その男、繊細につき

向井慶太

第1話

HOPEを咥えたまま大輝は

「いつになったら俺の女になるんだよ」

と、ニコりともせずに言い放った。


「はーい、今日のノルマ終わったわね」

雫ママはニッコリ微笑みながら大輝のグラスにビールを注ぐ。



大輝はこの店が好きだった。

そして、雫ママを口説くのが大好きだった。



しかし、そのタイミングは大輝にとってとても難しい問題なのだ。


他の客に聞こえては気不味いし、しかも、恥ずかしい。


何故なら、彼はこの地域ではかなり強面で通っているからだ。


実際に、以前、揉めごとを仲裁しようとその道の人と言い合いになった時のこと、最終的には大輝の方が傷害でパクられてしまったのだった。


そう、正にケンカ上等が服を着て歩いているような男なのだ。


そんな大輝だからこそその道の人達からも一目置かれ、下っ端のチンピラなどはすれ違う度に彼に向かい、

「お疲れ様です!」

と、何故かあいさつまでするのだった。


風貌も当然のようにその道の人と遜色無い威圧感たっぷりな大輝だが、ただ唯一弱いのが雫ママだった。


大輝はこの日も仕事が終わった後、店に直行し、雫ママと二人きりの時間を確保するつもりだった。しかし、さっきのセリフをやっと言えたのは閉店間際のことだった。


何故か、、、


大輝が店に来た時には既に先客がカウンターの特等席に鎮座していたからだ。


「ちっ、リーマンのくせにいつまで飲んでんだよ、早く帰れよ」


大輝は眉間にシワを寄せ、HOPEを咥え、拳を強く握り締めたまま何度も何度も、極小の声で呟いた。


しかし、聞こえるボリュームでは

「ケイちゃん、明日会社じゃないの?」

相手のリーマンを気遣う繊細な一面を見せるのだった。


大輝が繊細なのは恐らく幼少期の頃からだろう。彼は少年時代を関西方面の海の近い町で過ごした。


その頃に、大輝は港で漁師が魚の神経締めと血抜きをするところを偶然見てしまったのだ。以来、いい歳になった今でも海の幸は口にしない、というよりも、口に出来ない繊細さを持っているのだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る