第38話 ひとまず宿屋

宿屋は街の中心から遠いこともあって、一泊二食付きで銅貨3枚だった。

部屋はベッドが一台入る程度の広さだったが寝るだけなので十分だ。

靴を脱いでベッドに転がって伸びをした。

うむ。予想通り硬い。

ま、いっか。



今日は忙しかったなぁ。

森を突っ走って、草原でイッヌ達と狩りをして、若い冒険者とちょっとトラブって?

そして、無事街に入る事が出来た。

冒険者登録も出来て、イノシシとか売れてお金もゲット出来て。

アリサと知り合いになれて、市場で美味しいもの食べて、宿屋に落ち着けたあ!

盛りだくさんすぎだ(笑)


波乱万丈だったけど、上々だよな。

とベッドでくつろぎながらステータスを開くとメールが届いている事に気がついた。


ヤバイ!中松さんに「街に到着しましたメール」出すの忘れてた!

案の定、メールは中松さんからだった。



ーーーーー

鹿野さーん、今、どこですか?

無事ですか?


みんなが到着しました。

ははは‥‥みんなそこらじゅうに転がっていて、しかばねだらけです。

私も女騎士さんの部屋から神殿に移りました。

神殿では全員が入れる部屋とかないので廊下やホールみたいな所の石の床にみんなで雑魚寝状態です。


今日はみんなが到着早々疲れて寝てしまってるので、

詳しい話は明日してくれるみたいです。


鹿野さんがひとりで道に迷わずこの街に来れるか心配です。

とりあえず返事ください


ーーーーー



うおおぉ、中松さんスマン!

さらにもう一通メールが。



ーーーーー


鹿野さーーーん!

無事かどうか知らせてー

どうしよう

やっぱり迎えに行った方がいいですよね?

っていうか、今どこ?

無事ですよね?無事ですよね?

やだー!返事くださいーーーーー!

とりあえず門に行きます

門で待ってみますー


ーーーーー



ぎゃあ!ヤバイ!

中松さんが門で待ってる!

このメールいつくれたんだろう?

とにかく急いで南門まで行かなくては!


慌てて靴を履いて部屋を出ようとして、あ!と気がついた。

実は南門に到着した時に、テレポート用のブックマークをしておいたのだ。

門の外と門の中の2箇所、人目につきにくそうな木の陰でブクマをしておいたのだ。



テレポート魔法で「南門の内側」まで瞬時に飛んだ。


街の門は日が暮れた時点で一旦閉まるが、その後2〜3時間は入る事は可能らしい。

今、ちょうど日が暮れかかって門が閉められたところだった。

閉められた門の前で中松さんが門の向こう側を見ながらウロウロしていた。


中松さんは二十代半ばには見えないくらい若くて、セミロングの髪は今時珍しく染めていないサラサラの黒髪、透き通るような色白の肌の小顔にまつ毛バサバサのパッチリお目目。

妊娠が全くわからないくらいほっそりとした美人さんだ。

ともすれば女子高生にも見えるな。


そんな娘が日暮れにウロウロしてたら危ないよな。

ホントスマン。



「中松さん ごめんごめん」


後ろから大きな声をかけながら近づいた。

振り返った中松さんが俺を確認した途端に抱きついてきた。

(いや、人妻だからね、ちゃんとわかってるよ?俺)


「鹿野さーん!良かった 無事だった」


抱きついて安心したのか、今度はもうもうと怒り出した。


「もう!もう!もう!念話しても全然繋がらないし!メールの返事も来ないしー!何かあったのかってすごい心配したよ!」


え?念話もくれたんだ?

全然気がつかなかった。

俺のステータスってばマナーモードか?


「ん?そういえば、町中で誰かの携帯が鳴ってるなぁって。あれ、俺のステータスの着信音だったんだ?」


中松さんがガクリと項垂れたあと呆れた目で俺を見た。

あはは、ごめんなさい。


「まあ、とにかく無事で良かったです」


妊婦さんである中松さんに心配をかけた上に門の前に立ちっぱなしにさせてしまった。

とりあえず座るためにどこかの店に入る事にした。


この南門から大通り沿いはたくさんの店があり、食事ができる店もたくさんあった。


本当なら宿屋で周りの目を気にせず話したい事がたくさんあったが、それは断念した。

日も暮れた今、ここ南門から俺の泊まっている西門の宿まで歩かせて、

さらに夜中にまた神殿まで妊婦を歩かせるわけにはいかない。

中央付近まで大通りを歩き、目についた食堂に入った。



中松さんに夕飯は?と聞いたところ、昼と夕の間くらいにパンが一個ずつ配られたとの事だった。

妊婦さんにパン一個は栄養が偏るなぁ。


シチューのセットでいいか聞いたら、中松さんは頭をブンブンと縦に振った。

お腹、空いているんだね。

ふたり分を即注文した。



「鹿野さん、今夜はどうするんですか?神殿はみんながいるから嫌ですよね?」


頭がいい子だなぁ。

中松さんは俺の心情をしっかり読み取ってくれていた。

俺を置き去りにした島係長達と一緒にはいたくないし、今後も関わるつもりはない。


「うん、実は西門近くに宿をとったので、しばらくそこにいる予定かな」


「え? 宿?宿とったんですか?私もそっちに行きたいー。神殿は床に雑魚寝なんですよー。お布団ないですー」


「うん、2〜3日したら来ないか誘うつもりだったけど、あ、もちろん、部屋は別々ね。そっかぁ、妊婦さんが床に雑魚寝はダメだよね。寒くないとはいえ腰に悪そうだ」


「でしょでしょ」


「わかった。今夜はこっちにおいで。でも、明日の朝は一旦神殿に戻ってもらっていいかな?みんなが連れて行かれた説明とかが明日あるって言ってただろ?その話を聞いてきてもらいたい」


「わかりました 明日一旦戻りますね」


「今から神殿に荷物とか取りに行こうか?」


「いえ、もともと身ひとつで職場からドナドナされましたから」


「そうだったね。それ以前に何が起こってこうなったのやら‥‥」


ふたりで顔を見合わせてため息をついた。



昨日朝9:00に、いつものように仕事が始まった。

始まったはずだったのに、なぜにこうなった?

いったい何が起こったんだ。



「とりあえずホテル、じゃなかった宿屋に帰って寝ようか」


シチューを食べ終わったのでお店を出た。


大通り中央を右(東)に行くと神殿だけど、俺たちは左(西)に向かって30分くらい歩き、宿に着いた。

そう、慌てて出たので宿屋をブクマし忘れてテレポできなかったのだ。

スマン 中松さん。



宿屋の女将さんに話してもうひと部屋とってもらった。

部屋で話したい事、ステータスで確認したい事は山ほどあったけど、

お互い疲れていたし、とりあえず寝る事にした。

話は明日ゆっくりという事に。


寝る前に大森さんにもメールをいれておいた。

大森さんもかなり心配してくれてたみたいだ。

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