第18話

「いらっしゃいませ」

明るい雫ママの声が心地良く拡がった。


「矢部さん、こちらへどうぞ」

重鎮達がいる隣りに案内した。


「空いてるし、どこでもいいだろ?」

と言いながら、ポツンと1人離れて奥の席にどっかり腰を掛けた。


小ママの優子が

「いらっしゃいませ。矢部さん、何にしますか?」

おしぼりを広げながら聞いた。


「なんでアイツらはいつも群れてるんだ?1人じゃ何も出来ないんだろ、アイツらは」


「いえいえ、皆さん最初は1人でご来店頂きましたよ。ただ、自然と仲良くなられた、って感じです」


「焼酎で大丈夫ですか?」

矢部の好みを分かっていて優子は確認した。


「はぁあー!決めつけるんじゃねーよ」

「ワイン持って来い。ママに持って来させろ」


雫ママはスッと立ち上がって

「挨拶してきまーす」

と、笑顔で達治と悠一に会釈し矢部のテーブルへ向かった。


「矢部さん、いらっしゃいませ。ワイン入れてくださったのね。ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」


それだけ言うと雫ママは元のテーブルに戻った。


矢部の

「ママに持ってこさせろ」

は、雫ママにはハッキリ聞こえていたはずだったが、それは完全にスルーだ。


雫ママはお客様をとても大切にしていた。

お客様がどんなに酔っ払っていても、どんなに我儘を言っても、常に深い笑顔で接していた。


が、しかし、マウント気味に偉そうにしてくる客は大嫌いなのだ。


その証拠にお客様からのリクエストには応えるのだか、命令や命令口調の要求は一度も応じたことはなかった。


その姿勢は徹底していて、横柄な振る舞いを繰り返す客は出入り禁止になり姿を消していく。


ハッキリし過ぎてて、周りの他の客が心配するほどだった。


矢部はというと雫ママのもの凄いオーラを感じ、その後はさっきの発言に言及することはなかった。


その雫ママの凛とした姿勢が優子は好きだった。勿論、コア5人衆の面々も大好きな一面でもあった。


チリリーン


大輝が何やら両手に大きな荷物を抱えて入ってきた。


「タイちゃん、何?」

悠一が真っ先に聞いた。


「さっき、来る前に電話したら、ママがみんなお腹空いてる、っていうから」


「タイちゃーん、ありがとう。

でも、誰がこんなに食べるの?」


袋の中身は、これでもか!っていう感じのお寿司だった。


ざっと、4人前が3つと、貝類ばかりの刺身盛り合わせが1つ。


「わっはっは。タイちゃんらしいなぁ」

「全くだよ、ありがとう」

悠一と、達治は手を振って同じテーブルへ誘った。


「なぜ?貝類ばかりの刺身?タイちゃん、そんなに好きだっけ?」

悠一がなんとなく声にした。


実は、大輝は子供の頃のトラウマでお寿司も貝類の刺身も大の苦手なのだ。


大輝が返事に困っていると、達治が、

「タイちゃん、ニクイねー、ママの好きな貝類の盛り合わせですかぁー、流石!」


「そんなわけでもないけど、、、」

「わっはっは、そんなワケしかないなぁー」


「タイちゃん、ありがとう」雫ママに言われ


「いやぁ、、、」


自分は苦手なのに、大輝がみんなの好みとメモリーズで飲みながら食べるのに最適な食を選んだことを雫ママは知っていた。


「タイちゃんには、これもおつまみで」

そう言いながら大輝の好きなピーナツをそっとテーブルの脇に置いた。


ここまでは、いつものメモリーズのいい感じの時間帯だった。


しかし、奥で一人イライラしながらこの和気藹々としてる光景を睨みつけてるヤベー奴、、、。


イライラが頂点に達していた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る