


 今は世界中がそんな感じだと、何度も聞かされている。

 つまり彼の言っていることは、嘘ではなく事実なのだろう。


 ここでブライアンは一度呼吸を落ち着けてから、大きな声を出す。


「女王様がご多忙なことは、重々承知しております!

 ですが、それでも! コッポラ領にご支援をお願いできませんか!」


 またもや頭を深々と下げて、後ろに控えている使節団も彼と同じように畳に頭を擦り付けた。


 私はブライアンをじっと見つけて、どう答えたものかと考える。

 かなり悩むが、思考加速で現実の時間は殆ど過ぎていない。


(恩を売るのは悪くないし、それ以上要求されたら今は時期が悪いで誤魔化そう)


 最近になってようやく、ノゾミ女王国の管理運営に余裕が出てきたところだ。

 コッポラ領とは良好な関係を築きたいが、あまり仕事を増やしたくはなかった。


「食糧支援だけなら構いません」

「ありがとうございます! ノゾミ女王様!」


 ブライアンは代表して礼を言ってくれた。

 なので私は微笑みを崩さずに、続きを口にする。


「ただし、それ以上の支援は約束できません」


 私は秘書兼世話係として雇用しているレベッカに、食糧支援の契約書を用意するように命じる。


 ちなみに父と娘も、身を粉にして尽くしてくれていて彼らの忠誠心はとても高い。

 裏切る心配のない信頼できる部下ができるのは、とてもありがたいことだった。


 そしてブライアンや他の使節団だが、涙を流して喜んでいる。


「今は、それだけで十分でございます!」


 彼も支援を約束されたことで、領主から命じられた仕事を一応は果たしたと言える。

 現時点での辺境伯は、ノゾミ女王国の明確な敵ではないことがわかった。

 今後がどうなるかはまだ不明だが、それでも急に戦争になったりはしないので、内心で安堵するのだった。




 その後のことだが、一年間の食料支援を約束した

 だがコッポラ領だけで済むわけでがなく、サンドウ国王にも話を通す必要がある。

 遅かれ早かれ王族や他の貴族が口を挟んでくるが、そこはまあ致し方なしと諦めた。

 望みは薄いけれど、辺境伯やブライアンが防波堤になってくれるのを期待する。


 そして使節団は、ノゾミ女王国民が大歓迎した。

 少なくとも彼らは好奇心旺盛で良い人なので、友好的な関係を築けている。


 それからしばらくして、コッポラ辺境伯に報告するために使節団が帰国することになった。

 ちなみに半分は残り、ノゾミ女王国のことをさらに深く知るために勉強を続けることになる。


 報告されても構わない情報しか教えておらず、人の口に戸は立てられない。

 ただし機密だけは何としても守らなければいけないし、今後は諸外国もノゾミ女王国のことを広く知られるだろう。


 帰りは行きと同じバスに半数しか乗っていないが、あとは護衛を同行させる。

 それに十トン飛行トラックを三台追従させ、大量の食料を積み込むように指示しておく。


 しかし未来を予測しても、どれもろくな結果が出てこない。

 なのでいざという時に備えて、プランAだけでなくBやCも用意しておくハメになる。

 ブライアンや使節団は味方ではあるが、外には敵が多すぎて余計な仕事が増えるのだった。

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