第13話
歌、といえば大輝は学生の頃から、山河、というが好きだった。
言葉に敏感な大輝はその詩に完全に魅了されていた。
特に山河の、
愛する人の瞳に、愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと。
このフレーズが堪らなく好きだった。
人は一人で生きているのではないのだから、ひとりよがりではいけない、自分が歩んで来た人生、歩んでいる人生は、大切なあなたにどう映っていますか。
大輝はカラオケで歌うとき、その詩の内容を噛み締める。
楽しみ方は人それぞれだ。
大輝の楽しみ方はそうなのだ。
とうとう始まってしまった。
矢部と雫ママの、今夜は離さない。
しかも、酔っ払いの矢部はフロア側の
少し広いスペースに雫ママを招き入れ、
並んで歌っている。
それは正に、大輝や達治の目の前だった。
雫ママのファンは多い。
しかし、紳士協定のような不文律の掟を常連客は承知していて、従って楽しく時間を共有することが出来ていた。
その掟とは何か?というと、、、
具体的な申し合わせなどあるわけもなく、皆、自分の彼女に他の男子がしたら気分が悪くなるようなことを自然と雫ママにはしないのだ。
そう、雫ママは店のママとしても女性としても常連客から大切にされていたのだ。
一方、矢部はというと、入っていきなり雫ママの手を握ったりするような輩で、初老にも拘らず男の欲望が服を着ている様な、ヤベー奴そのものだった。
今夜は離さない、、、
カラオケが進むにつれ、調子が出てきた矢部は、雫ママの腰に手を回そうとしたが、雫ママは笑顔をたたえながらスマートにかわし続けていた。
大輝と達治は、こめかみの血管をピクピクさせながら、ソファーからお尻を少し浮かせたような臨戦態勢でその様子を見ていた。
凄く長く感じた一曲が終わった。
「やっと終わった、、、」
殺気を感じていた小ママの優子は思わず安堵の声を漏らした。
雫ママは何を歌っても非常に上手だった。
矢部とのデュエットの点数がモニターに出ると矢部は
「やっぱり、俺とママは最高だなぁー」
と、上機嫌でカウンターの席に戻っていったのだった。
実は、優子が感じた殺気は大輝のものだった。大輝は、露骨ではないが嫌がってる雫ママの腕を強引に引っ張っていた矢部を見ながら、高校生の時のコンビニでの出来事を完全に思い出していたのだ。
矢部のヤロー、、、
不穏当な空気が拡がる瞬間でもあった。
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